Miaou:猫と一緒にフランス語

長い道のりを猫と共に行きつ戻りつ

勢いで買ってしまった

2009-05-15 22:13:39 | 映画
ロクシタンのバラの香りハンドクリーム。
以前、takakoさんが勧めてくれた「ここぞというときの」ハンドクリームだ。
今のわたしにとっての「ここぞ」とはきっと、DELFの面接のときだろうなぁ。
よい香りで心を落ち着け、そのときに持っている力をできるだけ発揮できるようにと願いをこめて。


しかし、なぜ今日買ったのか、それも”勢い”で。

それは、久しぶりに劇場でフランス映画を観て、その上それがかなりよい映画だったことからくる、喜びに乗っての勢いだ。

何を観たのか。
ベルサイユの子」を観た。主演はギヨーム・ドパルデュ。
フランスの怪優とも名優とも言われている、ジェラール・ドパルデュの息子で、昨年37歳の若さで夭逝してしまった、その彼の映画を初めて観た。
父親が国民的俳優ということですごした屈折した青年時代、薬物にも手を出し、俳優をして軌道に乗ってきたときにオートバイ事故に遭い、片足を切断し義足をするという事態に至ってしまった。
俳優としてデビューした当時、映画広告のパンフレット(雑誌の特集だったか?)に載っている顔写真を見たときに「やっぱりお父さんに似てるよね~~。なんだかんだ言っても(彼が何をどうなんだかんだ言ったのかを、聞いたわけでも読んだわけでもなかったくせに)親の七光りだよね、こいつは」と独断を下し、私の中では、ジェローム・ドパルデュの息子のギヨームという認識以外の何もなかった。

しかし、つい最近の雑誌フィガロに紹介された「ベルサイユの子」という映画の中で、ホームレス役を演じている彼の写真を見たときに、えもいわれぬ逞しさ、落ち着き、奥深さのようなものをビビビっと感じてしまい、彼はとっくに親の七光りを乗り越えていたのね、これはぜひ観なければ!で、今日の映画鑑賞となったわけです。
ちなみに、金曜日はレディースデイで女性は半額の900円で観られる、すばらしい。

さて、映画についてだけれど、とにもかくにもラストシーンが・・・
このラストシーンを観たときに、頭に浮かんだフレーズは
La maternité est une fatalité?(結局は母性なの!?)だ。

ほらほら、つい最近、DELF講座の宿題で「La crise d'adolescence n'a rien d'une fatalité.」(反抗期は必然などではない)について、自分の意見を述べようとして玉砕したばかりのわたし、このfatalité(ファタリテ=必然のなりゆき、不可避性)が頭にこびりついているのだ。

映画の中でも、ホームレスの子連れの母親が、公園のベンチでたまたま拾い読みした新聞記事のタイトルが、Le chômmage n'est pas une fatalité(失業は避けられないものではない)だった。

フランス人ってfataliéがすきなの?(笑)

さて、来週の金曜日も映画鑑賞。次の映画は「夏時間の庭」でござる。