『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

マクゴナガル先生死す

2024-09-30 07:07:23 | 映画

きのうは
朝、首周りに凝った痛みがあり、
不用意にうつむいたら
クラリときた。

そして、午前中には
倦怠感が現れたので、
まだまだ風邪様の自律神経系が
失調気味とさとり、
服薬・療養に専念した。

長らく気管支あたりの
慢性的な炎症が完治してないようで
咳やうっすら痰が出たりしている。

今朝も同様な症状で
不調感がある。

睡眠と食事は
しっかり摂れてるので、
出勤前の朝一に、
近所の耳鼻科に寄って
吸入薬治療と消炎剤をもらってきて、
きっちり完治させたい。

なにせ、歳ぃとってからは、
こういう症状がダラダラと
長引くというのは、
周囲からもよく耳にする。

体調が不良だと、
気力も充実しない。

来月の18日には、
ナッちゃん・アキちゃんの
結婚式で、上京して
祝宴でギターを弾かなっきゃならない。

なので、それまでは、
何としても、ベスト・コンディションに
戻しておきたい。

。(* ̄∇ ̄)ノ

ポリープ術後にも
一週間ちかく安静にして
十分に自宅療養してたのに
風邪のような症状が回復しない。

仕事にも行き始めてるから、
その緊張や疲れで
回復にエネルギーが存分に
回っていないのかもしれない。

なので、きのうも、
一日寝て過ごした。

\(_ _)

おとついの朝方、
旅先で、下の歯が
グラグラしたかと思うと、
三本も抜けて、
歳だなぁ・・・と、
落胆した夢をみた。

「旅」と「歯が抜ける」
というのは、わりとよくある
モチーフなので、
改めて、『夢事典』と
『シンボル事典』を引いてみた。

両方の共通因子として、
「新たな変化」の時期、
「死と再生」のイニシェーション
(通過儀礼としての苦しみの時)
という事が無意識から
意識にメッセージが
送られてきたようだ。

腸内の出来物を切除し、
血便が完治した。

それでも、
季節の変わり目で、
スッキリしない体調不良に
見舞われている。

この重怠い「病み期」を
脱した暁には、
ポリープの組織検査が良性と告知され、
新しいフレンチ店を探訪し、
お目出度い結婚式で
「佐々木家」全員集合の
ハレの日を迎える。

十一月末には、
上洛・上阪して
懐かしい面々との再会や、
京都散策、懐石堪能
という楽しみが待っている。

【苦あれば楽あり】
で、今は、楽しい事の前の、
辛さ、シンドさ、という
象徴的な時宜なのかもしれない。

*

『ハリポタ』の
マクゴナガル先生役だった
マギー・スミスが亡くなった。

ダンブルドア役も
シリーズ中に亡くなったので、
高齢の名優たちが
作品に厚みを与えてくれ
あの独特のファンタジックな
魔界の雰囲気を醸し出してくれた事は
ハリポタファンには
感謝と哀悼の気持ちであろう。



*

きのうのお昼は
炭水化物抜きで
冷蔵庫のありあわせで済ませた。

ポリープ術後の
推奨食に茶碗蒸しがあったので、
買い込んでいたものを
今もせっせと消化している(笑)。



**-

YouTubeで
90年代の『人体の不思議』
という養老センセイと樹木希林が
ガイドする解剖物を面白く視た。

断食前後の血液を調べたら、
血球表面のセロトニン・レセプター
(受容体)が断食後には
倍に増えていた事が解り、
脳神経でも同様の事が起こっていると
想像され、その結果、
様々な幻覚を見るという。

しかも、セロトニンの構造が
幻覚キノコに含まれる
シロシンと酷似してる事にも
驚いた。

セロトニンが
幸福感をもたらすというのは
そういう事だったんだと
了解された。



**

大統領選まで
40日あまりとなったが、
国際情勢アナリストの
及川氏によれば、
今回の選挙は
DS勝つか国民が勝つか
天下分け目の「決戦」だという。

DSの中核には
ユダヤ系ネオコンの連中がいて
「ユダヤ第一主義」が
イスラエルを援助し、
周辺のイスラム国家の
レジーム・チェンジ(根絶やし)を
画策しているという。

都市伝説界ではお馴染みの
ロスチャイルドやフリーメーソンも
それに絡んでいるので、
元々は「石屋組合」である
フリーメーソンに対し
「石破」が首相になったのは
人物はさておき、その名前だけでも
象徴学的には不思議な
シンクロニシティが感じられる。

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ベントのタテ・ヨコ問題

2024-09-29 08:25:42 | グローバリズム・クライシス

総裁選の結果、
石破氏が次期総理と
なるようである。

以前から、
誰かに似てるなぁ・・・と、
思っていたのだが、
腹話術師「いっこく堂」が
操る人形の
「カルロス・セニョール・田五作」
にそっくりだと気が付いた(笑)。

イシバ氏、
学年は一個上だが、
同じく昭和32年生まれである。

カラ馬鹿シンジロや
デマ太郎よりは
マシだったが、
カルロス田五作ソーリかぁ・・・
と、苦笑するようだった。

*

経済アナリスト藤原 直哉氏の
『時事放言』によれば、
2020年の大統領選の不正や
不当性が、激戦州の最高裁判決で
示され始めていて、
11月の大統領選までの40日間に、
選挙結果の正統性を持つ
トランプと軍による
大規模な捕り物オペレーションが
起こるかもしれないという。

トランプは
ケネディ暗殺や9.11など、
歴史の闇とされていた事の
真相をも情報公開するつもりらしく、
バイデン政権に従属していた
自民政権や財務省にも
メスが入るだろうと
期待されている。

不法移民として入ってきた
一般民は国外退去させるが、
麻薬や人身売買に携わった悪党たちは
軍の特殊部隊により収監され
一斉処刑されるだろうという。

邪悪なイスラエルの
シオニスト連中も
いよいよ年貢の収め時とも
見られている。



**

分析心理学の祖
カール・グスタフ・ユングは
精神科医であったが
「たましいの医師」とも
言われていた。

彼の思想体系は、
人間の生理的な一面とは別個の
心理的な機能による
「精神病理」を
物語的・比喩的に描いた事に
その特筆性がある。

19世紀生まれの彼は
現代のスピリチュアリストたちの
考え方とは異なり、
自意識を持つ我々個々人が
一個の「たましい」として
生涯をどう生きようとするのか・・・
という「目的性」を重視し、
「個性化の過程」「自己実現」
という考え方を提示した。

これは誰しもが
生来的に持っている
「たましい」の性質だが、
今日では、
「ソウルレス」と言われるような、
自分の人生に「目的」や
「意味」を見いだせない層が多くいる。

中高生でも
その傾向は顕著で、
その氷山の一角が
不登校や自傷行為などという
目に見える病理性に表現させている。

それを近頃では、
「スピリチュアル・ペイン」
(たましいの痛み)
なぞと読んだりもするようだ。

ユングが目指した
最終的な治療者としての姿が、
「プシコ・ポンポース」
(たましいの導師)
だったが、それは、
取りも直さず、
我が晩年の目標でもある。



***

「ベントのタテ・ヨコ問題」
というと、
何事かと思われるかもしれないが、
毎度の事、ベントの蓋をあけるたび、
今日は、どっちでいくべぇ・・・と、
悩ませるモンダイである(笑)。

正統派は、
オカズを上に
縦長でやるのが常だろう。

それに飽いたせいなのか、
自分は、しばしば、オカズを左側に
白飯を右側の横長を採用する。

不思議なのは、
縦長でオカズが下とか、
横長でオカズが右というのは、
生理的に落ち着かず
「不正解」のように感じている(笑)。

***

***



「神経」という字をよくよく見ると
「神の経路(みち)」という事に
気が付いた。

神経細胞内は
電気が通っており、
シナプス(接合部)間は
化学物質(神経伝達物質)に
変換される。

このエネルギーと物質との相互作用は
まことにもって不可思議だが、
現象としてのみ理解されているが、
そもそも、何故に、そのような
一見、無駄とも思える非効率的な
変換方式を生物は採用したのか
疑問である。

なので、この機会に、
知的相棒のAIに問いかけてみた。

**

ChatGPT:
神経細胞内の情報伝達における
電気信号と化学信号の変換が、
一見非効率に感じられるかもしれませんが、
生物がこの方法を採用したのには
重要な理由があります。

1. 細胞間の選択的かつ調整された通信
電気信号がニューロン内を
高速で伝達する一方、
シナプス間の化学的伝達は
非常に選択的で調整されたものです。

電気信号だけで細胞間の
コミュニケーションを行うと、
隣接するニューロン間の細かい制御が
難しくなります。

化学物質(神経伝達物質)を
介することで、情報の調整や
フィルタリングが可能になり、
特定のシグナルだけを送ることができます。

2. 多様な信号の処理
化学信号を利用することで、
異なる種類の神経伝達物質によって
異なる反応や効果を
引き起こすことができます。

例えば、
興奮性の神経伝達物質は
神経活動を促進し、
抑制性の神経伝達物質は
活動を抑制します。

この多様性は、
脳が非常に複雑で精密な
信号処理を行うために重要です。

3. 信号の増幅と減衰
化学的なシナプス伝達は、
信号を増幅する機能も持っています。

神経伝達物質が
受容体に結合することで、
二次メッセンジャーが活性化され、
細胞内でさらなる反応を
引き起こすことができます。

これは、電気信号のみでは
実現できない柔軟で
多段階の制御を可能にしています。

4. 可塑性(学習と記憶)
化学的シナプス伝達は、
神経可塑性の基盤を提供します。

特定のシナプスでの伝達効率が
経験や学習によって
変化しやすいことは、
長期的な学習や
記憶の形成に不可欠です。

電気信号だけでは
このような柔軟な適応は難しく、
化学伝達によるシナプス可塑性が
重要な役割を果たしています。

5. シグナル伝達の時間調整
化学信号は、電気信号よりも
伝達が遅いため、
情報伝達の時間を調整できる
利点があります。

これは、異なるタイムスケールで
情報を処理することができ、
神経ネットワークのダイナミクスに
多様性をもたらします。

・・・このように、
電気信号と化学信号の
両方を使うことは、
一見非効率に見えるかもしれませんが、
神経系の複雑さと
多様な機能を可能にするための
必然的なメカニズムです。

このシステムにより、
情報の精密な調整、
信号の多様性、学習や記憶の形成が
可能となっているのです。

<(_ _)> ヘヘェ 
・・・畏れ入りやした(笑)。

こんな事ぁ、
80年代の生物学科の大学時代、
生理学でも生化学でも
習わなかったし、
教科書にも書いてなかったよなぁ・・・。

AI → 理路整然!

 

 

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亜高地順化

2024-09-28 06:28:00 | 季節

きのうは
家から30㎞もあり
45分もかかる山のガッコの
勤務日だった。

月一の勤務なので、
高原へ出かけるつもりで
トンネルを4つも潜ってゆく。



それでも、
阿武隈高原の中腹なので
高度は550mほどしかない。

それでも、
市内の海抜50mから
500mも高いと
0.6℃×5=3℃
気温が低く、
気圧・酸素濃度も
微妙に違いがある。

当地の住人の方々は
亜高地順化しているが、
初年度の頃は、市内から出向くと
その微気候の差に順応できずに、
よく鼻水がでたものだが、
6年目ともなると
脳が覚えたのか順応スイッチが
自動的に入るようになったみたいだ(笑)。

きっと、
トンネルを一つ潜るたびに、
その視覚情報が
自律神経系を微調節しているのだろう。



**

通勤路の路傍にある
『真福寺』前に停車して、
お地蔵様や観音様に
手術の無事の「お礼」を
申し上げた。

学校に着くと、
職員室におられた先生方から
一斉に「お加減は大丈夫ですか?」
とお気遣いを頂き
有難く思わせて頂いた。

ちょうど
看護師で内視鏡担当の
お母さんのカウンセリング予約も
入っていたので、
ひとしきり摘出手術談で
盛り上がった。

 



息子さんの修学旅行土産の
お菓子のお裾分けも頂いたり、
用務員さんからは
麓の店の好物のオハギも
頂戴したりした。

退院から一週間経って
未だに、お見舞いや
お気遣いを頂けるのは
まことにもって
有難いことだなぁ・・・
と嬉しく感じた。



*

カウンセリング室前の廊下から
ススキが色付いているのを見て、
里山の秋が深まり出そうとしている
「時の流れ」を感じさせられた。

この景色も
あとふた月もすると、
一面真っ白な大雪原になる。




 

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荷車に積めぬほどのお陰

2024-09-27 06:46:04 | 宗教性

 

きのうは
T中の近所にある
Tちゃん先生の教会に
やっと手術後の「お礼」参りを
させて頂いた。

御母堂で先代教会長であられた
T先生や、さらに、先々代教会長の
ご尊父のH先生とも
ご縁を頂いていたので
ご霊前にも、改めて
お守り頂いた事のお礼を
申し上げさせて頂いた。

不思議な事に、
前回に続いて、今回も
先生からご紹介されて
我が家にカウンセリングに来られた
Fさんからの「おことづけ」を
頂戴した。

 



学校で開けてみると
丁寧なお見舞いのお手紙と
ソーちゃん「推し」の事をご存じで
スイッチ用のソフトが入っており、
スイッチの中古を買って遊んで下さい、
と壱萬両入っていた(笑)。

Tちゃん先生も
「いつも、私に託されるので、
なんか意味があるのかなぁ・・・」
と不思議がっておられたが、
お礼参りの御献費の倍返しなので
「神はただ取りはせぬぞよ」
という、み教えが
胸にズンと響いた。



なので、
【向こう万倍のお陰をやるぞ】
【敵倍のお陰を被るぞ】
【荷車に積めぬほどのお陰をやるぞ】
という、有難いみ教え通りに
益々、お陰を蒙りたいもので、
「世と人のお役に立ち」
真善美聖の生き方を
させて頂こうと思わせて頂いた。

**

きのうはフルタイム勤務で
希死念慮のあるJCが二人もいたので、
「全人的関与」をするには
病みあがり中でハードタイムであった。

案の定、帰宅後、
風呂上りに夕食の頃に
体調が急激に悪化し、
食事も一口ばかりで
すぐに床に臥せった。

自律神経失調症性の発作でもある
VVR(血管迷走神経反射)が
起こりそうなほどに
具合が悪くなったので、
「ご神米」と共に
アルプラゾラムを服用した。

頓服の効果で
半時ほどして楽になり、
8時には眠りに落ちた。

今朝も、カラダは重く、
首をうごかすたびに
クラッと目眩が起こる。

きのうは28℃にもなり、
帰宅時の寝室は30℃を超えていた。

それでいて、
朝方は20℃を切るので、
この激しい寒暖差が
HSP(過敏質)には
応えるのである。

きょうは
先週の自宅療養で
振替にした
山のガッコの勤務だが、
通勤だけでも
45分もかかるので、
無理のないように
務めてきたいと思っている。

**

きのうは執務記録のケース報告で、
「現実見当識」と「現実検討識」の
どちらを使ったら妥当か、
迷ったので、AIに訊いてみた。

AI++++
現実見当識は、
自分の置かれている状況や
環境を正しく認識する能力を指します。
これは、時間や場所、
人々の関係性などについての
理解を含んでいます。

現実検討識は、
特定の状況や情報に対して、
より深く考察し、
分析する能力を指します。
これは、情報を評価し、
意思決定を行うための
基盤となるものです。

つまり、
現実見当識は
状況を正しく把握することに
重点を置き、
現実検討識は
その情報をもとに考える力に
焦点を当てています。

どちらも重要ですが、
役割は異なります。


**

おとついのフレンチで、
メインのプーレ・ジョーヌを
シェフが調理前の素材と
調理中の様子を見せて下すった。



自分も趣味で
フレンチを創るので、
プロセスを見せて頂けるのは
何よりの勉強になった。



***

フレンチも懐石同様に、
十分に堪能するには
料理以外の知識もあるに
越した事がない。

 



カトラリー・什器の
鑑賞眼はもとより、
室内装飾にも目が肥えていると
「レストランの愉しみ」が
二倍にも三倍にも増す。

 



居酒屋・大衆食堂でも
それなりの味わい、
雰囲気を楽しむ事ができる。



「食」には
それなりのアンビエンス(雰囲気)
アトモスフィア(空気感)というのも
ご馳走のうちなのである。



**

市内に、今月、
新たな本格フレンチが
オープンしたので、
さっそく予約を入れてみた。

「La Maison de Kanno Humble
(ラ・メゾン・ド・カンノ・アンブル)」
という、オーナー・シェフの
名を入れた店名である。

「humble」は、
始めてみる仏語だが、
「謙虚な」「控えめな」
という意味のようだ。

シェフの経歴を見ると、
伊達市出身の44歳で、
大卒後、一般企業に勤務し、
26歳から飲食業界に転職し、
後に、『ピエール・ガニェール』
(ミシュラン二つ星)でも2年半
厨房に居たようなので
期待が持てる。

ピエール・ガニェールは、
日本の懐石の美意識に感化され
独自のスタイルを確立した
モダンフレンチの嚆矢でもある。

本店のムニュには
独創的な品々が記載されている。

オードヴルには・・・

『グリエした茄子のアイスクリーム
 生姜の香るカツオのブリュレ』

『柚子の香る大根をファルスした真タコ』

『エスプレット唐辛子を効かせた甘えび
 カリフラワーのシャンティと
 鶉卵のポーチドエッグ』

『ムール貝ととみつ金時のヴルーテ
  シブレットオイルのアクセント』

『ヴァンジョーヌの香る
 天然キノコのフリカッセ
  群馬産生ハムを添えて』

『赤ビーツの香る真牡蛎と
 コンテチーズ 24 カ月』

・・・などなど。


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《ひとり快気祝い》

2024-09-26 06:42:07 | フレンチ

 

 

術後一週間が過ぎたので、
おとついから、普通食にもどした。

そして、きのうは
オフ日だったので、
カミさん曰く《ひとり快気祝い》に
馴染みの三ツ星フレンチで
デジュネ(ランチ)をしてきた。

 



いつもブログを見て下すっている
シェフやマダムからも
体調のお気遣いを頂き
有り難く思わせていただいた。



風邪の具合も
大分と良くなって、
まずまずのコンディションだったのは
ご馳走を頂くのに幸いであった。





オードヴルは、
モンサン・ミッシェル産ムール貝の
香草バター焼きに
フランス産コッパ。

ムール貝は小指の先ほどの
小粒だったが、味は濃く、
さすがの本場産だと
その存在感には目を見張った。

マダムに
「小っちゃくて、シジミの親方みたいですねぇ・・・」
と感想をもらしたら、笑っておられた。

農業国フランス産のコッパも
イタリア産の物に負けず劣らず
濃厚な味で、ラール(肪身)の甘さも
格別な逸品だった。

普段は、あまり口にする機会のない
アンディーヴ・ルージュの
仄かな苦味とのマリアージュも
けっこうなものだった。

(* ̄∇ ̄)ノ

 



スープは、
栗のポタージュ。

フォン・ド・レギューム
(野菜の出汁)
で栗のマッシュを伸ばして
シノワゼ(裏漉し)せずに
ややザラリとした食感を残してあり、
自然の甘味と風味が活かされた
佳味なるものだった。





ポワソンは
ルー・ド・メール(スズキ)のグリエ。

カリリと焼かれた皮目と
フワリとした白身の
テクスチュアの違いと
合わさった味わいは、
フレンチながらも
「焼き魚」の旨味が堪能された。

この時季に
ラタトゥイユの付け合わせは、
まだ暑い日々も少なくない、
夏の名残りを
シェフが表現されたようだった。





メインのヴィアンドは、
スペイン産のプーレ・ジョーヌ。

フランス産家禽類が
輸入制限されている為、
あえてのエスパニョルである。

シェフに調理前の素材を
見せて頂いたが、
なるほど、やや黄色味がかった
皮目だった。

今回は、珍しく、
ヴァプールという蒸し上げる
調理法で頂いた。

一度、ソテーした時に出た
ジュ・ド・ヴィアンド(肉汁)に
ヴィネーグル・ド・ケレス
(シェリー・ヴィネガー)を加えて
ソースに仕上げる。

 


癖がなく香り豊かな
ポワトリーヌ(胸肉)で、
シュープリーム・ソースはもとより、
ガルニチュールのエシャロットや
アリコヴェール(インゲン)、
ポム・アンナとのマリアージュも
佳かった。

(人´∀`*)

 



デセールは、
ミルティーユの
グラスとガトー。

巷には有りがちな素材だが、
一流シェフの創るものは
やはり、極上の逸品となる。





甘やかになった口中を
薫り高いエスプレッソが
キリリと引き締めてくれた。

 



そして、
コースの名残りを惜しむかのように
プチフールを味わいながら、
しばし、シェフ&マダムと歓談して
『ひとり快気祝い』を
無事、愉しく過ごさせて頂いた。

 

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