ザ・コミュニスト

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新興宗教に支配された支配層

2022-08-10 | 時評

改名統一教会への恨みが動機とされる安倍元首相の射殺事件以来、改名統一教会と政治の関係が連日取り上げられているが、このような集中豪雨的報道は、重要なことをかえって覆い隠してしまう恐れがある。それは、日本支配層が各種の新興宗教団体によって支配されているという半ば公然の事実である。

現在は改名統一教会が集中的な槍玉に上がっているが、日本の選挙過程では政党末端組織や各種業界団体と並び、各種新興宗教団体が組織票集めに暗躍していることは、少しでも選挙過程を知る人にとっては基礎知識のうちであろう。改名統一教会は、その一つにすぎない。

とはいえ、一つにすぎないというには改名統一教会が支配層に深く浸透していたことが判明し、波紋を広げていることは理解できる。しかも、その教義・教理には相当「反日的」な要素が含まれているとされながら、愛国・反韓派の多い保守系右派層に食い込んでいたという皮肉な矛盾も興味深い。

この矛盾は、かれらが「押し付け憲法」の元凶とみなすアメリカ合衆国に追従する親米右派と重なっていることとも関連がありそうである。敵視すべき相手と手を組むというのは一見奇妙な行動であるが、改名統一教会及びアメリカ合衆国に共通する政治イデオロギーでもある反共主義との関連からの奇な〝同盟〟なのかもしれない。

とはいえ、現在の統一教会問題狂騒曲には無理な音符がある。新興宗教といえども、憲法上の信教の自由は享受するから、改名統一教会との「関わり」だけで大臣の就任資格を認めないとするような処遇は、信条による差別を禁ずる憲法に違反することになるだろう。信条と大臣資格を直結させることはできない。

その点、統一教会は改名前から深刻な社会問題を引き起こしており、政治との関わりについてもつとに知られていたにもかかわらず、安倍氏生前は一切報道せず、今さら気づいたようなフリをして報道洪水を起こすメディアの姿勢やその意図にも大いに疑問はある。

政治との不適切な関係性を真摯に問題にするなら、漠然とした「関わり」ではなく、改名統一教会の反社会的活動に直接関与したり、それをかばい立てするような対応を政治家として行った場合に限られるだろう。

それと日本支配層が新興宗教に支配されていることを批判するのは別問題である。宗教支配は政治から合理的な判断力を奪い、非合理的・非啓蒙的な判断で国政を誤らせることにつながる日本政治の宿弊である。その点、言わば国定新興宗教でもあった国家神道に誤導された戦前にも通ずるものがある。

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