2017.6.15
前田 高行
5月24日、オーストリアのウィーンでOPEC11か国、非OPEC11カ国からなる協調減産実施国の第3回合同監視委員会(JMMC)が開催され、4月の各国の生産量を検証した結果、180万B/Dの減産目標(OPEC120万B/D、非OPEC60万B/D)の達成率は3月を4%上回る102%と100%の大台を超えたことが確認された。そしてJMMCは世界の原油の需給バランスを勘案し、協調減産の期間を来年3月末までの9か月間延長することが望ましいとの結論に達した[1]。因みにOPEC事務局発行の5月月例レポートによれば4月17日現在のOPEC加盟13か国(協調減産の対象外とされたリビア及びナイジェリアを含む)の合計生産量は3,173万B/Dであった。
このような状況を受けて25日に第172回OPEC総会が開かれ、OPECとして現在の180万B/Dの減産を7月以降もさらに9か月延長することが決定された[2]。総会に引き続いて第2回OPEC非OPEC閣僚級会合が開催され、非OPEC各国も60万B/Dの減産期間を9か月延長することで双方が合意した[3]。
6月末までとされた協調減産を延長する必要性については既に2か月以上前の4月頃から関係者間でささやかれており、実際、4月20日にはサウジアラビアとロシア両国の石油相が延長に基本的に合意したとの報道が流れている[4]。
減産期間延長の背景には協調して減産したにも関わらず需給の先行きが見通せず原油価格が低迷しているからである。昨年12月のOPEC総会決定を受けて年明け早々の原油市場はBrent原油がバレル当たり58.37ドルで始まり、WTI原油は18か月ぶりの高値の55.24ドルという上々の滑り出しであった[5]。当時Merrill Lynch銀行はBrent原油価格について今年は平均61ドル、ピークには70ドルに達するとの見通しを示した[6]。しかし1月のBrent原油は55ドルをわずかに上回る水準にとどまり、3月後半には50ドル近くまで下落、その後一時反発したものの5月初めには50ドルを割り込み、現在(6月12日)の価格はBrent原油48.5ドル、WTI原油46.3ドルと低迷したままである。
価格が低迷している原因は米国のシェールオイルに増産の機運が高まっているためである。シェールオイルは生産技術が進歩し生産開始までの日数が短縮、また生産コストも大幅に下がっており、1バレル40ドル程度で十分採算が取れると言われている。そのためシェールオイル業者は今年に入り増産に舵を切り替え、米国全体の原油生産量は昨年年央を10%以上上回る日量930万バレルに達している[7]。生産量を減らすだけでは価格が上昇しないためサウジアラビアはロシアと協力して在庫量を過去5年の平均値にまで下げる対策に乗り出した[8]。
7月以降果たして彼らの思惑通り原油価格が上昇するのか予断を許さない。
以上
(参考):
OPEC・非OPECの協調減産は守られているか?【2017年3月現在】
http://mylibrary.maeda1.jp/0403OpecNonOpecProductionCutMar2019.pdf
OPEC・非OPECの協調減産は守られているか?【2017年4月現在】
http://mylibrary.maeda1.jp/0408OpecNonOpecSupplyCutApr2017.pdf
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前田 高行
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[1] JMMC reports steady and convincing progress towards 100% conformity and recommends a nine-month extension
2017/5/24 OPEC Press Release
[2] OPEC 172nd Meeting concludes
2017/5/25 OPEC Press Release
[3] 2nd OPEC and non-OPEC Ministerial Meeting concludes
2017/5/25 OPEC Press Release
[4] Preliminary agreement reached to extend output cuts beyond June
2017/4/20 Gulf News
[5] Oil climbs to 18-month high as Kuwait and Oman fulfil Opec cuts
2017/1/3 The Peninsula
[6] The outlook for oil prices in 2017
2017/1/2 MEED
[7] Oil buckles as concern grows over battle of OPEC vs. shale
2017/5/10 Arab News
[8] OPEC, non-OPEC committed to inventory cut
2017/6/1 Saudi Gazette
http://saudigazette.com.sa/business/opec-non-opec-committed-inventory-cut/
2017.6.14
荒葉一也
4.トランプ中東歴訪:米国、サウジ、イスラエルの損得勘定
サウジアラビア、イスラエルを歴訪したトランプ大統領は5月24日、イスラーム、ユダヤ教と並ぶ三大一神教キリスト教の聖地バチカンを訪問した。やり手のビジネスマンとして不動産王にまで上り詰めたトランプが敬虔なキリスト教信者であったかどうか定かではない。しかし信仰に篤い保守層を味方に引き入れて大統領に当選した彼として就任早々にバチカンを訪問することは「お礼参り」の意味もあったであろう。
俗世の最高権力者トランプ米国大統領とカトリックの最高聖職者フランシスコ法王との会談はまさに清々しい一幅の絵画である。会談で法王は地球温暖化問題、難民問題等について大統領を優しく諭し、これに対してトランプは借りてきた猫のように従順な素振りを見せている。
しかし借りてきた猫もそこまでであり、続くブリュッセルのNATO首脳会議、さらに伊シチリア島で開催されたG7サミットではトランプ大統領は爪を立てて参加国にかみついたのであった。NATO会議では持論である各国による応分の防衛費負担を求め、G7サミットでは選挙公約であった気候変動パリ協定からの離脱及び保護貿易主義の立場を明確にした。共通して流れているのは彼の持論「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」であり、ビジネス流の手法「ディール(取引)」である。
こうしてトランプ大統領は9日間にわたる就任後初の外国訪問を終え、5月27日帰国した。前半は聖地訪問というパフォーマンスの旅であり、後半は米国の立場を鮮明にする主張の旅であった。彼は米国民に向かってその成果を誇った。そこには世界平和或いは地球の未来と言った崇高な理念は見られない。ただ崇高な理念が無かったからと言ってトランプを非難するのは酷かもしれない。トランプと言えども米国という一国家の中でトップに上り詰めたのであって、世界や地球のための大統領になった訳ではない。オバマ前大統領を始め歴代の米国大統領が平和や環境破壊に正面から取り組むのは常に政権末期であり、名を後世に残すためのレガシー(遺産)作りである。就任早々のトランプの目が国内向けであることは誰にも非難できないであろう。
トランプが今回の外遊から持ち帰った課題は少なくないが、ここでは問題を中東に絞り、今後のトランプ外交の損得勘定について特にサウジアラビア、イスラエル及び米国を中心に推理してみたい。
まずIS(イスラーム国)問題であるが、IS撲滅に参戦する当事国の間に不協和音はあるものの、近い将来ISが壊滅することに異論はないであろう。問題はその後である。シリア、イラクに平和(紛争が無いというだけの意味かもしれないが)が訪れ、難民は故郷に戻ることができる。難民流入に悩むヨーロッパ諸国は幾分重荷から解放されるであろう(アフリカ難民の問題はなお残るが)。シリアではアサド政権が息を吹き返し全土を掌握することになる。イラクはシーア派が中央政府を握り、IS掃討に大きな力を発揮したクルド人勢力がより広範な自治権を獲得しそうである。イラク政府は経済復興のため石油増産に励むであろう。因みにアサド政権もイラク政府もイランと同じシーア派であり、中東地域でこれまで見え隠れしていた「シーア派の弧」が目に見える形で姿を現すことになる。
この事態を最も恐れているのがサウジアラビアである。サウジアラビアは既に昨年1月にイランと断交しており、さらに最近ではシーア派過激組織を支援しているとの理由でカタールとも断交した。スンニ派のサウジアラビアがシーア派の台頭を警戒している、とするのが一般の見方である。但し筆者はシーア派イラン対スンニ派サウジアラビアというだけの見方は取らない。むしろ同国の本質はサウド家が専制支配する世俗王制国家であり、宗教勢力が支配するイラン或いは(多少の問題はあるにせよ)国民が選んだ共和制国家であるイラクやシリアを恐れているのである。
それらの国々が直接サウド家を脅かすという訳ではない。国民が周辺諸国の変化に影響されて宗教に目覚め或いは民主化運動に目覚めることを恐れているのである。これまでは豊かな石油の富にあかせて国民を懐柔してきた。しかし人口が増加する一方石油収入は停滞し、これまでのレンティア国家という社会・経済モデルが維持できなくなっている。このため政府は2030年までに石油依存体質から脱却するビジョン2030を掲げて走り出した。国営石油会社アラムコのIPO(株式公開)はその一例である。
しかし石油に頼り切った安穏な生活を変革することは容易ではない。政府の計画が100%達成されることは無理であろう。夢だけを与えられ現実の生活が苦しくなる庶民、特に若者たちの不満が今後大きくなることは間違いない。そのような若者が走る道は二つ。一つは宗教への回帰であり、もう一つは民主化の要求であろう。共にサウド家支配体制に対する反逆であり、宗教復興思想はイスラーム原理主義と結びつきイスラーム・テロとして社会を脅かす。そもそもサウジアラビアの国教はイスラーム原理主義のワッハーブ派である。オサマ・ビンラーデンに始まるアル・カイダ運動がサウジ国内に出現しないという保証はない。また欧米で高等教育を受けた若者を中心に民主化運動が活発になる可能性も否定できない。いつの日かサウド家が倒れ、サウジ人女性の中からパキスタンのマララ・ユスフザイ、或いは隣国イエメンのタワックル・カルマンのようなノーベル平和賞受賞者が現れるかもしれない。
サルマン国王以下サウド家の王族はそうならないようにと必死で対策を講じるであろう。奇妙なことであるが今そのサウド家を支えようとしているのが米国でありイスラエルなのである。両国とも中東に真の平和が訪れるなどと能天気なことは考えていないはずである。中東アラブ諸国がある程度不安定であり、その中で資金の担い手としてのサウド王制が続くことが米国とイスラエルにとって望ましいのである。つまりそうなればイスラエルは中東問題の中で忘れられた存在になり、思うがままにパレスチナ入植活動を展開できるのであり、また米国にとってはサウジアラビアが格好の武器輸出先、外貨獲得先になるのである。そのため米国はイラン情報を餌にサウジアラビアのサウド家とイスラエルのネタニヤフ政権をつなぎ留めるつもりであろう。トランプ政権にとってはイスラエルとサウド家が安定なら中東全体の不安定化はむしろ米国の利益になる、即ち「アメリカ・ファースト」と「ディール」の一挙両得という訳である。
完
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荒葉一也
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2017.6.8
荒葉一也
1.サウジがカタールに断交通告
6月5日(月)早朝、サウジアラビアが隣国カタールに国交断絶を通告した。ほぼ時を同じくしてUAE、エジプト及びバハレーンも同様の通告をしている[1]。このうちサウジアラビア、UAE、バハレーンの3か国はカタールと同じGCCの構成メンバーであり、いずれもアラブ民族のイスラーム・スンニ派国家である。国の規模で見ればカタールは人口わずか220万人。MENA(中東北アフリカ諸国)の中ではバハレーンに次いで人口が少なく、しかもそのうち自国民は40万人足らずで残り8割強は出稼ぎの外国人労働者である。これに対してサウジアラビアの人口は3,200万人、エジプトに至っては9,200万人である[2]。また国土の面積もサウジアラビア及びエジプトがそれぞれ200万平方キロ、100万平方キロに対してカタールは1万平方キロに過ぎない[3]。
今回の断交はサウジアラビアが主導してエジプト及びUAEがこれに同調したことは間違いない。それが証拠に国交断絶の3日前、アブダビのムハンマド皇太子がサウジアラビアを訪問、サルマン国王と会談している[4]。そして4日にはサウジアラビアのジュベイル外相がエジプトを訪問し同国外相と会談を行ったと報じられている[5]。いずれの会談もその詳細は明らかにされていないが、推理するとカタールとイラン或いはイスラム過激派のテロ組織と名指しされているムスリム同胞団の間に何らかのつながりがあるとする証拠をUAEがサウジアラビアに提示し、それを重大視したサルマン国王がエジプトに働きかけて4か国同時に断交を通告したものと考えて間違いないであろう(バハレーンは国防・経済面でサウジアラビアに全面的に依存しており、サウジアラビアの決定に対しては無条件に従う)。
UAEは国際自由都市ドバイに中東の情報が集まり[6]、イラン及びムスリム同胞団の動きに通じているものと考えられる。イランはサウジアラビアの仇敵であり、イスラム同胞団はエジプトの軍事政権が最も警戒している勢力である。またシーア派が国民の7割以上を占めるバハレーンでは少数派であるスンニ派・ハリーファ王家がイランの影におびえている。そしてUAEはペルシャ(アラビア)湾のアブ・ムーサ島など三島の領有権をめぐってイランと係争中である。
一方、カタールはハマド前首長の時代から全方位外交を掲げ、イランはもとよりかつてはイスラエル通商代表部の設置を認める等、他のGCC諸国とは明らかに異なる自主外交を打ち出してきた[7]。カタールの独自性を象徴するのがアル・ジャジーラ・テレビである。世界でその名を知らない者がいないほど有名なアル・ジャジーラはかつてはサウジアラビア、エジプトなど中東各国の神経を逆なでするような報道を繰り広げた。それが中東諸国の庶民の心をとらえ、また欧米各国からも高い評価を得て、カタールとハマド首長(アル・サーニー家)の名声を高めた。しかしそれは他のアラブ諸国を敵に回すことでもあり、各国がアルジャジーラ支局の閉鎖を命じたことも再三であった。現在アル・ジャジーラは比較的おとなしくなったとは言え、他のアラブ諸国の統治者にとっては警戒すべき煙たい存在なのである。
このように見ると今回の断交はサウジアラビア、エジプト、UAE(そしてバハレーン)が寄ってたかって小国のカタールを締め上げているという図式になる。現在両陣営は他のMENA(中東北アフリカ)諸国を味方に引き入れようと活発な外交を展開している。4か国に引き続いてイエメン、リビア(但し東部地区のみの支配政権)、モルディブ、モーリシャスもカタールに断交を通告した。さらにモーリタニアも追随、ヨルダンは外交関係のレベルを下げ、アル・ジャジーラ支局の免許を取り上げた[8]。一方のカタールはトルコに働きかけ、エルドガン大統領からカタールの立場に理解を示すとの言質を取り付けた。両陣営は米国及びロシアにも働きかけているが、トランプ大統領もプーチン大統領も両陣営が外交的努力により平和的に解決するよう諭すだけで態度を明確にしていない[9]。中東情勢が複雑で混迷を極めているため米国、ロシアのいずれもどちらか一方に肩入れできる状況ではなく、特に米国はカタールに空軍基地を持ち、他方サウジアラビアは米国製兵器の最大の顧客である[10]ため板挟みの状態にある。
GCC6か国の中で当事国以外の国はクウェイトとオマーンの2か国のみである。このうちクウェイトは仲介に乗り出し、サバーハ首長はカタールのタミーム首長と電話会談の後、リヤドに乗り込んでサルマン国王と協議している[11]。サウジアラビアとカタールの争いの根は案外深く両国が仲直りするのは時間がかかりそうだ。そしてGCCの残る一国オマーンはだんまりを決め込んでいる。そのオマーンがイランと特別な関係を維持していることは世界中の国々が知っている。
今やGCCはバラバラになりつつある。このためカタールがGCCを脱退するシナリオがかなり現実味を帯びている。世界を見渡すと自国の利益を優先させるため国際的な枠組みを無視或いは排除する傾向が顕著である。米国のトランプ政権はTPP及び気候変動パリ協定(COP21)から離脱した。そして英国はEUからの離脱を決定、Brexitなる新語が生まれた。次なる新語はQatarexit(カタールのGCC離脱)になるかもしれない。Qatarexitは規模こそBrexitよりはるかに小さいが国際経済に与える影響はけっして小さくない。
(続く)
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荒葉一也
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[1] Bahrain, KSA, Egypt and UAE cut diplomatic ties with Qatar
2017/6/5 Arab News
[2] MENAシリーズ2:「MENA諸国の人口と平均寿命」(UNFDP資料)参照
[3] MENAシリーズ:「MENAランク一覧表」参照
[4] King Salman, Sheikh Mohammed discuss regional situation
2017/6/3 Saudi Gazette
http://saudigazette.com.sa/saudi-arabia/king-salman-sheikh-mohammed-discuss-regional-situation/
[5] Saudi, Egyptian FMs discuss anti-terror cooperation
2017/6/5 Saudi Gazette
http://saudigazette.com.sa/saudi-arabia/saudi-egyptian-fms-discuss-anti-terror-cooperation/
[6] 参考:「暗殺と背徳渦巻く国際犯罪都市ドバイ」(2010年3月)
[7] 例えば「MENA騒乱でサウジアラビアとカタールが見せた対照的な外交活動」参照
[8] Mauritania cuts ties with Qatar, Jordan to downgrade representation
2017/6/7 Arab News
[9] Trump committed to working to de-escalate Gulf tensions
2017/6/6 Arab News
[10] US says nearly $110 billion worth of military deals inked with Kingdom
2017/5/21 arab News
[11] Kuwaiti ruler and King Salman meet amid Qatar row
2017/6/6 Arab News
http://www.arabnews.com/node/1110916/middle-east