3月7日、日本時間午後5時前にサウジアラビアのムハンマド皇太子(ムハンマド・ビン・サルマン王子、略してMbSと呼ばれる)と日本の安倍首相が約15分間にわたり電話会談を行った。外務省のプレスリリースによれば[1]、サウジと日本が締結した「日・サ・ビジョン2030」を強力に推進すること、また今年6月大阪で開催されるG20サミットとサウジがホスト国となる来年のG20について緊密に協力していくことで両者が一致したとされている。サウジのメディアも同様の内容を報じており[2]、日本では時事通信が簡単な報道を行っているが、昨年10月のカショギ事件は話題にならなかった、との外務省のコメントを捕捉した点がサウジの報道と異なる[3]。
電話会談がどちらからの申し出によるものか、またどのような雰囲気であったかについては不明であるが、現地紙による最近の経済・外交記事を通読すると国内外で孤立しているMbSはかなり焦っており、安倍首相との電話会談も失地回復のためと思われる節が多々ある。以下は現地紙の記事を分析した筆者の推測としてお読みいただきたい。
まず会談が日サどちらの提案であるかについては、サウジ現地紙は「安倍首相から電話があり云々」と報道しており、いかにも日本側が会談を提案したかのように読み取れる。しかし安倍首相には今どうしてもサウジ首脳と打ち合わせしなければならない緊急用件があるとは思えない(外務省発表には無い極秘の用件があれば話は別だが)。一方、MbSはカショギ事件を契機に国際的に孤立無援の状態であり、以下に述べるように最近のインド・中国歴訪も目立った成果が見られない[4]。彼が広げたビジョン2030の大風呂敷も綻びが目立ち、MbSがかなり焦っていることは間違いなさそうである。従って日本の協力を仰ぐためMbSサイドから電話会談を申し入れた、と考えるのが自然であろう。
現在のMbSの最大の懸案はビジョン2030であるが、その実現の道筋が見えない。それどころか当初予定したタイムテーブルがことごとく遅れている。ビジョンの資金となるはずのサウジ・アラムコのIPO(株式上場)も2年後に先送りされ[5]、それすら具体的なスケジュールは白紙状態である。さらにそれ以上に問題なのは、経済多角化、国内産業振興に欠かせない外国からの投資及び技術移転が殆ど実現していないことである。
外国資本がサウジ向け投資に二の足を踏む要因は二つある。一つはMbSが一昨年、汚職摘発に名を借りて政敵及び有力民間経営者を逮捕拘留したことである。これによりサウジ国内の民間経営者のほとんどがMbSに警戒心を抱き始めた。そして第二の要因が昨年秋のカショギ事件である。西欧諸国を始めとし国際世論は官民を問わずMbSの事件への関与を確信している。このため外国資本としては自国政府の意向或は株主・世論を気にしてうかつにサウジアラビアに進出できない雰囲気である。つまりサウジの国内外でMbSを敬遠する動きが加速している。
インド、中国訪問もビジョン2030のための資本・技術誘致という点からは失敗であったと考えられる。両国ともサウジの石油が必要であることに変わりはなく、インド及び中国で製油所合弁事業の設立に合意するなどエネルギー面では関係強化が見られた[6]。しかしMbSが期待したインドからの製造業進出、或は中国の「一帯一路」政策によるサウジ国内でのインフラ投資などは何も実現していない。またインド、中国のほか韓国或は東南アジア二カ国も歴訪する予定と報じられたが[7]、結局見送られたようである。これは具体的な成果が期待できないとMbSが判断したためと考えられる。MbSは自分の思い通りにならなければ相手の都合など考えない人物なのである。
政敵粛清事件、カショギ事件に見られる蛮行(疑惑?)のため、MbSは外交舞台でも存在感が無くなっている。昨年12月のブエノスアイレスG20サミットに出席したものの、西欧諸国代表との個別会談はほとんどなかったようである。また2月にエジプトのカイロで行われた初のEU-アラブサミットではサルマン国王自身が出席したが[8]、これなどはMbSが国王の名代として出席するに最もふさわしい会議だったはずである。ドイツのメルケル首相は反MbSの急先鋒でありカショギ事件の後、サウジ向け戦車など兵器輸出をストップしており、MbSと直接会談するはずもなかった。一対一の交渉を得意とするサルマン国王自身は多国間外交の国際会議が苦手であり、案の定会議ではサウジアラビアの存在感は殆ど無かった。国王はMbSを自分の名代として国際会議の晴れ舞台に立たせたかったに違いないが、如何せんMbSの評判が悪すぎたため、老骨に鞭打ってカイロに出向いたと思われる。MbSに全面的に外交を任せられないと見たサルマン国王は外相をMbS腹心のJubeirからベテランの元財務大臣Assafにすげかえた[9]。MbSは失地回復のためまずはビジョン2030のテコ入れのためインド、中国との二国間経済外交に踏み出したが、先に述べた通り両国訪問ではビジョン2030は推進力不足を露呈している。
結局MbSは原油のサプライヤーとしてサウジアラビアに「ノー」と言えない日本の安倍首相を頼ったと言うのが筆者の考えるシナリオである。経済面では「日・サ・ビジョン2030」で日本側の具体的な行動を促し、また外交面では来る6月の大阪G20サミットで、次期開催国として安倍首相から各国首脳に引き回してもらいたいというMbSの魂胆が透けて見えるのである。
以上
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荒葉一也
Arehakazuya1@gmail.com
[1] 「安倍総理大臣とムハンマド・サウジアラビア皇太子との電話会談」3/7日外務省発表。
[2] ‘Saudi crown prince receives telephone call from Japan's Shinzo Abe`, 2019/3/8, Arab News
[3] 「安倍首相、サウジ皇太子と電話会談=記者殺害には触れず」, 3/7時事オンラインニュース
[4] ‘Future opportunities between Saudi Arabia and China are very big: crown prince’ 2019/2/22, Arab News
[5] ‘Al-Falih confirms Saudi Aramco IPO expected within two years’, 2019/3/7, Arab News
[6] ‘Saudi Aramco agrees to $10 billion joint venture deal in China’, 2019/2/22, Arab News
[7] ‘Saudi Crown Prince starts Asia trip pledging $20b for Pakistan ’ 2019/2/18, Gulf News
[8] ‘Arab, European leaders vow new era of cooperation’, 2019’, 2019/2/26, Arab News
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