絵日記のようなものをつけようとは思ってみたものの、その日に撮った写真を掲げて何事かを書くというのは容易なことではない。とりあえず、写真と文章は当日のもの、というだけで相互の関連は意識しないことにした。
昼ごはんを家でいただいてから、予て依頼しておいた靴の補修が終わっていたので、その受領に出かける。ついでに別の靴を補修のために持参する。今回受領するほうの靴はそれなりに時代が付いて貫禄が出てきたこともあり、けっこうな補修代金がかかったが、持参したほうの靴は昨年本格的なオーバーホールを済ませたところなので、踵と爪先の補修だけで済む。補修は買った店に持ち込むのだが、持ち込んだほうの靴を診て、店員が「ずいぶん前にお買い上げいただいたものですねぇ」としみじみ言う。この店のハウスブランドの製品なのだが、何年も前に木型も皮の鞣し業者も替わり今では手に入らなくなってしまった。そもそも、ブランドを外して、できるだけ品質本位の良品を作るというコンセプトで生まれた製品ラインだったのだが、結果として中途半端な価格帯になってしまい、売れ行きが今ひとつだったらしい。今、ハウスブランドで売られているラインはもっとお手頃なものになり、敢えてその店で買う必要のないものになってしまった。かつてのジャズの名プレーヤーの名前が冠されたその旧製品はオーソドックスなデザインで履き心地の良いものなので、色違いで2足、素材をスウェードにしたもので1足持っている。同じ色形のものがある程度まとまった量で流通しているとはいいながら、職人仕事のものは一点物なのである。気に入ったものは少し余計に買うつもりで確保しておかないといけない。その後購入しているのは、そのハウスブランドのものに近い木型と同程度の品質の皮で作られた既成ブランド品を選んでもらっている。先日、その既成ブランド品の2足目を購入したが、足に馴染むまでの少しだけ苦痛な期間が以前よりも長くなり、代金の負担も5−6割ほど重くなった。モノが時代を追うごとに情けないものになっていくというのは寂しいものだ。
靴屋を後にして、地下鉄を乗り継いで出光美術館に行く。ここでは企画展毎に詳しい解説を聴くことのできる講座が休館日に開催される。その講座を申し込むには美術館の売店に出向かないといけないのである。以前、売店のレジでたまたま老婦人がその講座の申し込みをしていた。彼女は「電話で申し込めればいいのにねぇ」と曰うていたが、平日昼間に美術館にやってくる老人たち相手に電話やネットで申し込みを受けていたら、講座が空席だらけになってしまう危険があるということがわからないのだろうか。講座の申し込みから開催まで数週間ある。その間に死んでしまうことは当然に起こるのである。まずは、申し込み段階で会場にまで足を運ぶだけの能力があるかどうかを確認し、前払いで受講料を確保しておかないと美術館の経営としてまずい。尤も、自分も老年に差し掛かって思うことだが、年齢を感じることはあっても死が着実に近くなっているとは不思議と感じないものである。それで講座のことだが、美術館に着いて真っ先に講座の案内が置いてある場所に行って案内のチラシを取り、売店に行って自分と妻の分の申し込みをする。来月からの勤務は午前の早い時間から午後の中途半端な時間にかけてのシフトになる予定なので、この講座を受講するのは今回で当面の打ち止めになるかもしれない。
出光では仏教美術の企画展を開催中である。以前にもこのブログに書いたと思うのだが、東京というところにはパリのルーブルとかロンドンの大英博物館のような巨大な美術館・博物館はないのだが、ちょっと空いた時間などに一巡りするのに丁度良い規模の美術館の類がたくさんある。出光はそういう美術館の典型のようなところで、自分の生活圏にこういうところがあるのがとても嬉しい。今回の企画展には出光佐三が好きだったという仙厓の作品が数多く並んでいる。それもよいが、展示の最初にある奈良時代の絵巻物がよかった。展示全体をひとつの作品と捉えれば、最初の展示はいわば「つかみ」だが、見事につかまれてしまった。絵も良いし、文字も良い。この時代のものは作り手が真摯であるように感じられる。例えば仏教についてのものなら、素朴に仏教という対象と向き合っている風が感じられるのである。仏像も制作技術が未熟な頃のもののほうが作り手の一生懸命がより強く感じられる。今回は古い時代の中国の鋳造物も何体かあるが、私は北魏の頃のものが好きだ。北魏の仏像は東博などで見ることのできる大きなものも良いと思う。仏像の表現は時代や場所でずいぶん違うのだが、自分のなかでは日本なら奈良時代や白鳳のもの、中国なら北魏のものがスタンダードになっている。運慶だの快慶だのと彫った人間のほうが全面に出てしまっている仏像というのは、仏の魂ではない別物の魂が入ってしまっているようで、なんだかきもちが悪い。
出光を後にして、有楽町の駅前にある電器量販店でパソコンを眺め、交通会館のテラスで本日の写真を撮り、家路に就く。