熊本熊的日常

日常生活についての雑記

エドワード・ホッパーの眼

2008年04月12日 | Weblog
大英博物館で開催中の「The American Scene: Prints from Hopper to Pollock」を観てきた。エドワード・ホッパーは好きな画家のひとりだ。好きなのに、彼が絵を描き始める前に版画家であったことは知らなかった。同展では20世紀初頭から現代に至る74人の作家によるアメリカの風景をモチーフにした作品が数多く展示されていたが、お目当てのホッパーの作品は4点だけだった。その点は少し残念だったが、その4点だけでも、彼の作品の独自性とドラマ性の素晴らしさが際立ち、なかなかに満足度は高かった。

彼の作品が好きなのは、絵なのに映画のようなドラマを感じさせてくれるからだ。その心躍る瞬間が良いのである。例えば、同展に出品されていた「Night on the EL Train」という版画作品(エッチング)がある。夜遅い人気の無い列車の車内の風景だ。車両の片隅に男と女が座っている。女は窓から外を眺めるかのように身をよじり背中を向けて座っているが、顔はおそらく隣に座る男へむけられている。つばの広い帽子をかぶっているので、彼女の顔の向きは実ははっきりとはわからない。男は女に向かうように横向きに座っているが、視線は手元に落ちている。その視線の先にある彼の手には、女の手が握られている、のかもしれない。その手は女の陰になって見えないのである。ここで2人が見つめ合っていたら面白くもなんともない。並んで座っている男と女が互いに身をよじり、身体は向かい合い、そして、おそらく手を握りながら、視線が交わらない、という状況に何とも言えないリアリティがあるのだ。

展示作品の解説によれば、彼が版画の製作を止めてしまったのは、絵が売れるようになり、版画と絵の両立ができなくなってしまったからだという。その版画から絵画へ本格的に移行する時期は、彼が42歳の時とのこと。版画の製作を重ねながら眼が自然に鍛えられたのだろう。彼の絵画作品を思い浮かべ、なるほど、人生の機微をよく知っているからこそ描くことのできる絵なのだと、妙に納得してしまった。

ちなみに、「Night on the EL Train」は1918年、彼が36歳の時の作品である。