重金敦之 「食彩の文学事典」読了
著者は週刊朝日の編集者だったそうだが、このデータベースの豊富さには驚かされる。退職後は食と文学をメーンにした会合の代表をしているそうだから豊富な情報を持っているのは当たり前だとしても、取り上げられた本をすべて読んでいるというだけですごい。当然難がそれよりもはるかに膨大な著作のデータが整理されているのであろう。
本書はそんなデータベースを駆使して様々な食材、料理ごとにそれにまつわる一節を紹介している。
小説を読むとき、食がテーマになっている本以外は食べるシーンを気にして読むことはないけれどもこれを読む限りとんでもなくたくさん出てくるようだ。確かに人間の欲望で最後の最後に残るのは性欲と食欲だ。人間の本質に迫ろうとすればするほど必ず必要になる場面である。
その小説家が一流かどうかは食べることをどこまで表現できるかで決まるとはよく聞く話だ。確かにこの本に取り上げられているような一流の作家はたった一節を抜き出されただけでもその臨場感としずる感が伝わってくる。
タイトルに「事典」と書かれていることには偽りがない。
著者は週刊朝日の編集者だったそうだが、このデータベースの豊富さには驚かされる。退職後は食と文学をメーンにした会合の代表をしているそうだから豊富な情報を持っているのは当たり前だとしても、取り上げられた本をすべて読んでいるというだけですごい。当然難がそれよりもはるかに膨大な著作のデータが整理されているのであろう。
本書はそんなデータベースを駆使して様々な食材、料理ごとにそれにまつわる一節を紹介している。
小説を読むとき、食がテーマになっている本以外は食べるシーンを気にして読むことはないけれどもこれを読む限りとんでもなくたくさん出てくるようだ。確かに人間の欲望で最後の最後に残るのは性欲と食欲だ。人間の本質に迫ろうとすればするほど必ず必要になる場面である。
その小説家が一流かどうかは食べることをどこまで表現できるかで決まるとはよく聞く話だ。確かにこの本に取り上げられているような一流の作家はたった一節を抜き出されただけでもその臨場感としずる感が伝わってくる。
タイトルに「事典」と書かれていることには偽りがない。