夏らしく、秋でも聴けるレコード。
その1枚として、スティーヴ・ハイエットのアルバム「渚にて」もある。
初めてこのアルバムを知ったのは「LOO(ルー)」と言う日本キャパシティ発刊の雑誌上のことだった。1984年11月号の特集は「ボクたちの週末にバック・グラウンド・ストーリーを」。様々なジャンルの方に週末の過ごし方を取材したものが掲載された。
大貫妙子さんや小林克也さん、鈴木慶一さんなど、大声を挙げて主張しない方々の私生活が垣間見えた。
その中の1人として油井昌由樹さんは肩書きを「夕陽評論家」と名乗り、自らの文章で登場した。
この文章の途中に、スティーヴ・ハイエットのアルバムが出てくる。
「(夕陽を見るときの音楽について)・・・僕の場合は女性ボーカルのはいったスタンダード・ジャズ、ジョージ・ヒアリング、スティーブ・ハイエットの「渚にて」、増尾好秋の「グッドモーニング」などがよろしい。
2、3年前こんなことがあった。首都高速道路を羽田方面へ向っているときに、正面には鳥肌の立つ程素晴しい夕焼けが現れた。するとFENからこのシーンを待っていたかのように、ある曲が流れ始めた。この偶然の生んだ、一種のトリップともいえる瞬間のことは、今でも忘れられない。実はこの曲のはいったレコードを持っているのだが、思い出(?)を大切にするあまり、怖くて針を落とすことができないのだ。そんなわけでこの曲のタイトルは敢えて書かないことにしよう・・・」
(エッセイより抜粋 油井昌由樹)
(夕陽ではないが)自分は下町夕焼け大好き少年だったので、油井さんの文章と出てくる音楽にいたく刺激と感銘を受けた。
この頃、東京12チャンネルに「日立サウンド・ブレイク」という映像と音楽だけの30分番組があった。環境ビデオのはしり頃、映像と音楽を結びつけた魅力的実験的番組だった。とある日、油井さんがプロデュースした回があり、大貫妙子さんの「カイエ」に入った「夏に恋する女たち」のインストヴァージョンに続いて、夕暮れ時の海の潮の満ち引き・波のうねる七色の映像の中、スティーヴ・ハイエット「In The Shade」が最後にかかった。
■Steve Hiett「In The Shade」'83■
まさにサンセットに聴くに適したギターとアトモスフィアのみの静かな名曲。
もっとほかの曲も聴きたい。そう思ったが、アルバム「渚にて」はすぐに入手できず、この映像を何度も見て過ごした。
レコード屋さんをいくら巡り歩いても、「洋楽」「S」のコーナーには「スティーヴ・ハケット」のギター作品はあれども、「スティーヴ・ハイエット」は見当たらず。。。そんなことを繰り返してきた。
LPレコード「渚にて」を発見したのは、1983年から極めて遠い21世紀に入ってからのことだった。
神保町の中古レコード屋さんの外、300円・500円均一といった処分品のエサ箱。お店が通りに面しているから、ビュンビュン車たちがうるさく走る。太陽と雨とそいつらクルマが蒔いたほこりを浴びたレコードはひどく傷んでいたが、その出会いに狂喜して早速買って家に帰った。
スティーヴ・ハイエットはアルバムを発表した1983年時点、写真家だったという。
元々はプロのギタリストだったという彼は、このアルバムでメロウでブルージーなギターを弾いている。アルバムプロデューサーは立川直樹さん。CBSのはからいだろうが、ムーンライダーズの面々(!)や加藤和彦さんが全面的に協力している。
レコード裏、下の方にひっそりと「This Is A Guiter Album」と書いてある。
確かにギターを中心としたアルバムなのだが、ロックの人に多いテクニック披露会とは無縁。ひたすらゆったりと・・・まるでギターの練習をしている姿を撮ったそのままではないか?と思うくらいのゆるやかな曲もある。
それがひどく退屈か?と言えば、全くその逆で「ひどく心地よい」。
そのため、このLPは、手仕事や手作業をしている傍らや、もしくは隅田川のほとりをびっこで歩きながら、あるいは、消灯後就寝に落ちる前の室内だったり、と様々な場に流れていても邪魔にならない。
ブライアン・イーノが提唱した環境音楽のテーマ、「聴くこともできるし、無視してもよい音楽」。
それに実に合った音楽になっている。
「非」神経症的で、ある種良い意味のアマチュアリズムが、この音楽の自由さに結び付いている。
■Steve Hiett「By The Pool」'83■
A面
1/Blue Beach - Welcome To Your Beach
2/Never Find A Girl
3/By The Pool
4/Roll Over,Beethoven - Out Of The Beach
5/In The Shade
6/Looking Across The Street
7/Long Distance Look
B面
1/Hot Afternoon
2/Crying In The Sun
3/The Next Time
4/Miss B.B. Walks Away
5/Sleep Walk
6/Standing There
B1「HotAfternoon」は良明さんのギターに始まり、ぎこちないひきつった曲調、まるでムーンライダーズみたい。
最近、このアルバムがやっとCD発売されたらしく、一部の人たちの中で話題となっているという。また、このアルバム発表以降もぼちぼち作曲は続けていたらしく、それをまとめた2ndアルバム「ガールズ・インザ・グラス」が昨年、36年ぶりの新作として発表されたらしい。