永田満徳第2句集
「火神」48号
穗薄や丘が連なり山となる
塩振つて塩の振りすぎ冬隣
衣被いつしか螺旋に生きてゐず
てふてふに晩秋の日の重きかな
いがぐりの落ちてやんちやに散らばりぬ
ストーブの触れたき色になりにけり
数へ日の運動靴に運ばるる
仁王像ロをへの字に冬ざるる
薄氷の縁より光り溶けてゆく
先の世の風に吹かるる冬の鴫
かまきりの日を背負ひつつ枯れてゆく
つかつかと靴音を背に暦果つ
「火神」49号
かしらより歩み始むる春の鳩
白梅を仰ぎ天守を仰ぎけり
梅の花いつしか人の増えてゐし
肩書の取れて初心の桜かな
花筵名残落として折りにけり
肥後椿胸襟開くごとく咲く
さへづりのつぶだちてくる力石
水俣やただあをあをと初夏の海
雨傘を肩に吟行武蔵の忌
溶岩の兀兀深山霧島よ
H25.6
夏帽子桜島には雲のあり
けふのこときつぱり忘れ髪洗ふ
あぢさゐの重さうでゐて重くなし
あぢさゐの犇き合ひて無音なり
川狩や心許なき下半身
裸婦像のすつくと立ちて夏至の街
梅雨寒や本堆き居間の卓
衣擦れのして運ばるる夏料理
H25.7
あぢさゐの色混じり合ふ峠茶屋
柴犬の妻のとなりに午睡かな
我が一生蟻の一生に及ばざる
睡蓮や日々をやすけく受け入れて
素足下駄薬害を説く薬剤師
縄文はかくもおほらか大賀ハス
阿蘇神社宇奈利の白き御田植
御田植果てつややかなご飯かな
H25・8
熊蟬の朝を待ちたるやうに鳴く
わが庭の蟬と思はば鳴くままに
暑気払ひ夫を笑ひの種として
秋簾一期一会に人行き交ふ
滝の水あらはになりて落ちにけり
草泊見るは星座と聞くは風
暗がりに憩ふ店番地蔵盆
老犬の肋のうごく午睡かな
教へ子に白髪のありぬ秋初
初秋の譜面にはづむ音符かな
H25.9
残暑の身軸のはづるるごと座せり
漣のごとき街騒十六夜
仰ぐにはほどよき高さ立待よ
寝待月旧居のほかはマンション
代々の棚田の畦に彼岸花
糸瓜忌の師も弟子もなき句会かな
月光や阿蘇のそこひの千枚田
一点を見つめてゐたる案山子かな
風あればさすらふ心地ゑのこ草
H25.10
見物のわれを見据ゑて菊人形
久闊を叙するあはひに木の実落つ
秋の鯉おのれを喰らふほどの口
蔦かづら医家にゆだねて枯れにけり
涙腺のゆるぶやすけさ村芝居
火恋し人も恋しと日暮れけり
風をよぶ翼の音や秋の暮
秋灯を消して消えざるコンピュータ
一息で越ゆる畦川天高し
H25.11
立冬や大丼の男飯
食卓のいつもの位置や秋刀魚食ふ
摘み取りし蜜柑の重さ日の重さ
門前の人影冬の立ちにけり
北風に御身大事と踏み出しぬ
石ころが御本尊にて薄紅葉
連句するによき居酒屋や隙間風
極月の貌を奪ひて貨車通る
誕生日花束にある吾亦紅
H25.12
新蕎麦や隣りと同じ音立てて
雑音の混じるラジオや年の暮
齧りつつ髭をふるはす兎かな
創刊の同人誌読む漱石忌
冬晴や大観峰でメガネ拭く
百夜より一夜尊し大晦日
年の瀬や雑誌の文字の裏写り
水鳥の風を抱きて飛びたてり
年惜しむ蘇峰遺愛の印影に
水洟や祖父母も父母も今はなき
みづからを叱るごとくに咳込みぬ
H26.1
風を呼び風に従ひ凧上がる
白鳥の大きく舞ひて戻りけり
年来たる年には勝てぬ年男
冬籠あれこれ繋ぐコンセント
寝入り端湯婆を足で引き寄する
どんどの火灰になるまで息づけり
墓石の窪みに冬日留まりをり
室咲やどすんと坐る固定席
毛糸編む妻の横顔すなほなる
H26.2
水仙や海のむかふに島ひとつ
早春の光集めし潮かな
入口がすなはち出口春寒し
雛飾る一人住まひの一隅に
生垣に鳩潜り込む雨水かな
下萌や犬の散歩は日あるうち
山焼くや世への怒りは怒り呼ぶ
日の差して日に応ふるや梅の花
早春や炭酸水を開けし音
H26.3
縄文の血筋を引きて独活囓る
紫木蓮愚痴一つなき母の忌よ
病棟のスリッパの音春深し
誹謗中傷は無視すること春疾風
もくれんのひらくともなくひらきけり
城といひ花といひ皆闇を負ふ
余生の身よき場所を得て花見かな
南朝につきし一族桜狩
H26.4
山上の雲より白し花の雲
山吹や腰を落として下りをり
消えるともなく消えたるやしやぼん玉
あてなんぞなき猫の子のゆくへかな
藤房の一つ揺るるや百揺るる
初夏の鯉直進を繰り返す
肉離れしさうな痛み鶴引けり
行き着いて遠足の列ととのひぬ
H26.5
郭公や野苺ジャムに口真つ赤
初夏の雨鳥越峠を越えにけり
鰭ばかりひらひらひらと金魚かな
歯応へのよき煎餅や夏初
大波に攫はるるごと昼寝かな
新樹光九九の漏れくる廊下かな
眼鏡を額に畑売る署名麦の秋
列となり渦となる金魚かな
風薫る周遊バスにお城の絵
H26.6
石橋の三つに連なり花菖蒲
揚羽蝶たをやかに翅ひらきけり
咲きほこり傾ぐことなし肥後菖蒲
あめんぼのながれながれてもどりけり
走り梅雨珈琲だけで出勤す
宗不旱終焉の地のみどりかな
あぢさゐに朝の挨拶掛けてみる
つんのめる走り幅跳び信長忌
すずしさよ名刺代りの俳誌なる
野良猫をノラと呼びたる晩夏かな
仏像を拝み藪蚊を喰はれけり
H26.7
古代史は男性上位夏季講座
手を打つて笑ひ飛ばせば梅雨開くる
居酒屋の屋号「けんちゃん」だだちや豆
嫌中と嫌韓雑誌誘蛾灯
夾竹桃飛ばし読みして新聞紙
空蝉や生の証しを残しをく
食ひ込みしショルダーバック炎天下
頂きを崩すよろこび搔氷
蟻の列ホースの水に掬はれる
H26.8
熊蟬のここぞとばかり鳴きはじむ
手を叩き犬を誘へば藪蚊来る
一円の嵩張る財布秋暑し
逝く夏や窓より海を見るをんな
山繭や俳句の夢は衰えず
黙祷といふ黙認や終戦日
黙すまで聞き役となる涼しさよ
さつさつと手でものを言ふ踊かな
H26.9
象の鼻地に垂れてゐる残暑かな
阿波踊一踊りして歩を進む
虫の音に包まれてゐてふと孤独
けつまづく石もたつとき既望かな
菓子箱を本箱にする子規忌かな
子猫また交通事故死秋深し
秋深し身を投げ出して犬眠る
さつきまでつぶやきゐたるはたた神
良夜なり音を立てざる砂時計
H26.10
こすもすや阿蘇からの風吹くばかり
呑むほどに溺れざる身や秋深し
朝寒や波のごと身に打ち寄する
いつまでも身に添ふ秋の影法師
ペンシルの芯の折れたる夜学かな
潮のごとく寄せくる小言そぞろ寒
晩秋や深々座して指定席
車座にて嬰児を回す秋うらら
夕暮に母を見舞ふや雁の声
H26.11
へたへたと畳に座る秋の暮
小春日や師弟きずなの油絵展
大楠に身を委ねたり蔦紅葉
老犬を抱えて降りる蔦紅葉
先駆けて紅葉散るなり肥後の城
オートバイ落葉の道を広げたる
仮名書きを習ふにいろは冬うらら
群れてゐて向きはそれぞれ浮寝鳥
冬の鯉ぶつかりあうて音のせず
H26.12
噴煙と等しき冬の雲なりけり
購へる銀婚夫婦用炬燵
焼芋の売込みカーと選挙カー
手袋の一つに犬の散歩用
悴みて身の置き所なき世かな
ごとごとと薬缶の音に年詰まる
また一つ閉店の報年詰まる
柚子湯して脇を擽る柚子一つ
触れあひて離れあひたる風呂の柚
寝た切りの人に寄り添ひ暦果つ
年越しの一円貯金音立つる
H27.1
見せ合ひて家族みんなの初御籤
ふるさとの温みのやうな夕焚火
初雀跳ぬるも飛ぶも軽やかに
書初のはじめにのの字ばかりかな
着膨れてら抜き言葉に異和もなく
大寒の身を沈ませて湯を足して
垂幕のはづれてぐしやと冬深し
路地に出でおのれに戻る寒さかな
鐘撞けば胸に響けり寒詣
H27.2
阿蘇の山笑ふ噴煙吐き出して
布切れの箱をはみだす春炬燵
春望や阿蘇の噴煙天を突く
人の影ぽつんと路地に余寒かな
番犬の眠りてをりぬ桃の花
梅の園座して大岩ゆるびけり
春ショールやはらかき風受け流す
鶴鳴いて天の一角占めにけり
春雨や暖色多き広報紙
H27.3
半島の単線の果て春の海
あてもなき遊行に出でし春の風
春宵の暖簾のゆらりゆらりかな
菜種梅雨句読点なき江戸の文
受け入るるごと白木蓮の咲き始む
予後のわれ妻に遅れて青き踏む
初蝶来大きく揺るるイアリング
ふるさとは橋の向かうや春の空
H27.4
仰角を強いる天守や夏始
田原坂肩にぽたりと落下かな
花筏鯉の尾鰭に崩れけり
曲がれども曲れども花肥後の城
なんどでも風呂へ入れと蛙かな
下り来て梨咲く村に迷ひけり
未練などなきやうに花散りにけり
傘をさす程でもなくて若葉雨
朝寝して何か忘れてゐるやうな
遊びには興と狂あり蜃気楼
夏隣鉛筆を皆尖らせて
書込みの最後に絵文字春惜しむ
H27.5
気まぐれな風を厭はず鯉幟
入り込む余地なく咲ける躑躅かな
夏来る前方後円墳の風
喉元に居着くものあり夏の風邪
死に至る烈士の意志や樟若葉
風船の行方知れずを良しとせる
肌よりも髪に付く雨アマリリス
喉通る炭酸水や夏初
処世術身に付けがたし卯月波
H27.6
緑陰や裃着たる八雲像
けふの口論忘れてをりぬ扇風機
秒針の止まりし梅雨の掛時計
看板の浮かびしままに出水川
コンビニに注ぐ珈琲や夏深し
家内派と連れ合ひ派とに男梅雨
銅鐸を打ちたくなりし炎暑かな
父の日や望郷子守唄吟ず
さみだれの音だりだりとわが書斎
汗拭きて能面じみし顔となる
H27.7
荒梅雨や呵呵大笑の喉仏
助手席の西瓜のごろんごろんかな
そこら中騒がしくなる夕立かな
短冊の内容似たり星祭
初蟬の間遠に鳴いてをりにけり
しもつけの喜の字のごとく咲き盛る
日盛や鎌研坂の九十九折
汗の身に風の来りて我ありぬ
イヤホンを取ればすぐさま蟬時雨
梅雨深しこの話どう収めんか
炎暑なり行く先々に停止線
噴水の芯より逸れて落ちにけり
H27.8
定期船風死す中に接岸す
風切りて朝練に行くゑのこ草
我が影を刻印したる大暑かな
笑ふたびよく動く口サングラス
ポケットに一円玉や夏の果
法師蟬後ろに三島ゐるやうで
電柱の傾いでゐたる秋暑かな
溢れさすお風呂当番夜の秋
釣船草深山の風の吹くままに
H27.9
愚痴話西瓜の種の散らばりぬ
かたはらに人ゐて揺るる秋桜
赤とんぼ高き低きを分け合うて
秋高し街に二つの歩道橋
古民家や秋風通る更紗展
遅速なく飛びひろがれり稲雀
虫の音の中の鈴虫ガラシャ廟
秋風や差出人なき葉書かな
秋日差す石に刻みしシュメール語
H27.10
一刷毛の阿蘇の風あり秋桜
栗を剥くただ相槌を打つ話
秋の夜やをんなの肩に添ふダンス
竹の秋鴉声まぢかに浴びにけり
すでに阿部一族の墓秋日影
天草のとろりと暮れぬ濁り酒
蛇穴に入るいさかひのことひきずりて
車追ふ車の音やそぞろ寒
十三夜遅番の娘を待ちゐたる
蓑虫の揺れて思案の定まらず
H27.11
暗がりに檸檬三個や秋分の日
縁側の日の斑に冬の立ちにけり
凩や群れゐるものに鳩鴉
アイロンのスチームの音の夜長かな
聴き入れば途絶えなき音冬の雨
墓域とてなかりし墓や照紅葉
冬日向池辺の人を浮きたたす
冬晴や西郷像の犬吠えん
起きぬけの肩の強張り三島の忌
極月の電話口より胴間声
月冴ゆる橋の名ごとにバス停車
H27.12
現し身の捨てどころなき寒さかな*
鴛鴦に日の鷹揚に落ちゆける
冬深し土間が売場の蒟蒻屋*
町ごとに寺一つづつ冬の暮
寒の水喉くすぐり通りけり
寒夜なり爪切り鋏音立つる
耳元で北風鳴れり田原坂
照紅葉死して碑となり塚となる
話すことなくて焚べ足す囲炉裏かな
年詰まる誤字のままなるお品書
湯船より浮かびし顔や冬満月
相席の人ぶつぶつと年詰まる
H28.1
石垣を這ひのぼりゆく寒さかな
数へ日や峠の茶屋へ九十九折
年迎ふ裏表なき阿蘇の山
初夢やいきなり人と争へり
掛軸に寒九の日射し漱石居
大寒や時折ひかる釣の糸
うごく雀うごかぬ鴉初景色
左義長の余熱に力ありにけり
曇天の一角を割るどんど焼
湯煙に薄日の射して寒の明
寒鯉や黒透くるまで動かざる
H28.2
初景色ふるさとの山屏風なす
狭庭には狭庭の淑気ありにけり
人混みを肩に分けゆく寒さかな
猫柳一両電車の軋む音
立春や事構へるに力まざる
落葉踏む音に消えゆく我が身かな
探梅や修験の谷に日の溜まり
鍵束をじやりじやり鳴りて寒明くる
折からの雨は慈雨なり孟宗忌
朝寝覚む~を摑みそこねて
暮春かな川しろがねの帯をなす
H28.3
おんどりのさとき鶏冠や花なづな
昼飯を兼ね夕飯の目刺かな
一握りの村に行き着く桃の花
料峭や岩に食い入る木の根っこ
木の根に食い入る石や桃の花
春昼やエンドレスなるオルゴール
冴返るどちらかに寄る台秤
春昼の鯉めくるめく渦なせる
H28.4
石垣の向かう石垣花の城
花の城高み高みに登りゆく
しろがねの鬢をととのふ花の宵
差し入れの珈琲香り山笑ふ
乱れなき雨脚の音春深し
車来て遠足の列寸断す
こんなにもおにぎり丸し春の地震
新緑や湯に流したる地震の垢
余震なほ耳元で鳴く蛙かな
H28.5
春の夜やあるかなきかの地震に酔ふ
「負けんばい」の貼紙ふえて夏近し
石垣の崩れなだるる暑さかな
舟ほどの万葉の島濃紫陽花
初夏の風出湯より島を数へをり
じんわりと夜の迫り来る蜥蜴かな
夏蒲団地震の伝ひし背骨かな
骨といふ骨の響くや朱夏の地震
霾天に遍満したるヘリの音
本震のあとの空白や夏つばめ
H28.6
紫陽花や壊れしままの道祖神
地震の地を逃れて風の菖蒲なる
あれこれと震度を語る芒種かな
梅雨空や鴉のこゑのつぎつぎに
あめんぼう流され戻り流されて
夕焼や暮れのこりたる地震の池
梅雨深く角を整ふ入門書
何もかも体調次第雨蛙
H28.7
咲きかけし古代蓮の灯るなり
ぱさぱさの鶏の胸肉夏の風邪
弁当の屑のかさばる大暑かな
かき氷崩して恋の話など
あの世よりこの世は遠し走馬灯
鳴くことで蟬のひと日の始まりぬ
争ひの双方黙る扇風機
肩肘を挙げて清水を飲みにけり
万緑や山盛り蕎麦をもう一枚
昼寝覚われに目のあり手足あり
H28.8
出水川危険水位や城下街
意に添はぬこと多くしてカンナ燃ゆ
それとなく目配せをして氷菓食ぶ
熱帯夜溺るるごとく寝返りす
月光に欠くるものなき夕餉かな
湧水に手を遊ばする初秋かな
メガホンにこもるだみ声晩夏なり
H28.9
初紅葉小さき社殿が男神
赤とんぼ翅の息のむばかり澄む
秋の夜の家もろともに震度四
朝寒やことさら匂ふカモミール
Amazonの過剰包装秋旱
実石榴や羅漢の顔のこんなあんな
H28.10
山頭火秋のつぶやき吐いておらん
竜胆や掴みたくなる峡の雲
誕生日思ひ思ひの秋の雲
竹の春これより先はガラシャ廟
突出しの芋煮をつつく文学論
秋暁や忽と鳴り出す冷蔵庫
冬初竹百幹の唸りけり
踏ん張れり武蔵生まれし里の稲架
秋風や片手を挙ぐる師の遺影
柿送る近き友より遠き友
身に入むや被災の城に鴉舞ふ
秋の風淡きはあはきままの仲
置けるだけ置く事務机冬に入る
「火神」48号
穗薄や丘が連なり山となる
塩振つて塩の振りすぎ冬隣
衣被いつしか螺旋に生きてゐず
てふてふに晩秋の日の重きかな
いがぐりの落ちてやんちやに散らばりぬ
ストーブの触れたき色になりにけり
数へ日の運動靴に運ばるる
仁王像ロをへの字に冬ざるる
薄氷の縁より光り溶けてゆく
先の世の風に吹かるる冬の鴫
かまきりの日を背負ひつつ枯れてゆく
つかつかと靴音を背に暦果つ
「火神」49号
かしらより歩み始むる春の鳩
白梅を仰ぎ天守を仰ぎけり
梅の花いつしか人の増えてゐし
肩書の取れて初心の桜かな
花筵名残落として折りにけり
肥後椿胸襟開くごとく咲く
さへづりのつぶだちてくる力石
水俣やただあをあをと初夏の海
雨傘を肩に吟行武蔵の忌
溶岩の兀兀深山霧島よ
H25.6
夏帽子桜島には雲のあり
けふのこときつぱり忘れ髪洗ふ
あぢさゐの重さうでゐて重くなし
あぢさゐの犇き合ひて無音なり
川狩や心許なき下半身
裸婦像のすつくと立ちて夏至の街
梅雨寒や本堆き居間の卓
衣擦れのして運ばるる夏料理
H25.7
あぢさゐの色混じり合ふ峠茶屋
柴犬の妻のとなりに午睡かな
我が一生蟻の一生に及ばざる
睡蓮や日々をやすけく受け入れて
素足下駄薬害を説く薬剤師
縄文はかくもおほらか大賀ハス
阿蘇神社宇奈利の白き御田植
御田植果てつややかなご飯かな
H25・8
熊蟬の朝を待ちたるやうに鳴く
わが庭の蟬と思はば鳴くままに
暑気払ひ夫を笑ひの種として
秋簾一期一会に人行き交ふ
滝の水あらはになりて落ちにけり
草泊見るは星座と聞くは風
暗がりに憩ふ店番地蔵盆
老犬の肋のうごく午睡かな
教へ子に白髪のありぬ秋初
初秋の譜面にはづむ音符かな
H25.9
残暑の身軸のはづるるごと座せり
漣のごとき街騒十六夜
仰ぐにはほどよき高さ立待よ
寝待月旧居のほかはマンション
代々の棚田の畦に彼岸花
糸瓜忌の師も弟子もなき句会かな
月光や阿蘇のそこひの千枚田
一点を見つめてゐたる案山子かな
風あればさすらふ心地ゑのこ草
H25.10
見物のわれを見据ゑて菊人形
久闊を叙するあはひに木の実落つ
秋の鯉おのれを喰らふほどの口
蔦かづら医家にゆだねて枯れにけり
涙腺のゆるぶやすけさ村芝居
火恋し人も恋しと日暮れけり
風をよぶ翼の音や秋の暮
秋灯を消して消えざるコンピュータ
一息で越ゆる畦川天高し
H25.11
立冬や大丼の男飯
食卓のいつもの位置や秋刀魚食ふ
摘み取りし蜜柑の重さ日の重さ
門前の人影冬の立ちにけり
北風に御身大事と踏み出しぬ
石ころが御本尊にて薄紅葉
連句するによき居酒屋や隙間風
極月の貌を奪ひて貨車通る
誕生日花束にある吾亦紅
H25.12
新蕎麦や隣りと同じ音立てて
雑音の混じるラジオや年の暮
齧りつつ髭をふるはす兎かな
創刊の同人誌読む漱石忌
冬晴や大観峰でメガネ拭く
百夜より一夜尊し大晦日
年の瀬や雑誌の文字の裏写り
水鳥の風を抱きて飛びたてり
年惜しむ蘇峰遺愛の印影に
水洟や祖父母も父母も今はなき
みづからを叱るごとくに咳込みぬ
H26.1
風を呼び風に従ひ凧上がる
白鳥の大きく舞ひて戻りけり
年来たる年には勝てぬ年男
冬籠あれこれ繋ぐコンセント
寝入り端湯婆を足で引き寄する
どんどの火灰になるまで息づけり
墓石の窪みに冬日留まりをり
室咲やどすんと坐る固定席
毛糸編む妻の横顔すなほなる
H26.2
水仙や海のむかふに島ひとつ
早春の光集めし潮かな
入口がすなはち出口春寒し
雛飾る一人住まひの一隅に
生垣に鳩潜り込む雨水かな
下萌や犬の散歩は日あるうち
山焼くや世への怒りは怒り呼ぶ
日の差して日に応ふるや梅の花
早春や炭酸水を開けし音
H26.3
縄文の血筋を引きて独活囓る
紫木蓮愚痴一つなき母の忌よ
病棟のスリッパの音春深し
誹謗中傷は無視すること春疾風
もくれんのひらくともなくひらきけり
城といひ花といひ皆闇を負ふ
余生の身よき場所を得て花見かな
南朝につきし一族桜狩
H26.4
山上の雲より白し花の雲
山吹や腰を落として下りをり
消えるともなく消えたるやしやぼん玉
あてなんぞなき猫の子のゆくへかな
藤房の一つ揺るるや百揺るる
初夏の鯉直進を繰り返す
肉離れしさうな痛み鶴引けり
行き着いて遠足の列ととのひぬ
H26.5
郭公や野苺ジャムに口真つ赤
初夏の雨鳥越峠を越えにけり
鰭ばかりひらひらひらと金魚かな
歯応へのよき煎餅や夏初
大波に攫はるるごと昼寝かな
新樹光九九の漏れくる廊下かな
眼鏡を額に畑売る署名麦の秋
列となり渦となる金魚かな
風薫る周遊バスにお城の絵
H26.6
石橋の三つに連なり花菖蒲
揚羽蝶たをやかに翅ひらきけり
咲きほこり傾ぐことなし肥後菖蒲
あめんぼのながれながれてもどりけり
走り梅雨珈琲だけで出勤す
宗不旱終焉の地のみどりかな
あぢさゐに朝の挨拶掛けてみる
つんのめる走り幅跳び信長忌
すずしさよ名刺代りの俳誌なる
野良猫をノラと呼びたる晩夏かな
仏像を拝み藪蚊を喰はれけり
H26.7
古代史は男性上位夏季講座
手を打つて笑ひ飛ばせば梅雨開くる
居酒屋の屋号「けんちゃん」だだちや豆
嫌中と嫌韓雑誌誘蛾灯
夾竹桃飛ばし読みして新聞紙
空蝉や生の証しを残しをく
食ひ込みしショルダーバック炎天下
頂きを崩すよろこび搔氷
蟻の列ホースの水に掬はれる
H26.8
熊蟬のここぞとばかり鳴きはじむ
手を叩き犬を誘へば藪蚊来る
一円の嵩張る財布秋暑し
逝く夏や窓より海を見るをんな
山繭や俳句の夢は衰えず
黙祷といふ黙認や終戦日
黙すまで聞き役となる涼しさよ
さつさつと手でものを言ふ踊かな
H26.9
象の鼻地に垂れてゐる残暑かな
阿波踊一踊りして歩を進む
虫の音に包まれてゐてふと孤独
けつまづく石もたつとき既望かな
菓子箱を本箱にする子規忌かな
子猫また交通事故死秋深し
秋深し身を投げ出して犬眠る
さつきまでつぶやきゐたるはたた神
良夜なり音を立てざる砂時計
H26.10
こすもすや阿蘇からの風吹くばかり
呑むほどに溺れざる身や秋深し
朝寒や波のごと身に打ち寄する
いつまでも身に添ふ秋の影法師
ペンシルの芯の折れたる夜学かな
潮のごとく寄せくる小言そぞろ寒
晩秋や深々座して指定席
車座にて嬰児を回す秋うらら
夕暮に母を見舞ふや雁の声
H26.11
へたへたと畳に座る秋の暮
小春日や師弟きずなの油絵展
大楠に身を委ねたり蔦紅葉
老犬を抱えて降りる蔦紅葉
先駆けて紅葉散るなり肥後の城
オートバイ落葉の道を広げたる
仮名書きを習ふにいろは冬うらら
群れてゐて向きはそれぞれ浮寝鳥
冬の鯉ぶつかりあうて音のせず
H26.12
噴煙と等しき冬の雲なりけり
購へる銀婚夫婦用炬燵
焼芋の売込みカーと選挙カー
手袋の一つに犬の散歩用
悴みて身の置き所なき世かな
ごとごとと薬缶の音に年詰まる
また一つ閉店の報年詰まる
柚子湯して脇を擽る柚子一つ
触れあひて離れあひたる風呂の柚
寝た切りの人に寄り添ひ暦果つ
年越しの一円貯金音立つる
H27.1
見せ合ひて家族みんなの初御籤
ふるさとの温みのやうな夕焚火
初雀跳ぬるも飛ぶも軽やかに
書初のはじめにのの字ばかりかな
着膨れてら抜き言葉に異和もなく
大寒の身を沈ませて湯を足して
垂幕のはづれてぐしやと冬深し
路地に出でおのれに戻る寒さかな
鐘撞けば胸に響けり寒詣
H27.2
阿蘇の山笑ふ噴煙吐き出して
布切れの箱をはみだす春炬燵
春望や阿蘇の噴煙天を突く
人の影ぽつんと路地に余寒かな
番犬の眠りてをりぬ桃の花
梅の園座して大岩ゆるびけり
春ショールやはらかき風受け流す
鶴鳴いて天の一角占めにけり
春雨や暖色多き広報紙
H27.3
半島の単線の果て春の海
あてもなき遊行に出でし春の風
春宵の暖簾のゆらりゆらりかな
菜種梅雨句読点なき江戸の文
受け入るるごと白木蓮の咲き始む
予後のわれ妻に遅れて青き踏む
初蝶来大きく揺るるイアリング
ふるさとは橋の向かうや春の空
H27.4
仰角を強いる天守や夏始
田原坂肩にぽたりと落下かな
花筏鯉の尾鰭に崩れけり
曲がれども曲れども花肥後の城
なんどでも風呂へ入れと蛙かな
下り来て梨咲く村に迷ひけり
未練などなきやうに花散りにけり
傘をさす程でもなくて若葉雨
朝寝して何か忘れてゐるやうな
遊びには興と狂あり蜃気楼
夏隣鉛筆を皆尖らせて
書込みの最後に絵文字春惜しむ
H27.5
気まぐれな風を厭はず鯉幟
入り込む余地なく咲ける躑躅かな
夏来る前方後円墳の風
喉元に居着くものあり夏の風邪
死に至る烈士の意志や樟若葉
風船の行方知れずを良しとせる
肌よりも髪に付く雨アマリリス
喉通る炭酸水や夏初
処世術身に付けがたし卯月波
H27.6
緑陰や裃着たる八雲像
けふの口論忘れてをりぬ扇風機
秒針の止まりし梅雨の掛時計
看板の浮かびしままに出水川
コンビニに注ぐ珈琲や夏深し
家内派と連れ合ひ派とに男梅雨
銅鐸を打ちたくなりし炎暑かな
父の日や望郷子守唄吟ず
さみだれの音だりだりとわが書斎
汗拭きて能面じみし顔となる
H27.7
荒梅雨や呵呵大笑の喉仏
助手席の西瓜のごろんごろんかな
そこら中騒がしくなる夕立かな
短冊の内容似たり星祭
初蟬の間遠に鳴いてをりにけり
しもつけの喜の字のごとく咲き盛る
日盛や鎌研坂の九十九折
汗の身に風の来りて我ありぬ
イヤホンを取ればすぐさま蟬時雨
梅雨深しこの話どう収めんか
炎暑なり行く先々に停止線
噴水の芯より逸れて落ちにけり
H27.8
定期船風死す中に接岸す
風切りて朝練に行くゑのこ草
我が影を刻印したる大暑かな
笑ふたびよく動く口サングラス
ポケットに一円玉や夏の果
法師蟬後ろに三島ゐるやうで
電柱の傾いでゐたる秋暑かな
溢れさすお風呂当番夜の秋
釣船草深山の風の吹くままに
H27.9
愚痴話西瓜の種の散らばりぬ
かたはらに人ゐて揺るる秋桜
赤とんぼ高き低きを分け合うて
秋高し街に二つの歩道橋
古民家や秋風通る更紗展
遅速なく飛びひろがれり稲雀
虫の音の中の鈴虫ガラシャ廟
秋風や差出人なき葉書かな
秋日差す石に刻みしシュメール語
H27.10
一刷毛の阿蘇の風あり秋桜
栗を剥くただ相槌を打つ話
秋の夜やをんなの肩に添ふダンス
竹の秋鴉声まぢかに浴びにけり
すでに阿部一族の墓秋日影
天草のとろりと暮れぬ濁り酒
蛇穴に入るいさかひのことひきずりて
車追ふ車の音やそぞろ寒
十三夜遅番の娘を待ちゐたる
蓑虫の揺れて思案の定まらず
H27.11
暗がりに檸檬三個や秋分の日
縁側の日の斑に冬の立ちにけり
凩や群れゐるものに鳩鴉
アイロンのスチームの音の夜長かな
聴き入れば途絶えなき音冬の雨
墓域とてなかりし墓や照紅葉
冬日向池辺の人を浮きたたす
冬晴や西郷像の犬吠えん
起きぬけの肩の強張り三島の忌
極月の電話口より胴間声
月冴ゆる橋の名ごとにバス停車
H27.12
現し身の捨てどころなき寒さかな*
鴛鴦に日の鷹揚に落ちゆける
冬深し土間が売場の蒟蒻屋*
町ごとに寺一つづつ冬の暮
寒の水喉くすぐり通りけり
寒夜なり爪切り鋏音立つる
耳元で北風鳴れり田原坂
照紅葉死して碑となり塚となる
話すことなくて焚べ足す囲炉裏かな
年詰まる誤字のままなるお品書
湯船より浮かびし顔や冬満月
相席の人ぶつぶつと年詰まる
H28.1
石垣を這ひのぼりゆく寒さかな
数へ日や峠の茶屋へ九十九折
年迎ふ裏表なき阿蘇の山
初夢やいきなり人と争へり
掛軸に寒九の日射し漱石居
大寒や時折ひかる釣の糸
うごく雀うごかぬ鴉初景色
左義長の余熱に力ありにけり
曇天の一角を割るどんど焼
湯煙に薄日の射して寒の明
寒鯉や黒透くるまで動かざる
H28.2
初景色ふるさとの山屏風なす
狭庭には狭庭の淑気ありにけり
人混みを肩に分けゆく寒さかな
猫柳一両電車の軋む音
立春や事構へるに力まざる
落葉踏む音に消えゆく我が身かな
探梅や修験の谷に日の溜まり
鍵束をじやりじやり鳴りて寒明くる
折からの雨は慈雨なり孟宗忌
朝寝覚む~を摑みそこねて
暮春かな川しろがねの帯をなす
H28.3
おんどりのさとき鶏冠や花なづな
昼飯を兼ね夕飯の目刺かな
一握りの村に行き着く桃の花
料峭や岩に食い入る木の根っこ
木の根に食い入る石や桃の花
春昼やエンドレスなるオルゴール
冴返るどちらかに寄る台秤
春昼の鯉めくるめく渦なせる
H28.4
石垣の向かう石垣花の城
花の城高み高みに登りゆく
しろがねの鬢をととのふ花の宵
差し入れの珈琲香り山笑ふ
乱れなき雨脚の音春深し
車来て遠足の列寸断す
こんなにもおにぎり丸し春の地震
新緑や湯に流したる地震の垢
余震なほ耳元で鳴く蛙かな
H28.5
春の夜やあるかなきかの地震に酔ふ
「負けんばい」の貼紙ふえて夏近し
石垣の崩れなだるる暑さかな
舟ほどの万葉の島濃紫陽花
初夏の風出湯より島を数へをり
じんわりと夜の迫り来る蜥蜴かな
夏蒲団地震の伝ひし背骨かな
骨といふ骨の響くや朱夏の地震
霾天に遍満したるヘリの音
本震のあとの空白や夏つばめ
H28.6
紫陽花や壊れしままの道祖神
地震の地を逃れて風の菖蒲なる
あれこれと震度を語る芒種かな
梅雨空や鴉のこゑのつぎつぎに
あめんぼう流され戻り流されて
夕焼や暮れのこりたる地震の池
梅雨深く角を整ふ入門書
何もかも体調次第雨蛙
H28.7
咲きかけし古代蓮の灯るなり
ぱさぱさの鶏の胸肉夏の風邪
弁当の屑のかさばる大暑かな
かき氷崩して恋の話など
あの世よりこの世は遠し走馬灯
鳴くことで蟬のひと日の始まりぬ
争ひの双方黙る扇風機
肩肘を挙げて清水を飲みにけり
万緑や山盛り蕎麦をもう一枚
昼寝覚われに目のあり手足あり
H28.8
出水川危険水位や城下街
意に添はぬこと多くしてカンナ燃ゆ
それとなく目配せをして氷菓食ぶ
熱帯夜溺るるごとく寝返りす
月光に欠くるものなき夕餉かな
湧水に手を遊ばする初秋かな
メガホンにこもるだみ声晩夏なり
H28.9
初紅葉小さき社殿が男神
赤とんぼ翅の息のむばかり澄む
秋の夜の家もろともに震度四
朝寒やことさら匂ふカモミール
Amazonの過剰包装秋旱
実石榴や羅漢の顔のこんなあんな
H28.10
山頭火秋のつぶやき吐いておらん
竜胆や掴みたくなる峡の雲
誕生日思ひ思ひの秋の雲
竹の春これより先はガラシャ廟
突出しの芋煮をつつく文学論
秋暁や忽と鳴り出す冷蔵庫
冬初竹百幹の唸りけり
踏ん張れり武蔵生まれし里の稲架
秋風や片手を挙ぐる師の遺影
柿送る近き友より遠き友
身に入むや被災の城に鴉舞ふ
秋の風淡きはあはきままの仲
置けるだけ置く事務机冬に入る