俳句の技巧(レトリック) 『漱石俳句研究』(岩波書店、一九二五、七)より 整理・永田満徳
写生 対象(自然)をありのままに見る
知識や理屈によって作られる「月並俳句」を避け、「実景」の「無数の美」を「探る」(子規)。
若草や水の滴る蜆籠 漱石
写真の様な句(小宮蓬里雨)
季語 季節を表す言葉
季語の本意を活用し、句の世界を豊かに、複雑にする。
人に死し鶴に生まれて冴返る 漱石
高潔な感じと身にしみる冴え返るがぴたりと合ふ。(小宮蓬里雨)
連想 季語の内包する美的イメージを表す
季語のイメージを拡大し、自在な世界を作り出す。
寒山か拾得か蜂に螫されしは 漱石
絵の表情から蜂に螫されたといふ架空の事実を連想した。(寺田寅日子)
取合せ 二つの相反するものの調和
全く関係のないものを組み合わすことによって、俳句独特の思わぬ効果をあらわす。
餅を切る包丁鈍し古暦 漱石
包丁鈍しと古暦とがとり付いたところに捨て難い味がある(松根東洋城)
空想 現実にありそうにもないことを想像する
季語のイメージを拡大し、句の世界を広く豊かにする。
無人島の天子とならば涼しかろ 漱石
思ひ切つた空想を描いた句。(寅日子)
省略 連続する時間を打ち止め、空間を切断する
省略することによって、表現したいものを鮮明にし、余韻を生み出す。
切れ・切れ字 「切れ」は句を二つに切ることで、「切れ字」には「や・かな・けり」などの助詞、助動詞がある。
「切れ」は「省略」とも取られるが、主に季語の味わいを深め、「切れ字」は一句の完結性や二重構造、意味性をもたらす
デフォルメ 対象の強調
強調することによって、意外性とともに奥行きをあらわす。
夕立や犇(ひしめ)く市の十萬家 漱石
犇く……十萬家といふ言ひ現はし方かの白髪三千丈の様ないささか誇大な形容(東洋城)
比喩 あるものを別のものに喩える
相手のよく知っているものを借りて擬えることによって、直接的に実感させる効果がある。
日当りや熟柿の如き心地あり 漱石
熟柿になつた事でもあるような心持のある所が面白い(蓬里雨)
擬人化 人間でないものを人間に擬える
人間に擬えることによって、ある種の滑稽味や親近感を持たせる効果がある。
叩かれて昼の蚊を吐く木魚かな 漱石
此処では木魚を或意味で人格化している(蓬里雨)
同化 主体と対象の一体化
読む対象を深く掴み、対象そのものになることによって、対象の本質を明らかにする
菫程な小さき人に生れたし 漱石
作者が菫と合体し同化する(東洋城)
初出:永田満徳『草枕』論「『仕方がない』日本人をめぐって : 近代日本の文学と思想」所収(2010.9・南方新社)
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