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ゴーン本人の問題に加え、彼が舞い戻ったレバノンでも大きな問題が発生していた。政治の機能不全と新型コロナ禍により同国は深刻な経済危機に陥ったのである。元々レバノンはキリスト教、イスラム教スンニ派とシーア派が互いに対立する複雑なモザイク国家である。対立を棚上げするため独立時に権力を3分割する協定が結ばれ、大統領はキリスト教(マロン派)、首相はイスラム教スンニ派、国会議長は同シーア派に割り振られた。しかしその結果、各宗派がそれぞれのポストを既得権益化し、縁故主義と汚職が蔓延していた。政治は日常的に混乱し、その間隙を縫ってイランの後押しを受けたヒズボッラーが勢力を伸ばし、イスラエルとの紛争も絶えなかった。それでも国内経済が好調な間、各勢力は微妙な均衡を保っていた。
その均衡を破ったのが昨年初めから世界を襲った新型コロナ禍であった。ヨーロッパからの観光客を目当てにした航空・観光業及び海外出稼ぎ者からの送金が二本柱であったレバノン経済は甚大な打撃を受けた。さらに追い打ちをかけたのが昨年8月ベイルート港で発生した硝安倉庫爆発事故である。200人以上の死者と数千人規模の負傷者、多数のビル・家屋の倒壊と言う未曽有の惨劇となったが、事故は政治の無為無策が原因と言う見方が多い。
事故を受けて当時のディアブ首相が辞意を表明した。しかし大統領が後任に指名した首相候補者は政党間の駆け引きと大統領の人事介入で次々と組閣に失敗し、1年以上経た今月、ようやく新内閣の顔ぶれが決まった[1]。但しこれまでの例を見てもこれで政局が安定するか、はなはだ疑わしい。政治の機能不全とコロナ禍により経済はますます悪化、通貨の暴落とハイパーインフレは収まらず、レバノンは「地中海のベネズエラ」と呼ばれている[2]。最近では外貨不足で発電用燃料の調達もままならず、首都ベイルートでは1日のうち22時間が停電している有様である[3]。失業率も日増しに高くなり、若者の国外脱出(エクソダス)が急増している[4]。
このような想像を絶する劣悪な環境の中でカルロス・ゴーンはどうしているのであろうか。もちろん警備厳重な豪邸に住み、莫大なドルを貯め込んだ彼にとって庶民の窮状など関係ないかもしれない。邸内に自家発電装置があり停電は他人事に違いない。しかし混乱する市内にも外出できず、ほとぼりが冷めるのを見計らって活動を再開しようとする目論見も当てが外れた。
ゴーンにとって地獄の日本から天国のベイルートに戻ったはずであった。しかし現実は皮肉にも地獄の日々が再来したようである。彼はもう一度海外に逃げ出したいと思っているかもしれない。しかしフランスあるいはブラジルに渡った場合、日本政府の身柄引き渡し要求が待ち受けている。再起の地があるとすればルノー・日産時代に貯め込んだドルを手土産に独裁者が支配するどこかの国に行くしかなさそうだ。それとて独裁者が倒れれば安住の地ではなくなる。今、彼はベイルートの豪邸でこれまでの輝かしい人生を思い出しながらままならない日々にいら立ちを募らせているのではないだろうか。
以上
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荒葉一也
[1] Lebanon forms government after 13 months
https://www.arabnews.com/node/1926266/middle-east
2021/9/10 Arab News
[2] Report: Lebanon could turn into ‘Venezuela of the Mediterranean’
https://www.arabnews.com/node/1898076/middle-east
2021/7/21 Arab News
[3] Egypt agrees to send gas to Lebanon amid crippling energy blackouts
https://www.arabnews.com/node/1924986/business-economy
2021/9/8 Arab News
[4] Lebanon exodus reaching tipping point as crisis accelerates
https://www.arabnews.com/node/1920331/middle-east
2021/8/31 Arab News
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