石油と中東

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サウジ・ビジョン2030に赤信号:皇太子を警戒する内外の民間経営者たち

2019-01-09 | 中東諸国の動向

はじめに

 サウジアラビアのムハンマド皇太子は2016年に自らが立ち上げた経済構造改革「ビジョン2030」の実現に向けて猪突猛進している。石油依存体質のサウジアラビア経済を多角化・近代化するための野心的なビジョンであり、国民、特に若年層が大いに期待していることは間違いない。しかし現在の石油依存型経済はとりもなおさず政府主導の官公需優先型であり、経済のパイを大きくするには民間の活力を起用することが不可欠である。そのために国内民間企業経営者の協力が必要であり、同時に海外からの資本と技術の導入も必要である。しかし現状を見る限りサウジ国内外の民間経営者たちはムハンマド皇太子に対する警戒感を募らせており、このままではビジョン2030の目標達成はおぼつかないと考えざるを得ない。

 

民間経営者に警戒感を植え付けた二つの事件

 ビジョン2030が発表されたのは2016年4月であり、ムハンマドは当時副皇太子であったが、ビジョンの策定から実行までのすべての権限がムハンマド一人に集中、彼の独断専行が始まった。その後、父のサルマン国王が彼を皇太子に引き上げた結果、ムハンマドは国政全般にかかわる強大な権力を掌握、強引な姿勢が目立ち始めた。

 

そのことを端的に示したのが2017年11月の汚職疑惑摘発事件である。この事件では世界的富豪として有名なアルワリード王子など王族の他、アッサーフ前財務相を含む高級官僚、さらにはビンラーデン財閥当主などの有力民間経営者たち約200人が拘束され、リヤドのリッツ・カールトン・ホテルに幽閉された。拘束者の顔ぶれを見る限り、この摘発事件は汚職対策に名を借りた政敵、すなわち故アブダッラー前国王とその支持者たちの排除が目的であったことは疑いようがない。被疑者たちは2カ月近くにわたる拘束の後、とてつもない罰金を支払って解放された。しかしその後正式な裁判が開かれた形跡はなく、一部の被疑者は足にGPS付きのリングが付けられ国外に出ることを禁じられたと伝えられる。

 

もう一つの事件はジャーナリストのカショギ氏がイスタンブールのサウジ領事館で惨殺されたことである。ムハンマド皇太子は事件への関与を強く否定した。しかし首謀者が皇太子直属の諜報組織の幹部であったことから、国際世論は皇太子が直接指示したとの見方が多数を占め、皇太子を擁護しているのは米国のトランプ大統領ただ一人である。

 

 第一の汚職摘発事件でサウジアラビア国内の民間企業経営者はムハンマド皇太子に強い警戒心と嫌悪感を覚え、そして第二のカショギ事件で海外の経営者たちに皇太子に対する不信感が蔓延した。皇太子は今も虚勢を張り続けているが、彼に対する世間の印象は限りなく黒に近いのである。

 

サウジ国内経営者の警戒感

 汚職事件で摘発された国内最大手のゼネコン財閥サウジ・ビンラーデン・グループ(SBG)は株式の36.2%を政府に差し出す形で一族の3人が保釈されたが[1]、この事件以来、国内の民間経営者はムハンマド皇太子から距離を置くか或は敬遠するようになった。

 

例えば2018年4月に皇太子はニューヨーク、ワシントン、ボストンから西海岸のシアトル、ロスアンジェルス、サンフランシスコさらにヒューストンと3週間にわたり米国主要都市を歴訪、各地でビジョン2030がらみの技術移転及び投資誘致の会議を開いている。しかしそこには本来なら同行しているはずの民間企業経営者の名前が見当らない。サウジの有力財閥は多かれ少なかれ米国大企業と深いつながりがあり、当然ミッションに同行するはずなのに敬遠して参加を見合わせたとしか考えられない。

 

 もう一つ例を挙げるとすれば、7月に行われたサウジ商工会議所連盟の会頭選挙である。これまで商工会議所連盟の会頭はリヤド、ジェッダ及び東部(ダンマン)の三大商工会議所の会頭から選ぶのが慣例であった。ところが昨年7月の選挙で連盟会頭に選ばれたのはタイフ商工会議所の会頭であり、副会頭もマディナ及びハイール商工会議所のトップであった[2]。彼らは明らかに二流役者である。三大商工会議所を構成する有力経営者たちは政府に三下り半を突き付けたのである。

 

 もちろん正面切って皇太子と対立すればどのような仕打ちをされるか知れたものではない。だから有力経営者たちは面従腹背の姿勢に徹している。このような状況ではサウジ経済の活性化など全く期待できない。

 

海外経営者の警戒感

 サウジ国内の経営者がムハンマド皇太子と距離を置くようになったきっかけが汚職摘発事件とすれば、海外の経営者の場合はカショギ氏惨殺事件である。トルコのイスタンブールのサウジ領事館で白昼堂々とカショギ氏が惨殺された事件は世界を驚愕させた。そして皇太子自身が事件への関与を否定してもトランプ大統領以外の世界の政治家は誰も信用しない(斬殺時のテープを聞いたとされるトランプ大統領自身も多分皇太子が黒であると考えているに違いないが----)。それは世界の民間企業経営者も同じである。

 

 カショギ事件の直後にリヤドで開催された投資イニシアティブ会議では前年に引き続き参加を予定していた海外の有力経営者は軒並み出席を見合わせた。会議に参加すれば企業イメージに傷がつくことは避けられないからである。欠席することで皇太子の機嫌を損ねてビジネスチャンスを逃すリスクがあったが、参加してマスコミや株主からバッシングを受けるリスクの方が問題なのである。そのような中で去就が注目されたのはソフトバンクの孫会長であった。孫会長はムハンマド皇太子の懐に飛び込み世界一の投資ファンド ソフトバンク・ビジョン・ファンドを設立しており、皇太子の機嫌を損ねるわけにはいかない。そこで彼はリヤドには乗り込んだが投資会議には顔を見せなかった。孫会長としてはこれがギリギリの選択なのであろう。

 

 国連貿易開発会議(UNCTAD)の報告書によれば[3]、2017年のサウジアラビア向け海外直接投資(FDI)は14億ドルである。これは前年の75億ドルの5分の1以下であり、過去5年間に比べても記録的な低水準である。海外の投資家はサウジアラビアに見切りをつけ始めたのかもしれない。

 

暗中模索を続けるムハンマド皇太子

 このような状況を突き付けられてさすがの傲慢不遜なハンマド皇太子も焦り気味である。7月には汚職事件で摘発したはずのアルワリード王子と肩を組んで談笑する写真を新聞に掲載、和解を演出した[4]。アルワリードの人脈無くしては国内外の民間経営者をビジョン2030に引き込むことはできないからである。またゼネコンのビンラーデングループ(SBG)についても株式を没収したものの、所詮政府の役人がNEOMなど巨大な建設工事を手掛けられる訳はなく、SBGの取締役会にビンラーデン一族を復帰させざるを得なくなっている[5]

 

 ムハンマドは女性の運転解禁、映画館の開設、物価補助金の支給などポピュリズム的政策を連発、これまでのところ若年層を中心に国民の人気をつなぎとめている。しかし小手先の人気取りだけでは経済を底上げできない。経済の底上げには民間経営者の協力が不可欠である。にもかかわらず内外の民間経営者たちはムハンマドから距離を置いたままである。2019年のサウジアラビアの実態経済が低迷、悪化することはほぼ間違いないであろう。

 

(完)

 

本件に関するコメント、ご意見をお聞かせください。

荒葉一也

Arehakazuya1@gmail.com



[1] ‘Shareholding changes reported at Saudi Binladin’ on MEED, 2018/7/8

https://www.meed.com/shareholding-changes-reported-saudi-binladin/

 

[2] ‘Council of Saudi Chambers elects chairman, 2 deputies’ on Saudi Gazette, 2018/7/10

http://www.saudigazette.com.sa/article/538717/BUSINESS/Council-of-Saudi-Chambers-elects-chairman-2-deputies

 

[3] 「UNCTAD世界レポート2018年版」参照。

http://mylibrary.maeda1.jp/0447MenaRank4.pdf

 

[4] ‘Crown Prince Mohammed bin Salman meets with Prince Alwaleed, discuss role of private sector under Vision 2030

http://www.arabnews.com/node/1337916/saudi-arabia

 

[5] ‘Saudi corruption settlements will net “not significantly less” than $13 bln in 2019 – minister’ on Arab News, 2018/12/19

http://www.arabnews.com/node/1423116/saudi-arabia

 

 

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