今日は天気も良く暖かかった(暑いくらい)ので、延期していた滝山城登城に行ってきました。
この城の歴史はよく判っていない部分も多いようですが、簡単に言えば後北条氏が甲斐武田の脅威に対する防御のために多摩西部に築いた三城のうちのひとつで、北から滝山城、八王子城、津久井城です。
↓ 詳しい事は下記のサイトでお楽しみ下さい。 ↓
滝山城 - Wikipedia
よみがえる滝山城 (takiyamajo.com)
現在の地理で言うと、北に多摩川、東に国道16号線、南に国道411号線に囲まれた東西に長い丘陵地帯にあります。
北側は多摩川河畔の崖、南側は谷戸が入り組んだ地形で、これを利用して空堀(竪掘と横堀)と曲輪、馬出を巧みに配置した城塞です。
赤い線が今回私が歩いたルートです。
南側に面した大手口横の無料駐車場に車を駐めて、大手口から入りました。
大手口の手前にある碑です。
大手口の入り口です。
ここから100mくらいは急な上り坂です。
急な坂を登り切ると三の丸の下に出ます。
横には早速空堀が見えます。
その先に本丸方面と山の神曲輪へ向う分かれ道に出ます。
勿論、右の本丸方向へ向います。
少し歩くと三の丸への入り口があります。
50mくらいで三の丸に出ます。
特に石垣などはなく、平らな土塁という感じです。
周囲はこのような空堀で囲まれています。
三の丸の少し奥にある千畳敷です。
かなり広く真っ平らな野っ原ですが、北条氏照の時代には大きな建物があり「迎賓館」の役目を果たしていたのではないかともいわれています。
直ぐ横に角馬出があります。
千畳敷の所から道が分かれていて未舗装の狭い道を行くと、大馬出に出ます。
二の丸の防御の要になったところです。
更に進むと二の丸に出ます。
ここにも石垣のようなものはありません。
二の丸から緩い上り坂を5分程登ると本丸の下に着きます。
本丸と中丸を結ぶ木橋(有事の際には簡単に落とせる引橋)が見えます。
本丸へ到着しました。
本丸の奥の一段高いところに霞神社があります。
ここが天守だったのかなと思いました。(私の想像)
本丸には付き物のの井戸です。
結構深そうでした。
霞神社の更に奥へ進むと金毘羅神社があります。
その奥から北側を流れる多摩川とその対岸の昭島・拝島方向が見下ろせます。
この城を攻めた武田軍はこの多摩川の対岸の拝島に陣を張ったそうです。
本丸で一休みした後、木橋を渡って中の丸へ行きました。
中の丸にはハヤブサを連れて散歩に来られている方がいらっしゃいました。
中の丸からも北側の景色が見下ろせます。
この後は来た道を引き返して駐車場まで戻りました。
全行程2時間程でした。
16世紀当時はかなり堅牢な城であったことが容易に想像できる城跡です。
これで1月の津久井城と八王子城、今回の滝山城ということで後北条氏が武田対策で築いた3つの城に登ることが出来ました。
実は滝山城には直ぐ近くの高月城、現在のサマーランド近くの根小屋城の2つの城があるのですが、この2箇所は時間のあるときにでも訪ねてみたいと思います。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
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滝山城は行ってみたいお城の一つなので、今回の記事はとても参考になりました。ありがとうございました。
当時、木や草は綺麗に刈り取られていたと思うので、その頃を想像力するとワクワクします。
4ケ月掛かりでようやく3城制覇できました。
石垣などは一切ありませんが、何も知らずに歩いても空堀や曲輪の造りや配置から「ここが城だった」ということを容易に想像させる遺構です。
くうさんなら圏央道のあきるのICで降りて来られるのが最短だと思います。
あきるのICから車で20分もあれば着くと思いますよ。
私が今回行かなかった山の神曲輪や信濃屋敷にも行っても2時間半あれば十分だと思います。