Remains of The Accidents

アクシデンツなページ

スキーでジャンプ

2010年02月21日 | 子供たち
今シーズン2回目のスキー
今回は残念ながら宿泊施設がとれずに日帰りとなってしまった
行き先は渋滞を避けて八ヶ岳清里にあるサン・メドゥズで、今回もこぢゅマジックで晴天!!







駐車場で既に「高いところはイヤだからね」と臆病なことをおっしゃっておられた我が家のプリンス

リフトに乗っても「浮かない」ご様子








しかながら、後半はGOGO状態になってしまい
結局リフトが止まるまでゲレンデから出られなくなってしまった

参照!→ http://www.youtube.com/watch?v=si-A4nlsHXc

姫さまも既にプルークを始めて、めでたく我が家はスキー家族だ


帰り道、富士山も祝福してくれていた



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【読了】 赤い月(上・下) なかにし礼

2010年02月21日 | 読書
忘れていたが、先に「長崎ぶらぶら節」を読了したあと
著者の視点、文体に共感もあってもう1作読んでみたのだった

時代は昭和初期から戦後
場所は港町小樽から満州
夢を描いて大陸にわたり、夢敗れて帰国した一家の物語

うちの両親もともに満州経験者だ
父は、母親と妹の生活を支えるために14歳で新大陸にわたった
終戦間際にロシア軍が侵攻してくる中、貨車に隠れてなんとか
引き揚げてきたことを書き残している
人間というものが、戦争を背景に
いかに道徳を忘れて利己的になっていくか
そして虐げられた民族が、いかにその「怨み」を抱き続けるか
歴史は証明し続けるが人間は省みることがない

時、まさにバンクーバーでオリンピックが開催されているが
生前の父は、4年ごとのオリンピックで中国人選手が活躍するたびに
「満州にはこんな体格のええ奴はおらんかったのになぁ」と変な感慨を
つぷやいていた

満人による反乱と強奪、ロシア人による殺戮と陵辱を見てきた父は
なんとか引揚船に潜り込んで帰国
航空母艦の甲板から鹿児島の開聞岳が見えてきたときには
甲板にいた全員が「日本だ」と云って抱き合って泣いていたそうだ

大陸に進出して横暴の限りを尽くしたのも「戦争」であれば
反乱に遭い、強奪・殺戮・陵辱され尽くしたことも「戦争」
核兵器の実地実験の対象にされたことも「戦争」である
歴史の上で、自らすすんで戦争を行った民族や国は数知れない

五輪のたびに平和をおもう
戦争はいやだ

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