『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

怪談『仕返し』

2022-08-11 08:09:54 | 創作

 梅雨明けの七月末。

 線状降水帯の発生によりゲリラ豪雨が局地を襲撃した。

 奥平ケ原では山林が崩落し、凄まじい土石流となって温泉街の街を直撃した。

 その映像をスマホに記録されたのが、何度もニュースで放映されたが、見るものを震撼させるような恐ろしい激流であった。

 甚大な被害が生じ、遺体で発見された方々は、五十数名を超えた。

 国土交通省より調査班が出され、人工的な盛り土が災害につながった可能性がある、という報告書が当局に提出された。

 それは、かつて違法廃棄が何年にも亘ってなされてきた山林であったのだ。

 当時、それに関わったというという会社関係者は、早々と雲隠れし、マスコミはじめ当局も、その尻尾を捕らえることが出来ずにいた。

 自衛隊の捜索活動が連日つづくなか、禍々しいニュースが飛び込んできた。

 なんと、避難所となった地区の公民館で、自宅が全壊した七家族の二十一人全員が、朝方になって、刺殺体で発見されたのである。

 その常軌を逸した猟奇的殺人事件に、被害を免れた人たちも震え上がった。

 誰が?  何のために?

 どんな意味があるの科?

 動機はなんなのか?・・・

 疑問や憶測や、果ては、オカルト紛いの噂話まで実(まこと)しやかにネット上に入り乱れた。

 人災的な土砂崩れだけでも、人々に怒りと不条理感を招来したのに、その上、得体のしれない大量殺人事件まで併発するとは・・・。

 コロナ禍に喘ぐ全国民が、我が事のように、この凶事は不快を通り超して絶望的な気分に陥(おとしい)れられた。

 十九人もの犠牲者を出した「やまゆり」事件。

 三十六人もの犠牲者を出した「京アニ」事件。

 平成の末期から令和の初めにかけて、猟奇的な大量殺人事件が起こったが、今回の二十一人もの犠牲者も、それらに匹敵する犯罪であった。

 しかも、今回は、犯人はまだ特定もされておらず、捕まってもいない。

 なので、近隣住民の不安は最大級で、コロナ禍以上に、外出を憚られる凶事となった。

 *

 泥流にまみれた崩落地帯は、捜索が難航した。

 幾日目かに、重機を操る隊員が、妙な形をした石像を掘り起こした。

 流水で洗浄してみると、それは顔がすり減った地蔵様のように見えないでもなかった。

 とりあえず、信仰の対象となったであろう何らかの遺物なので、捨ておくわけにもいかず、丁寧に取り扱って、きちんと元あっただろう姿に立ておいた。

 奥平ケ原の一体は、江戸期には農村であって、土地の古老によれば、山間によくある閉鎖的な一集落であったという。

 古地図にも、「奥乃平」という地名が記載されている。

 そして、当時の村人の構成やら、暮らしぶりは今も山腹にある古刹に古文書や過去帳として残されていた。

 *

 その異変に最初に気づいたのは、県警捜査班の警部補だった。

 真っ先に、館内の防犯カメラ映像はチェックされたが、残念ながら、そこに手がかりはなく、次いで、町内の数箇所に設置されていたカメラの映像を精査していた時のことである。

 ひと通り当夜の様子を通常スピードで再生しても、何の気配も見いだせなかったが、1/2速度で再現してみると、ある時間帯に、奇妙な影がほんの一瞬だけ映っていたのだった。

 それは、例えていえば、フラッシュを浴びた被写体が背後に見せるような瞬時の影であった。

 だが、それが何なのかは、特定できなかった。

 警部補は、他の場所での近い時間帯ではどうだろうと、1/2速度からさらにスピードをコマ送りに落として見ていた時である。

 あっと驚くことに、その一コマが現れた。

 だが、今度は、そのフォルムが最初のものとは微妙に異なっていた。

 警部補は、根気よく、他所のビデオ映像も精査した。

 すると、ある時間帯から、微妙にずれながら、格子模様の影のような物が移動しているように見えたのである。

 そう。それは、ちょうど、小学生の頃、ノートの端っこに描いたパラパラ漫画のアニメを彷彿させるような動きに見えないこともなかった。

 彼は、それらの映像をキャプチュアして、PC上でつなぎ合わせてみた。

 時系列では、何の意味も見いだせなかったが、それらをジグソーパズルのピースに見立てて、あれこれ、同一平面上につなぎ合わせてみた。 

 その画像編集に熱中して、気が付くと深夜の0時を過ぎていた。

 捜査員たちはみな帰宅し、AVルームに残る彼と、夜勤番の巡査長のみとなって署内は森閑としていた。

「なんだこりゃ・・・」

 かれは、何度目かのつなぎ合わせ作業で、偶然に浮かび出来上がったひと塊りの影の形に、背筋がゾッとした。

    

       

 

 それは、まるで、人の形をしていた。

 四肢が認められ、頭部らしきものもある。

 しかも、その右手には何やら器物を携えていた。

 映像を拡大し、シャープネス処理してみると、なんと、それは、草刈り鎌のようなものであった。

「凶器か⁈」

 と警官らしく瞬時に脳裏をよぎるものがあった。

 まだ、何者かも判らぬ、あやふやなる影である。

 しかも、わずか5ケ所で記録された5つの影をパズルのようにつなぎ合わせたものである。

 そんなものに、何の証拠能力があるというのだ。

 それでも、彼は、犯行が行われただろう時間帯に、怪しい凶器を携えた人物像を探り当てたのである。

 しかし、その捜査過程、映像解析過程、画像処理過程をなんと上司に相談したものだろう・・・。

 ただの偶然のゴーストと一笑に付されかねない。

 そこで、彼は、日頃、飲み友達でもある署内の被害者支援員として採用された同世代カウンセラーの裕子にこの事を打ち明けてみた。

 彼女とは、飲み屋でクダラナイ話でも何でも語り合える気の置けない間柄であった。

 

「山ちゃん。これ、ヤバイよ・・・」

 と、スマホに落とした画像を見るなり、裕子は固まった。

「・・・・・・」

「画像処理のプロセスは兎も角・・・。

 なんだか、この人物から、殺意が伝わってくるもん・・・」

 ビールを呷(あお)りながらも、裕子の視線はスマホの男? から離れなかった。

「なんだろうね? こいつは、いったい・・・」

「うーん。なんだか、この世の者ではなさげな感じだねぇ・・・」

 さらりと裕子が言うのに、警部補の彼は、無意識に眉が寄るのにも気付かずにいた。

「バケモンっていうこと?」

「うん。少なくも、ポケモンじゃあないね(笑)」

 と、裕子は平気で冗談をかました。

 *

 警部補のたっての頼みで、裕子は彼の調査に同道することになった。

 そこは、崩落を免れた、山腹にあるあの古刹であった。

 寺には過去帳の他、江戸時代まで遡るさまざまな古文書も納められて代々保管されていた。

 ふたりは兎も角、手当たり次第に、宗門人別改帳やら過去帳一切を広げて、雑魚でもいいから投網に入ってくれよ、というような頼りない気持ちでそれらに目を通した。

 持参したコンビニ弁当を4つほど空にした頃だろうか、裕子が、村で起こったとある事件について記されていた数行を発見した。

「山ちゃん。これ・・・」

 と言って手渡されると、焼けた奉書紙にうねった行書体の筆字で書かれた箇所だった。

 

 要約すると・・・

 庄屋の娘「お糸」なる者が失踪し、数日後に、村はずれの水車小屋で、辱しめを受けた姿で遺体が見つかった。

 下手人はすぐに上がり、それは村に放浪してきた廃屋の炭焼き小屋に居ついた若者だったという。

 男は、お上に引き渡されることなく、村人の私刑によって殺害され、無縁仏として寺に葬られた。

 ところが、その後になって、娘に恋慕した村の百姓の倅(せがれ)が、かどわかして凶行に及んだことが明るみになり、村人たちは、怒り狂って私刑にした男の霊を供養したとあった。

 そして、その祟りを恐れて、陰陽(おんみょう)者によって封印塚の石碑を建てたという。

 

 警部補の頭の中で、禍々しい場面が展開した。

 怒りに冷静さを失った庄屋が、村の衆を焚きつけて、怪しいと睨んだ炭焼き小屋の男を、有無も言わさずに、娘の仇とばかり、殺害したのだろう。

 男は、身に覚えのあるはずもなく、

「わしゃ、知らん。

 わしゃ、何もしとらん。

 わしやない・・・」

 と、弁明したかもしれない。

 しかし、復讐の炎は、村人が冷静に分別することを許さず、恐らくは、農民道具の鎌か何かで殺害されたのだろう。

 ひょっとすると、首を跳ねられたのやもしれぬ。

 そして、無縁仏の墓所に・・・。

 そこまで想像すると、警部補はブルッと身震いした。

 あの崩落で、封印塚が崩れたんだ・・・。

 そして、時代を経て・・・

 

「山ちゃん。顔が青いよ」

 と裕子に声かけられて、彼はハッと我に返った。

 そして、言った。

「そんな事って、あるだろうか・・・」

「・・・・・・」

 警部補は、時空を超えた己れの荒唐無稽とも思える推理を飲み友達に聞かせてみた。

「さぁ・・・。どうだろう・・・

 でも、なぜ、あの七家族なんだろう・・・」

 警部補は、もし自分の勘が当たっていれば・・・という前置きをして

「手を下した者の末裔・・・

 っていうのは?・・・」

 と言って、裕子の顔を見た。

 裕子は、彼の視線をはずすと、しばし、遠くへ視線をやり、やがて向き直って、二度三度、ちいさく頷いた。

 彼の推理の正誤は、目の前に散乱する過去帳を辿っていけばいいだけだった。

 しかし、ふたりは、それを確かめることをやめにした。

 なぜなら、間違いなく被害者たちの家々に行き着くだろう、ということを、確信したからである。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 


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