(注)本シリーズはホームページ「マイ・ライブラリー」に一括掲載されています。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0166OpecNext50Years.pdf
4.埋蔵量に対するOPEC産油国と国際石油企業の対照的な姿勢
前章でイラクとイランが埋蔵量を大きく上方修正したことに触れたが、実はOPEC加盟国が自国の埋蔵量を大幅にアップした例は過去にもある。BPの’Statistical Review of World Energy, 2010’の’Oil Proved Reserves History’は1980年から2009年末までの世界各国の埋蔵量の経年変化を示したものであるが、これによればサウジアラビアは1988年に前年末の埋蔵量1,696億バレルを一挙に50%アップして2,550億バレルとしている。同国はこの埋蔵量をベースにその後は毎年の生産量と新規発見量を差し引きする埋蔵量の微調整を行っておりその結果昨年末の埋蔵量は2,646億バレルとなっている。
またベネズエラも2005年以降毎年大幅な埋蔵量見直しを行い、特に2008年には前年比70%増の1,723億バレルとなった。この結果、同国の埋蔵量は2005年比の2.5倍となりそれまでサウジアラビア、イラン、イラク、クウェイトに次ぐ世界第5位であったものが、サウジアラビアに次ぐ世界第2位に躍り出たのである。これはオリノコ河流域のタール・サンドを加えたためである。(因みにオイル・サンドを有するカナダも同様の例であり、2006年に同国は埋蔵量を前年の171億バレルから277億バレル、さらに2008年には332億バレルと相次いで上方修正している。)
このようにOPEC産油国では埋蔵量を突如大幅に見直すケースが少なくない。これに対して国際石油企業の場合は見直しに慎重であり、毎年の埋蔵量は殆ど変化が無く、時として下方修正するケースすらある。その典型的な例がシェル石油である。同社は2004年に石油とガスの埋蔵量を約20%も下方修正して業界に大きな波紋を投げかけた。これにより同社の株価は急落、当時の経営者が交替を余儀なくされ、投資家に和解金を支払う破目に陥ったほどである。
OPEC加盟国が埋蔵量を上方修正し、一方国際石油企業が修正に慎重なのは何故であろうか?それは前者が政府であるのに対し、後者が民間企業であることが大きな理由であると考えられる。OPEC各国は石油資源を国有化し、また各国とも国家財政の殆どを石油に依存している。従って石油は国家の象徴的な存在であり、自国の石油埋蔵量が世界何位であるかは、時として国家の威信にかかわる問題となる。またこれによって国民に満足感と安心感を抱かせることが可能である。特に独裁的な元首の場合は国民の歓心を買い自己の権力基盤を強化するため、石油埋蔵量を国威発揚の手段に利用する。ベネズエラのチャベス大統領などはその典型的な例と考えられる。今回イラクの埋蔵量アップに対してイランもすかさず上方修正して埋蔵量世界3位と4位を争ったが、これも双方の国民の対抗心とそれを無視できない為政者の思惑が生んだものと言えよう。
これに対して国際石油企業は株式を上場している民間企業である。そのため株主を含む一般社会に対して迅速かつ適切な情報を公開し経営の透明性を示さなければならない。もし経営上の重要な情報を隠蔽あるいは改竄したことが後日明らかになれば、投資家から損害賠償を請求される。2004年のシェル石油がまさにそれであった。同社は2007年に3.5憶ドルの和解金を支払っているが、米国の株主との訴訟はその後も続き、最近漸くそれが解決したと報じられたばかりである 。解決までに実に6年の歳月と巨額の費用(弁護士費用を含めれば10億ドルを超えるか?)がかかった訳である。
ただ可採埋蔵量は検証することが非常に難しい、と言うよりも科学的実証的に検証することは現在の技術水準では不可能であるという厄介な問題を抱えている。そもそも個々の油田の埋蔵量についても油田全体にどれだけの原油又はガスがあるか(原始埋蔵量)は机上の計算値であり、良く使われる「可採埋蔵量」とは「現在の技術で回収可能な埋蔵量」の意味である。従って水平掘削、二・三次回収など採掘及び生産技術の進歩によって回収率が上がれば埋蔵量も増加することになる。また生産コストの問題でこれまで手が付けられなかったタール・サンドやオイル・サンドが石油価格の上昇と技術の進歩で商業生産が可能になり、或いは千メートル以上の深海底で新油田が発見される等、産油国或いは国際石油企業の確認埋蔵量は常に変動する宿命を負っているのである。
各油田の埋蔵量を査定するのはその油田の操業に携わっている国営石油会社或いは民間石油企業であり、査定のための第三者機関は存在しない。埋蔵量とはメーカーにたとえるなら原材料在庫のようなものである。原材料在庫を過大評価すればバランスシートは一見健全に見える。これは粉飾決算の一種としてよく使われる手である。このような粉飾決算の疑惑が生じた時には第三者による会計監査、時には司法機関による強制捜査が行われる。
ところがOPEC産油国の殆どは石油産業を国有化し、なおかつ外国の石油企業を排除して自国の国営石油企業が開発・生産作業を独占している場合がほとんどである。そのような状況下では埋蔵量がどのように査定されているのか部外者は全くわからず、産油国の発表数値を信用する他ないのである。仮に国営石油会社内部で国際水準に沿って厳格に埋蔵量を算出したとしても、為政者の胸先三寸でその数値に手が加えられる可能性が常にある。そして為政者が埋蔵量値に手を加える場合、彼は間違いなく埋蔵量を増やす方向で修正するはずである。それは自国の対外的なステータスを上げることであり、また国内での人気浮揚策になるからである。為政者が独裁者であるほどその傾向が強くなるであろうことは容易に想像できる。
こうして産油国の埋蔵量データの透明性はますます薄れつつあり、BPのような国際石油会社と言えども産油国のデータをそのまま追認する他ないのである。埋蔵量の多寡がOPEC生産枠設定の鍵となることが確実であるため、加盟各国の中でも特に人口が多く石油収入に頼る国ほど過大な埋蔵量を公表する誘惑に駆られるに違いない。
(続く)
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