【永田満徳(みつのり)】 日本俳句協会会長代行 俳人協会幹事 俳人協会熊本県支部長 「文学の森」ZOOM俳句教室講師

「火神」主宰 「俳句大学」学長 「Haïku Column」代表 「秋麗」同人 未来図賞/文學の森大賞/中村青史賞

acebook「華文俳句社」 〜【俳句界】2024年12月号〜

2024年11月25日 22時34分38秒 | 華文俳句
俳句大学国際俳句学部!
 
Facebook「華文俳句社」
 
〜【俳句界】2024年12月号〜
 
◆2024年『俳句界』12月号が発行されました。
◆華文圏に俳句の本質かつ型である「切れ」と「取り合わせ」を取り入れた二行俳句を提唱して行きます。
◆2020年1月からは月刊『俳句界』に「華文俳句」の秀句を連載しています。
◆どうぞご理解とご支援をお願いします。
 
俳句大學國際俳句學部的通知!
~Facebook 「華文俳句社」Kabun Haiku 2024・12
◆2024年『俳句界』12月號已出版。
◆於華文圏提倡包含俳句的基礎「一個切」和「兩項對照組合」的二行俳句。
◆請各位多多支持指教。
 
 
永田満徳選評・洪郁芬選訳
 
指縫中流瀉穀米
豐收節
帥麗
〔永田満徳評論〕
「豐收節」是台灣各原住民族舉行獨特祭祀活動的慶典,藉此分享豐收的喜悅,並向祖先和神靈表達感謝。在祭典中,原住民們身著傳統服飾,展現他們獨特的音樂和舞蹈。場景中,他們用手捧起剛收穫的新米,品味今年稻米的收成。「指縫中流瀉」的措辭生動描繪了豐收帶來的喜悅。
指間よりこぼるるお米豊収節
帥麗
〔永田満徳評〕
「豊収節」は台湾の各原住民がそれぞれ独自の祭祀を行って、収穫の喜びを分かち合い、祖先や神々に感謝を捧げる。祭りでは原住民たちは伝統的な衣装を身にまとい、独特の音楽と踊りを披露する。収穫したばかりの新米を手で掬い、今年米の出来を味わっている情景である。「指間よりこぼるるお米」という措辞に豊作の喜びが描かれている。
 
菊花木
扶在搖椅把手
鐵人
〔永田満徳評論〕
「菊花木」是一種藤本植物,是台灣秋天的季語。從莖的橫切面來看,木質部和韌皮部交替排列,呈現出如同菊花般的圖案,形態優美。小枝上有兩根卷鬚,因此也被稱為「龍鬚藤」。句中「扶在搖椅把手」描繪了一個在菊花木旁悠閒放鬆的情景,似乎還能感受到偶爾吹拂而過的秋風,帶來的舒適感。
揺椅子の肘掛に手を菊花木
鐵人
〔永田満徳評〕
「菊花木」はつる植物で、台湾の秋の季語。茎の横断面を見ると、木質部と靭皮部が交互に並び、菊花のような模様が現れ、美しい姿をしている。小枝には二本の巻きひげがあり、「龍鬚藤」とも呼ばれている。「揺椅子の肘掛に手を」とは、菊花木の傍で、ゆったりとくつろいでいる情景であろう。時折、吹き抜ける秋風の心地よさも感じられる。
 
伯朗大道迎風歡笑
稻浪
鄭如絜
〔永田満徳評論〕
「伯朗大道」是台灣台東縣池上鄉的一條農道。因為成為「伯朗咖啡」廣告的取景地,知名度迅速上升,被稱為「綠色天堂之路」。路旁沒有電線桿,可以真切地感受到廣闊綠意的稻田風景。通過「迎風而笑」的擬人化手法,描繪了遍布視野的金色稻穗隨風起伏,呈現出豐盈的「稻浪」的景象。
伯朗大道の風迎へ笑ふ稲の波
鄭如絜
〔永田満徳評〕
「伯朗大道」は台湾台東県池上郷にある農道。「伯朗咖啡」の広告のロケ地となったことで一気に知名度が上がり、「緑の天国の道」と呼ばれている。路傍には電信柱もなく、広大な緑の水田の風景を真に感じることができる。「風迎へ笑ふ」という擬人化によって、見渡す限り、金色の稲穂が豊かに波立つ「稲の波」の様子がよく描かれている。
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Facebook「華文俳句社」 〜【俳句界】2024年8月号〜

2024年07月27日 01時37分10秒 | 華文俳句
俳句大学国際俳句学部よりお知らせ!
 
Facebook「華文俳句社」
〜【俳句界】2024年8月号〜
 
◆2024年『俳句界』8月号が発行されました。
◆華文圏に俳句の本質かつ型である「切れ」と「取り合わせ」を取り入れた二行俳句を提唱して行きます。
◆2020年1月からは月刊『俳句界』に「華文俳句」の秀句を連載しています。
◆どうぞご理解とご支援をお願いします。
 
俳句大學國際俳句學部的通知!
 
~Facebook 「華文俳句社」Kabun Haiku 2024・8〜
 
◆2024年『俳句界』8月號已出版。
◆於華文圏提倡包含俳句的基礎「一個切」和「兩項對照組合」的二行俳句。
◆請各位多多支持指教。
 
 
華文俳句【俳句界】2024,8月号
永田満徳選評・洪郁芬選訳
 
三叉口說故事
石敢當
蕎禾
〔永田満徳評論〕
「石敢當」是台灣夏天的季語。古代人相信寫有「石敢當」字樣的石碑能驅散不祥之氣。這些石碑被置放在巷口或重要通道前的房屋旁,用來保護免受災害侵害。描寫有石碑的「三叉路」成為台灣人休憩的場所,人們在那裡談笑風生,不知不覺地度過時光,這一幕生動地展現了台灣的景象。
三叉路で語る話や石敢當
蕎禾
〔永田満徳評〕
「石敢當」は台湾の夏の季語。古代の人々は「石敢當」と書かれた石碑が不吉な気を追い払ってくれると信じていた。路地の入口や重要な通路に面した家の前に置かれ、災害から守るために使用された。石碑のある「三叉路」が台湾の人々の憩いの場所であることを示し、とりとめのない話に興じて時間が過ぎるのも忘れている情景をよく描いている。
 
梅雨
陳列沙發一家人
鄧紹佳
〔永田満徳評論〕
梅雨季節的日子,連續不斷的雨讓人出門變得相當困擾。即使要外出,也多半是在購物中心或室內裝飾店裡消磨時間。這段描述了一個家庭聚在室內裝飾店的展示沙發上,試坐著感受舒適度,或者休息的場景。即使是在梅雨季節,也展示了家人可以一起享受的生活方式範例。
梅雨の日や展示ソファーに座る家族
鄧紹佳
〔永田満徳評〕
「梅雨の日」は降り続く雨の中、外出するのが億劫になる。外出するにしても、ショッピングモールやインテリアショップで時間を過ごすことが多くなる。「家族」揃って、インテリアショップの「展示ソファー」で、座り心地を試してみたり、休息をしたりしている情景。梅雨の時期であっても、家族で楽しめる過ごし方の一例を示している。
 
藝陣踩街
龍王祭
黃士洲
〔永田満徳評論〕
「龍王祭」是台灣夏季的季節活動,指的是在端午節期間在鹿港舉辦的「龍王祭典」。當天,會迎接「龍王尊神」,由本地的表演團隊和藝陣隊伍隨同著十艘龍舟進行巡遊。表演團隊會向龍山寺的龍王尊神和同天后宮的水仙尊王表示敬意,然後向競技場進發,呈現出精彩而美麗的端午節活動場景。
芸陣のするパレードや龍王祭
黃士洲
〔永田満徳評〕
「龍王祭」は台湾の夏の季語で、端午節に行われる鹿港の「龍王祭典」のこと。当日、「龍王尊神」をお迎えし、県内の芸陣チームとパフォーマンスチームが10艘のドラゴンボートとともに巡礼する。「芸陣チーム」が龍山寺の龍王尊神と同天后宮の水仙尊王を敬って、競技場に向かう華やかにして美しい端午の行事がうまく切り取られている。
 
 
 
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俳句のレトリックとは何か 「策略風新聞網」

2024年02月18日 20時36分22秒 | 華文俳句

「策略風新聞網」よりお知らせ!

 〜  俳論掲載さる  〜

※洪郁芬氏(訳)の紹介で、台湾の「策略風新聞網」に拙論「俳句はレトリック」が掲載されました。
※「策略風新聞網」とは、日本の産経新聞のネット版のようなもので、その「文芸欄」です。
専門知識を活かし、台湾を知恵の島にするために、知識共有のプラットフォームです。
※お読み頂ければ幸いです。

【本文】

俳句のレトリックとは何か
 永田満徳
 
「文学の森大賞」の第一次選考委員である望月周が私の第二句集『肥後の城』(文學の森、2021年)について、「心の表現に適う修辞を自覚的に探りながら、郷土・熊本への熱情を多彩な詩に昇華しており、強い印象を残す。」と述べて、『肥後の城』における「修辞」(レトリック)の効果を高く評価している。
私は『俳句界』2023年5月号で「文学の森大賞」受賞について言及した際、「夏目漱石の言葉とされる『俳句はレトリックの煎じ詰めたもの』に倣い、連想はもとより、オノマトペ・擬人法・同化などを駆使して、多様な表現を試みました。」と書いているだけに、望月周の選考評は私にとって非常に満足のいくものであった。
 
私は代表を務める「俳句大学」で、講師として選句も担当してきた。私が提示した兼題には必ずオノマトペが含まれているので、当然、『肥後の城』においてはオノマトペを使った俳句が多くなる。
 
今村潤子は『火神』第75号の「特集 永田満徳句集『肥後の城』」のなかで、
 
春昼やぬるんぬるんと鯉の群
 
しやりしやりと音まで食らふ西瓜かな
 
を取り上げて、「擬声語、擬態語が大変旨く表現されている。このようなオノマトペを使った句は他にもあるが、そこに作者の詩人としての感性が匂ってくる。」と述べている。
また、『肥後の城』第四章の「大阿蘇」のなかの、
 
ぐらぐらとどんどんとゆく亀の子よ
 
という句の場合、一句の中に「ぐらぐら」と「どんどん」というオノマトペを使うことによって、「左右に揺れながら一心に進んで行く」といった複雑な内容の長い文章を五七五の短い表現にできる。
オノマトペは世界一短い定型詩である俳句にとって非常に効果的であると考えてよい。
 
続いて、比喩は、譬えとも言うが、何かを表現したり伝えたりする際に、あえて他の事柄にたとえて表現する技法のことである。今村潤子は同じく「特集 永田満徳句集『肥後の城」において、
 
春の雷小言のやうに鳴り始む
 
熱帯夜溺るるごとく寝返りす
 
を取り上げて、「一句目は、春の雷は夏の雷と違ってごろごろと弱く鳴っている。その様を『小言のやうに』譬えた所、二句目は寝苦しい熱帯夜に輾転反側している様を『溺れるように』と譬えた所に、熱帯夜が唯ならぬものであることが感受できる。」と述べて、「譬えが句の中で精彩を放っている」と指摘している。
比喩は当たり前の表現をおもしろくしたり、分かりにくいものでも分かりやすくしたりする利点がある。
 
更に、擬人化について触れると、『肥後の城』の第一章の「城下町」だけでも多く取り出せる。
 
いがぐりの落ちてやんちやに散らばりぬ
 
「いがぐり」があちらこちらの散らばって落ちている様を詠んだもので、人間以外の「いがぐり」を「やんちや」坊主という人間に見立てた句である。
擬人化の句は別の一句では次の通りである。
 
極月の貌を奪ひて貨車通る
 
擬人化は意外性のある句を作ることのできる魅力的な手法であるとともに、わかりやすさ、納得しやすさという点で修辞法の代表といえる。
 
最後に象徴であるが、象徴は抽象的な思想・観念をわかりやすく、別の具体的な事物によって理解しやすい形で表現する方法である。
例えば、
 
こんなにもおにぎり丸し春の地震
 
「おにぎり」を「真心」といった具合に、物と人間の深奥とを重層的に表現していると言うことができる。
物そのものを詠むのが俳句の骨法であるが、象徴は具体的でありながら抽象的な概念を詠み込むことができる象徴化という表現技法は「俳句のレトリック」の極北である。
 
「俳句のレトリック」は言葉の力を最大限に引き出すための表現手法として重要な役割を果たす。レトリックは俳句という短詩型にとって有効な表現手段である。俳句は究極的には「レトリック」の固まりと言ってよい。作者の意図、感動を正しく読者に伝え、共感を得るために、もっと積極的に取り入れてよいのではないか。

 

https://strategicstyle.org/popustyle-8371/202406/

 

永田満徳
1954年日本の人吉市生まれ。 熊本大学大学院修了。俳人協会幹事、日本俳句協会副会長、俳人協会熊本県支部長。俳誌「火神」主宰、俳句大学学長、俳誌「秋麗」同人。著書に句集『寒祭』(2012・9・27発行)。第二句集『肥後の城』(2021・9・27発行)で「文學の森大賞」受賞。

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〜Facebook「華文俳句社」〜 〜【俳句界】2022.5月号〜

2022年04月29日 01時40分18秒 | 華文俳句

俳句大学国際俳句学部よりお知らせ!

〜Facebook「華文俳句社」〜
〜【俳句界】2022.5月号〜

◆2022年『俳句界』5月号が発行されました。
◆華文圏に俳句の本質かつ型である「切れ」と「取り合わせ」を取り入れた二行俳句を提唱して行きます。
◆東北公益文科大学教授の呉衛峰氏、台湾詩人の洪郁芬氏を中心として、マレーシア詩人の趙紹球氏、台湾詩人の郭至卿氏の四人が2018年にFacebookグループ「華文俳句社」を立ち上げました。
◆2018年11月1日には、華文俳句社の四人による二行書きの華文俳句の合同句集『華文俳句選』(醸出版)が刊行されました。
◆ 二行俳句の個人句集では、洪郁芬氏が『渺光乃律』(2019、10)を〔華文俳句叢書1〕として、郭至卿氏が『凝光初現』(2019、10)を〔華文俳句叢書2〕として、次々に刊行しています。
※全季節を網羅した、世界的にも画期的な「歳事記」が2020年10月に発行されました。これで季重なりの問題が解消されるでしょう。
◆さらに、2020年1月からは月刊『俳句界』に「華文俳句」の秀句を連載しています。
◆2020年『俳句界』3月号の特別レポートにおいて、「熊本大学」で呉衛峰氏が行ったラウンドテーブル「華文俳句の可能性」の報告が8頁に渡って掲載されました。
◆どうぞご理解とご支援をお願いします。

俳句大學國際俳句學部的通知!

~Facebook 「華文俳句社」Kabun Haiku  2022・5〜

◆2022年『俳句界』5月號已出版。
◆於華文圏提倡包含俳句的基礎「一個切」和「兩項對照組合」的二行俳句。
◆2018年12月1日已出版華文俳句的合著,『華文俳句選』。
◆2020年『俳句界』3月號以八頁的篇幅特別報導了於「熊本大學」舉辦的「華文俳句の可能性」座談會。
◆請各位多多支持指教。

華文俳句【俳句界】2022,5月号

永田満徳選評・洪郁芬選訳


夫婿三代相似的穿著
春節

雨靈
〔永田満徳評論〕
春節是從陰曆的正月元日持續到正月五日。台灣的原住民有民族服裝和傳統衣著,於每年定例的活動或祭典中穿著。大年初二是已經出嫁的女兒回娘家的日子。這首俳句描寫家人三代聚集一起,穿著相似的衣服,大夥兒一同慶祝新年的情景。春節中相聚,能聯絡感情,使家庭關係親密。而本俳句也勾勒出重視傳統的台灣習俗,饒富趣味。

三代の揃ひの服やお正月

雨靈
〔永田満徳評〕
春節は旧暦正月の元日から5日までを指す。台湾の原住民族には民族衣装・伝統衣装があり、行事やお祭りのときに着用する。2日は嫁いだ娘が実家に帰る習慣がある。「三代」の親族がうち揃い、「揃ひの服」を着て、正月を祝っている情景であろう。「春節」に集う家族の絆が窺え、また伝統を重んじる台湾の習俗が描き出されて、興味深い。


裝滿星星的石滬
桜鯛

胡同
〔永田満徳評論〕
「石滬」是一種利用潮汐的傳統陷阱式漁法,在退潮時捕捉殘留於石滬的魚。心型的石滬是很普遍的,然而,如果魚群裡參雜了一尾「櫻鯛」,一天的風景就有所不同了! 試圖用手去捕捉時,逃跑的櫻鯛五顏六色的輝映著月光,美麗的粉紅鱗片閃閃發亮,伴隨著四周灑在水面上的星光點點。

桜鯛星いつぱいの石滬

胡同
〔永田満徳評〕
「石滬(シーフー)」は潮の満ち引きを利用した仕掛け。潮が引いた時に石滬のなかに取り残された魚を捕まえる。石滬はハート型が一般的であるが、その中に「桜鯛」が混じっていたのである。手づかみで捕えようとすると、逃げ回る桜鯛の色鮮やかで、きれいなピンク色に染まった鱗のきらめきとともに、水面に映った星のきらめきが美しく切り取られている。


父親初戀的記憶
櫻花

明月
〔永田満徳評論〕
屬於亞熱帶的台灣,櫻花季大約是一月下旬至三月中旬之間。島上栽植的櫻花種類,除了從日治時期以來的品種之外,還有台灣特有的櫻樹,和日本與台灣混種的櫻花樹。作者賞櫻,忽然想到父親的初戀,和種種關於櫻花的回憶。藉由與櫻花的兩項對照組合,思索父親的羅曼史,也是思念父親的一種表現,並使我們窺見親子之間的緊密聯繫。

初恋の父の記憶や桜花

明月
〔永田満徳評〕
亜熱帯の台湾では、桜の見ごろは1月下旬から3月中旬である。台湾固有のものから日本統治時代に植樹されたものや日本と台湾の掛け合わせの品種が見られる。「桜」を見て、「父」の「初恋」と「桜」にまつわる話を想い出したのだろう。桜との取合せによって、父のロマンに心を寄せ、父を偲んでいる子の姿が浮かび上がってくる。親子の絆の強さを詠んでいて、心温まる。

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〜Facebook「華文俳句社」 【俳句界】2021.9月号〜

2021年08月25日 21時03分20秒 | 華文俳句

俳句大学国際俳句学部よりお知らせ!

〜Facebook「華文俳句社」 【俳句界】2021.9月号〜

◆2021年『俳句界』9月号が発行されました。

◆華文圏に俳句の本質かつ型である「切れ」と「取り合わせ」を取り入れた二行俳句を提唱して行きます。

◆東北公益文科大学教授の呉衛峰氏、台湾詩人の洪郁芬氏を中心として、マレーシア詩人の趙紹球氏、台湾詩人の郭至卿氏の四人が2018年にFacebookグループ「華文俳句社」を立ち上げた。

◆2018年11月1日には、華文俳句社の四人による二行書きの華文俳句の合同句集『華文俳句選』(醸出版)が刊行されました。

◆ 二行俳句の個人句集では、洪郁芬氏が『渺光乃律』(2019、10)を〔華文俳句叢書1〕として、郭至卿氏が『凝光初現』(2019、10)を〔華文俳句叢書2〕として、次々に刊行しています。ついに、全季節を網羅した、世界的にも画期的な「歳事記」が2020年10月に発行されました。これで季重なりの問題が解消されるでしょう。

◆さらに、2020年1月からは月刊『俳句界』に「華文俳句」の秀句を連載しています。

◆2020年『俳句界』3月号の特別レポートにおいて、「熊本大学」で呉衛峰氏が行ったラウンドテーブル「華文俳句の可能性」の報告が8頁に渡って掲載されました。

◆どうぞご理解とご支援をお願いします。

 

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~Facebook 「華文俳句社」Kabun Haiku 2021・9〜

◆2021年『俳句界』9月號已出版。

◆於華文圏提倡包含俳句的基礎「一個切」和「兩項對照組合」的二行俳句。

◆2018年12月1日已出版華文俳句的合著,『華文俳句選』。

◆2020年『俳句界』3月號以八頁的篇幅特別報導了於「熊本大學」舉辦的「華文俳句の可能性」座談會。

◆請各位多多支持指教。

華文俳句【俳句界】2021,9月号

永田満徳選評・洪郁芬訳

慢鵝

  •  

河濱單車上的口哨曲

夏至

〔永田満徳評論〕

「夏至」正值梅雨季節,此時的好天氣可以說是梅雨晴間的片刻,映在河面上的藍天格外耀眼。作者騎著「單車」在綿延的「河岸」漫遊,不禁心曠神怡的吹起口哨,吹出喜歡的歌曲。不慌不忙的,看著自己欣賞迎面而來的風,並記錄此情景。

 

慢鵝

  •  

河岸に自転車の口笛曲

夏至

〔永田満徳評〕

「夏至」は梅雨のさなかにあり、その頃の晴天は梅雨の晴れ間といってよく、川面に映る空の青さは際立ってまぶしい。長く伸びた「河岸」を「自転車」に乗り、散策しているのである。あまりの心地よさにお得意の「口笛」で、好きな「曲」を吹きながら、急ぎこともなく、向かい風を楽しでんいる様子をうまく切り取っている。

 

 

雨靈

  •  

新秀男星的寸頭造型

炎天下

〔永田満徳評論〕

作者或許是在街頭碰見正在拍攝動作片的場景。聽著導演大聲的訓斥,「新秀男星」依舊有些笨手笨腳,卻十分賣力地演出。「寸頭造型」在「炎天下」更顯露青年人活潑瀟灑的特質,構成清爽的一個畫面。

 

雨靈

  •  

新米の男タレントのスポーツ刈り

炎天下

〔永田満徳評〕

アクションドラマの路上撮影であろうか。監督の怒声を浴びながら、「新米の男タレント」がまだぎこちない動作であるが、一生懸命に演技をしているのである。「スポーツ刈り」という頭髪に注目しているところがよく、「炎天下」あればあるほど、溌剌として、颯爽とした元気のよい青年の動きが見て取れる。

 

 

鄭如絜

  •  

被禁足的少女

風鈴

〔永田満徳評論〕

少女可能被迫居家隔離,以防止新冠狀病毒傳播,或是被家長懲罰而不准外出。在掛著風鈴清涼聲響的房間裡,一個哪兒都去不了的女孩一個人在玩耍。與「風鈴」的兩項對照組合很好,有讓讀者想像「女孩」所處的環境和情境的效果。

 

鄭如絜

  •  

外へ出るのを禁止された少女

風鈴

〔永田満徳評〕

新型コロナウイルス拡大防止のために自宅待機を余儀なくされているのであろう。あるいは、罰として外出を禁止されているのか。吊るされた風鈴が涼しげに鳴る部屋で、どこへも行けない少女が一人遊びをしているのである。「風鈴」との取合せがよく、読み手に「少女」の置かれた環境や状況を想像させる効果がある。

 

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