写真は雲南のシーサンパンナ州景洪市にてビーフジャーキーを作っていた店の裏庭で料理するタイ族の人。(2005年撮影)
雲南に住むタイ族の人はこの臼と杵と日本語では形容する石でできた重いすり鉢とすりこぎの大きいサイズのような杵を料理道具として多用していた。この道具はベトナム、タイ、インドネシアなど東南アジア一帯で広く使われている料理道具。胡椒の実やハーブなどなんでもこれで何度もトントンとたたき、もしくはすりつぶして味を決める。雲南のビーフジャーキーのフワフワ感もこれらでつぶして出すようだ。
【特産品の作り方】
作り方は、目で見ることができなかったので。いろいろと本とネットで調べたものを書きます。民族学者や雲南の人が調べた本のタイ族のページにはなく、雲南の回族の料理として解説されていました。
(文山州の回族、壮族の伝統食品。)
作り方は以下の通り。
①肉のかたまりに塩を揉み込む、さらに唐辛子やほかの香辛料(唐辛子、茴香、八角、草果、こしょう、花山椒、場合によっては落花生の砕いたモノ漢方薬にも使われるもの)も入れもみこみ、20分置く。
②肉を縄でしばり、1週間、通風する。(肉は暗緑色に)
③1時間、火で炙る。
④焦げた部分を削ぐ(肉は金黄色に)
⑤吊す。
食べるときは、切って、油で揚げて食べるなどの方法がある、と書かれています。
塩と熱で菌の増殖を抑え、乾燥させるという上記の作り方は、世界各地で作られるビーフジャーキーの作り方と同様です。ただ、一点、各種香辛料をふんだんに使う点が雲南らしい特徴といえるでしょう。
雲南西部のミャンマー国境に近い徳宏地域の瑞麗傣旺食品有限公司では、上記の方法で「火焼牛肉干巴」という名で製品化し、2001年に第二回中国国際昆明旅遊節という公易会に出品。そこで優秀旅遊商品賞を受賞したのに力を得て、雲南省内外で販路を広げていきました。
私が住んでいた10年前もその後2年おきに行ったときにも、いつでも土産物コーナーの一番いい位置にこれが並んでいました。
ちなみに、この会社は以前、雲南の甘酒の章でご紹介した企業と似たような歴史を持っています。
1997年に国道320号沿いに店を出し、国道を通る人々に売ることで利益と評判を生み、増産体制を整えて、雲南省全体に販路を広げていったのです。
その際、自らの販売する干巴に由来を印刷していました。
「傣族の宮廷名菜の一つです。かつて宮廷では新鮮な牛肉を3日以上、炭火で炙り、木臼で 舂いておりました。」
その文字の横には影絵のようなタッチでタイ族風のエキゾチックな服を着た細身の体型の男女が炭火で牛を肉を炙り、二人で木臼の両脇に座って杵で硬そうな肉を優雅につく絵がついています。
国道の敷設によって、バスの休憩時間に食べられる食品が評判になり製品化。そこに土地に伝わる口伝もしくはいかにも歴史書にかかれていそうな伝承を入れこむ、という流れは雲南の特産物にはかかせないようです。そもそも人というのは食べ物にロマンを求めたいのかもしれません。
(つづく)
雲南に住むタイ族の人はこの臼と杵と日本語では形容する石でできた重いすり鉢とすりこぎの大きいサイズのような杵を料理道具として多用していた。この道具はベトナム、タイ、インドネシアなど東南アジア一帯で広く使われている料理道具。胡椒の実やハーブなどなんでもこれで何度もトントンとたたき、もしくはすりつぶして味を決める。雲南のビーフジャーキーのフワフワ感もこれらでつぶして出すようだ。
【特産品の作り方】
作り方は、目で見ることができなかったので。いろいろと本とネットで調べたものを書きます。民族学者や雲南の人が調べた本のタイ族のページにはなく、雲南の回族の料理として解説されていました。
(文山州の回族、壮族の伝統食品。)
作り方は以下の通り。
①肉のかたまりに塩を揉み込む、さらに唐辛子やほかの香辛料(唐辛子、茴香、八角、草果、こしょう、花山椒、場合によっては落花生の砕いたモノ漢方薬にも使われるもの)も入れもみこみ、20分置く。
②肉を縄でしばり、1週間、通風する。(肉は暗緑色に)
③1時間、火で炙る。
④焦げた部分を削ぐ(肉は金黄色に)
⑤吊す。
食べるときは、切って、油で揚げて食べるなどの方法がある、と書かれています。
塩と熱で菌の増殖を抑え、乾燥させるという上記の作り方は、世界各地で作られるビーフジャーキーの作り方と同様です。ただ、一点、各種香辛料をふんだんに使う点が雲南らしい特徴といえるでしょう。
雲南西部のミャンマー国境に近い徳宏地域の瑞麗傣旺食品有限公司では、上記の方法で「火焼牛肉干巴」という名で製品化し、2001年に第二回中国国際昆明旅遊節という公易会に出品。そこで優秀旅遊商品賞を受賞したのに力を得て、雲南省内外で販路を広げていきました。
私が住んでいた10年前もその後2年おきに行ったときにも、いつでも土産物コーナーの一番いい位置にこれが並んでいました。
ちなみに、この会社は以前、雲南の甘酒の章でご紹介した企業と似たような歴史を持っています。
1997年に国道320号沿いに店を出し、国道を通る人々に売ることで利益と評判を生み、増産体制を整えて、雲南省全体に販路を広げていったのです。
その際、自らの販売する干巴に由来を印刷していました。
「傣族の宮廷名菜の一つです。かつて宮廷では新鮮な牛肉を3日以上、炭火で炙り、木臼で 舂いておりました。」
その文字の横には影絵のようなタッチでタイ族風のエキゾチックな服を着た細身の体型の男女が炭火で牛を肉を炙り、二人で木臼の両脇に座って杵で硬そうな肉を優雅につく絵がついています。
国道の敷設によって、バスの休憩時間に食べられる食品が評判になり製品化。そこに土地に伝わる口伝もしくはいかにも歴史書にかかれていそうな伝承を入れこむ、という流れは雲南の特産物にはかかせないようです。そもそも人というのは食べ物にロマンを求めたいのかもしれません。
(つづく)