先日、独立行政法人「理化学研究所」からメールマガジンが送られてきた。日本の最先端の理化学研究を行なっている同機関の研究成果を広く民間に公開することが目的で、登録すれば誰でもメールマガジンが送られるようになっているらしい。兵庫の研究所で広報の仕事をしている娘が家族や親戚のメールアドレスを登録して、送られてくるようにしたようだ。
ほとんどは、難しい研究の成果発表でとっつきにくい内容が多かったが、一つ興味が湧いた研究成果の発表があったので紹介したい。
日本の代表的な花はサクラである。今回、理化学研究所仁科加速器研究センターの生物照射チームは、重イオンビームを使った突然変異誘発法を用いて、春に限らず花を付ける四季咲き性のサクラの新品種「仁科乙女」をつくり出すことに成功したという(図1)。
重イオンビームを植物の種子や枝に照射すると、DNAを切断し、遺伝子が破壊される。これにより突然変異が誘発され、さまざまな変異株が生まれるという。重イオンビームは、植物の生存に影響を与えない照射条件で変異率が高いという特徴があり、傷付く遺伝子の数も少ないため、突然変異形質の固定に時間がかからないということだ。(図2)
一般に日本のサクラは、夏につくられた花芽(はなめ)が晩秋に休眠する。花を咲かせるには、冬の寒さによって休眠を打破することが必要で、早春に花芽が生長し、開花に至る。元品種である敬翁桜は、8℃以下1000時間程度の低温が、休眠打破に必要である。ところが、仁科乙女は休眠打破に低温を必要としないので、低温にさらされなくても花を咲かせることができるのが特徴だ。
通常、野外栽培では、開花時期は4~7月、9~11月の二季咲きだが、温室で栽培すると個体ごとにさまざまな時期に開花し、連続して花を咲かせることができる。ただ、真夏と真冬には、花が咲かない。ただ、寒さにさらしたり、葉を落としたりすることで、一斉に開花するように調整できるそうである。一斉開花のときの花の数は、元品種の3倍で、花が美しく咲く期間も敬翁桜の2週間に対して2倍の4週間に延びているという。
この研究を読んで、この研究が何の為になるか考えてみた。日本人の心のよりどころであるサクラの開花は、地域によって違うが本来3月から5月くらいである。サクラの開花を待ちわび、桜前線に沿って北へ北へと鑑賞の為移動する人たちも多い。春を告げるサクラの開花と人生の大事な転換期を結びつける人も多い。満開のサクラの下での卒業式や、サクラ吹雪の舞う中での入学式などを思い浮かべる人もいるだろう。それが、季節とは関係なくサクラが咲くようになったら、何かありがたみがなくなってしまいそうだ。限られた時期に僅かの間しか咲かないサクラだからこそ、郷愁を覚え日本の四季の変化を感じとることができるのだ。サクラがいつでも咲いてるなんてことには、なってほしくないというのが本音だ。
とはいえ、この研究を非難する気はない。地球温暖化の影響により、サクラにとって休眠打破に必要な低温期間の不足が心配されているという。このまま温暖化が進めば春になってもサクラが開花しなくなることも考えられるのである。休眠打破に低温を必要としない仁科乙女は、潜在的な要望が大きいかもしれないということで研究は続けられるそうだ。地球温暖化はこんなところにも影響を及ぼしているのである。