今は様々な情報に接することができるので、「人は死んだら、その存在は無くなる」と考える人は昔よりも少なくなったと思うが、それでも多くは「死とは忌み嫌うもの、できるならば自分も自分の周りでも、死はなるべく経験せずにいたい」と思うものではないだろうか。
かくいう私も同様で、できることならば死は、特に自分のことよりも親しい人たちの死は経験したくないと思う。
しかし、身体は無くなっても魂は永遠に生き続けると知ったら、この世で死は悲しむものであるが、あの世では喜んで迎えてくれる人たちがいるとしたら、受け止め方はすこしは違うのかもしれない。
それが分かったことで、父の死の悲しみが多少やわらいだように思う。
もちろん、父の身体が見えなくなり、もうその身体に触れることも声を聞くこともできなくなってしまったことはとても悲しいが・・・
亡くなっても魂は永遠に生き続けるということは、父の死でより確信が深くなったと思う。
それは父が亡くなる二日前のことで、妹と二人で病室で父に付き添っている時の事だった。
父は、鼻と口を覆った酸素マスクの下で苦しそうに息をしていた。
意識はあるのだけれど、呼吸することに精一杯の父は、私たちが話しかけても返事を返す余裕はまったく無くて、私たち姉妹の方を見てくれることだけが父の意思表示になっているような状況だった。
その日も私と妹が、二人並んで父のベッドの横に座って、おしゃべりをしていた。
突然父が私たちが座っているのとは別の方向に顔を向けたかと思ったら、目を大きく見開いて驚いたような顔をした。
「ん?おとうさん、どうしたの?」と聞いても、父は驚いた顔のまま視線を外さない。
父の目の焦点ははっきりと合っていて、ある一点を見つめていた。・・・が、そこには誰もいなかった。
「誰かいるの?」と聞くと、父はゆっくりと片手をあげて、誰もいない方向にいつもの挨拶をした。
父が元気だった頃、私たち家族や知り合いに会うと、必ず片手をあげて挨拶をしていた。
まさに父は誰もいない方に向かって挨拶をしていた。
妹と顔を見合わせて「誰か来ているのかな」と話しながら、「あぁ、ついに来たか、もう父の死は近いかもしれない」と考えていた。
それは母の時と同じだったから。
母も亡くなる数日前から母を可愛がってくれた亡き祖母が病室に来ているとしきりに言っていたことを憶えている。
父が片手をあげて挨拶をしたように、迎えに来ているのは多分父の知っている人なのだろう。
それはとても親しい人、母なのかな?と思ったりもした。
それからの父はしきりに誰もいない方を気にして、時々その見えない人に話しかけられたかのように、ハッとした様子で誰もいない方に振り向いた。
また時には誰もいない宙に両手を伸ばして、つかまろうとするようなそぶりもした。
まるで誰かの手を握ろうとするかのように・・・
妹は「何か写るかもしれない」と言って、父の気にする方向に向けてカメラのシャッターを切ったが、残念ながらそこには何も写っていなかった。
でも、たしかに父には見えていたのだろうと思う。
そして、そのようなことが起きてからの父はとても病状が安定した。
それまでの苦しそうな表情がすこし和らいで、呼吸が楽になったようにみえた。
苦しい合間に訪れた、ほんの少しの穏やかな時間だった。
私と妹は「あれ?なんだかお父さんの具合が良くなったね」などと話していたのだったが、その翌日からさらに父の状態が深刻になっていった。
続きはまた。
かくいう私も同様で、できることならば死は、特に自分のことよりも親しい人たちの死は経験したくないと思う。
しかし、身体は無くなっても魂は永遠に生き続けると知ったら、この世で死は悲しむものであるが、あの世では喜んで迎えてくれる人たちがいるとしたら、受け止め方はすこしは違うのかもしれない。
それが分かったことで、父の死の悲しみが多少やわらいだように思う。
もちろん、父の身体が見えなくなり、もうその身体に触れることも声を聞くこともできなくなってしまったことはとても悲しいが・・・
亡くなっても魂は永遠に生き続けるということは、父の死でより確信が深くなったと思う。
それは父が亡くなる二日前のことで、妹と二人で病室で父に付き添っている時の事だった。
父は、鼻と口を覆った酸素マスクの下で苦しそうに息をしていた。
意識はあるのだけれど、呼吸することに精一杯の父は、私たちが話しかけても返事を返す余裕はまったく無くて、私たち姉妹の方を見てくれることだけが父の意思表示になっているような状況だった。
その日も私と妹が、二人並んで父のベッドの横に座って、おしゃべりをしていた。
突然父が私たちが座っているのとは別の方向に顔を向けたかと思ったら、目を大きく見開いて驚いたような顔をした。
「ん?おとうさん、どうしたの?」と聞いても、父は驚いた顔のまま視線を外さない。
父の目の焦点ははっきりと合っていて、ある一点を見つめていた。・・・が、そこには誰もいなかった。
「誰かいるの?」と聞くと、父はゆっくりと片手をあげて、誰もいない方向にいつもの挨拶をした。
父が元気だった頃、私たち家族や知り合いに会うと、必ず片手をあげて挨拶をしていた。
まさに父は誰もいない方に向かって挨拶をしていた。
妹と顔を見合わせて「誰か来ているのかな」と話しながら、「あぁ、ついに来たか、もう父の死は近いかもしれない」と考えていた。
それは母の時と同じだったから。
母も亡くなる数日前から母を可愛がってくれた亡き祖母が病室に来ているとしきりに言っていたことを憶えている。
父が片手をあげて挨拶をしたように、迎えに来ているのは多分父の知っている人なのだろう。
それはとても親しい人、母なのかな?と思ったりもした。
それからの父はしきりに誰もいない方を気にして、時々その見えない人に話しかけられたかのように、ハッとした様子で誰もいない方に振り向いた。
また時には誰もいない宙に両手を伸ばして、つかまろうとするようなそぶりもした。
まるで誰かの手を握ろうとするかのように・・・
妹は「何か写るかもしれない」と言って、父の気にする方向に向けてカメラのシャッターを切ったが、残念ながらそこには何も写っていなかった。
でも、たしかに父には見えていたのだろうと思う。
そして、そのようなことが起きてからの父はとても病状が安定した。
それまでの苦しそうな表情がすこし和らいで、呼吸が楽になったようにみえた。
苦しい合間に訪れた、ほんの少しの穏やかな時間だった。
私と妹は「あれ?なんだかお父さんの具合が良くなったね」などと話していたのだったが、その翌日からさらに父の状態が深刻になっていった。
続きはまた。