【永田満徳(みつのり)】 日本俳句協会会長代行 俳人協会幹事 俳人協会熊本県支部長 「文学の森」ZOOM俳句教室講師

「火神」主宰 「俳句大学」学長 「Haïku Column」代表 「秋麗」同人 未来図賞/文學の森大賞/中村青史賞

句集『肥後の城」 文學の森大賞受賞

2023年04月15日 06時31分00秒 | 句集
熊本地震で感じた人の真心「こんなにもおにぎり丸し春の地震」…復興願う句集に文学賞
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第二句集『肥後の城』

2021年10月15日 07時39分23秒 | 句集

第二句集『肥後の城』

著 者:永田満徳

発 行:令和3年9月27日

発行所:文学の森

定 価:2970円

            

【帯文】

      奥坂まや

阿蘇越ゆる春満月を迎へけり

永田満徳さんは熱情の人だ。

その熱情は、生涯の道として邁進する文学に対しても、自然も人情もおおらかな家郷に対しても、力強く燃え上がっている。

満徳さんの愛してやまない肥後の雄大な天地は、近年、地震と水害という災厄に見舞われた。この句集は、傷ついた故山に捧げる、ひたむきな思いの披瀝に他ならない。

 

自薦十五句

阿蘇越ゆる春満月を迎へけり

この町を支へし瓦礫冴返る

さへづりのつぶだちてくる力石

曲りても曲りても花肥後の城

こんなにもおにぎり丸し春の地震

水俣やただあをあをと初夏の海

一夜にて全市水没梅雨激し

本震のあとの空白夏つばめ

骨といふ骨の響くや朱夏の地震

大鯰口よりおうと浮かびけり

半球はつかめぬかたち天道虫

不知火や太古の船の見えてきし

天草のとろりと暮れぬ濁り酒

大鷲の風を呼び込み飛びたてり

巌一つ寒満月を繋ぎ止む

※地震=なゐ

 

             永田満徳

城下町

 

肩書の取れて初心の桜かな

さへづりのつぶだちてくる力石

梅園やいつしか人の増えてゐし

水俣やただあをあをと初夏の海

あぢさゐの犇き合ひて無音なり

縄文はかくもおほらか大賀蓮

御田植果てつややかな飯を盛る

川狩や足腰流されさうになり

衣擦れのして運ばるる夏料理

塩振つて塩の振りすぎ夏の昼

素足下駄薬害を説く薬剤師

我が一生蟻の一生に及ばざる ※一生(いとよ)

教へ子に白髪のありぬ秋初

残暑の身軸のはづるるごと座せり

糸瓜忌の師も弟子もなき句会かな

暗がりに憩ふ店番地蔵盆

月光や阿蘇のそこひの千枚田

一点を見つめてゐたる案山子かな

風あればさすらふ心地ゑのこ草

石ころが御本尊にて薄紅葉

いがぐりの落ちてやんちやに散らばりぬ

てふてふに晩秋の日の重きかな

立冬や大丼の男飯

極月の貌を奪ひて貨車通る

北風に御身大事と踏み出しぬ

ストーブの触れたき色になりにけり

前の世の風に吹かるる冬の鴫

みづからを叱るごとくに咳込みぬ

冬籠あれこれ繋ぐコンセント

毛糸編む妻の横顔すなほなる

年の瀬や雑誌の文字の裏写り

髭剃りて髭残りたる師走かな

百夜より一夜尊し大晦日

風を呼び風に従ひ凧上がる

どんどの火灰になるまで息づけり

薄氷の縁よりひかり溶けてゆく 

生垣に鳩潜り込む雨水かな

差しきたる日に応へむと梅の花

縄文の血筋を引きて独活囓る

愚痴ひとつなかりし母よ紫木蓮

南朝につきし一族桜狩

城といひ花といひ皆闇を負ふ

城下町みづうみのごと霞みけり

藤房の一つ揺るるや百揺るる

手を打つて笑ひ飛ばせば梅雨開くる

空蝉の生の証しを残したり

あめんぼのながれながれてもどりけり

熊蟬のここぞとばかり鳴きはじむ

大波に攫はるるごと昼寝かな

さつきまでつぶやきゐたるはたた神

黙すまで聞き役となる涼しさよ

象の鼻地に垂れてゐる残暑かな

一踊りして歩をすすむ阿波踊

良夜なり音を立てざる砂時計

秋の鯉おのれを食らふほどの口

いつまでも身に添ふ秋の影帽子

コスモスや阿蘇からの風吹くばかり

オートバイ落葉の道を広げたる

ペンシルの芯折れやすき夜学かな

仮名書きを習ふにいろは冬うらら

手袋のひとつは犬の散歩用

路地に出でおのれに戻る寒さかな

悴みて身の置き所なき世かな

鶴の声天の一角占めにけり

 

肥後の城

 

曲りても曲りても花肥後の城

花筏鯉の尾鰭に崩れけり

田原坂肩にぽたりと落花かな

菜種梅雨句読点なき江戸の文

受け入るるごと白木蓮の咲き始む

予後のわれ妻に遅れて青き踏む

ふるさとは橋の向かうや春の空

風船の行方知れずを良しとせる

死に至る烈士の意志や樟若葉

さみだれの音だりだりとわが書斎

荒梅雨や呵呵大笑の喉仏

梅雨深しこの話どう収めんか

喉元に居着くものあり夏の風邪

肌よりも髪に付く雨アマリリス

そこら中騒がしくなる夕立かな

父の日や望郷子守唄吟ず

炎暑なり行く先々に停止線

我が影を刻印したる大暑かな

助手席の西瓜のごろんごろんかな

天草のとろりと暮れぬ濁り酒

照紅葉墓域というて墓はなく

月冴ゆる橋の名ごとにバス停車

現し身の捨てどころなき寒さかな

冬深し土間が売場の蒟蒻屋

耳元で北風鳴れり田原坂

起きぬけの肩の強張り三島の忌

年迎ふ裏表なき阿蘇の山

左義長の余熱に力ありにけり

寒鯉や黒透くるまで動かざる

人混みを肩に分けゆく寒さかな

落葉踏む音に消えゆく我が身かな

春昼の鯉めくるめく渦なせる

蝌蚪生まるどれがおのれか分かぬまま

をんどりのさとき鶏冠や花なづな

過去のごと山重なりて夕霞

みちのくのやはらかきいろ花林檎

こんなにもおにぎり丸し春の地震

新緑や湯に流したる地震の垢

霾天に遍満したるヘリの音

余震なほ耳元で鳴く遠蛙

春の夜やあるかなきかの地震に酔ふ

「負けんばい」の貼紙ふえて夏近し

新緑や湯に流したる地震の垢

地震の地を逃れて風の菖蒲なる

あれこれと震度を語る芒種かな

体感で当つる震度や夜半の夏

夏蒲団地震の伝はる背骨かな

骨といふ骨の響くや朱夏の地震

本震のあとの空白夏つばめ

石垣の崩れなだるる暑さかな

紫陽花や壊れしままの道祖神

舟ほどの万葉の島濃紫陽花

脱稿の後の気だるさ螢飛ぶ

じんわりと夜の迫り来る蜥蜴かな

この川を上りて来たる鰻食ふ

肩肘を挙げて清水を飲みにけり

昼寝覚われに目のあり手足あり

ぱさぱさの鶏の胸肉夏の風邪

争ひの双方黙る扇風機

熱帯夜溺るるごとく寝返りす

見送ればそこに香水残りけり

慰霊の碑も埋立の地も灼けてをり

首を灼く日差しが痛し敗戦日

竹の春これより先はガラシャ廟

居住地が震源地なる夜長かな

わが身より家鳴動す夜半の秋

身に入むや被災の城に鴉舞ふ

突出しの芋煮をつつく文学論

秋風や片手を挙ぐる師の遺影

略歴に転向のこと秋深し

日田往還中津街道彼岸花

あけぼのの音とし残る虫の声

秋うららデモの後尾に乳母車

戸を揺らし鍵を掛くるや年の暮

灯を点けて常の机や漱石忌

悴みておのれに執すばかりなる

湯気に入り湯気に沈みて初湯かな

喧嘩独楽手より離れて生き生きと

 

花の城

 

夭折にも晩年のあり春の雪

学究はものに語らす梅真白

制服をどさりと脱ぐや卒業子

阿蘇越ゆる春満月を迎へけり

石垣のむかう石垣花の城

しろがねの鬢をととのふ花の宵

筆名は下宿の地名燕来る

春昼やぬるんぬるんと鯉の群

揚雲雀古墳一つに人ひとり

どら焼きの一個をあます暮春かな

おのづから螢見る眼となりにけり

ひたひたと闇の満ちくる螢かな

今といふ時のいただき古代蓮

扇風機語り掛けたくなるときも

尺取の身も世もあらぬ身を上ぐる

かたつむりなにがなんでもゆくつもり

蛇の滑り泳ぎとなりにけり

白鷺のおのれの影に歩み入る

母校とはただ炎天のグラウンド

あんな人こんな人ゐる涼しさよ

フランスは遠しされども秋隣

寝るまへの水を一気に原爆忌

処暑の身を任せてゐたり心電図

あぶれ蚊の寄る弁慶の泣きどころ

ひとしきり残る虫とは知らず鳴く

蓑虫の蓑は防備か無防備か

満月や地の電柱の生々し

宵闇を誘ひだしたる踊かな

掛声の空に伸び行く秋祭

夜半の秋頬を撫づれば顔長し

庭一杯菊を咲かせて老いにけり

霧晴れて牛は牛たるさまで立つ

満ち足りて釣瓶落しの山仰ぐ

破蓮やところどころに雲映す

滝の水涸れなんとして白刃なす

対岸はバテレンの島枇杷咲きぬ

母のあと追ふごと銀杏落葉舞ふ

手袋の片方はづし道示す

追はざれば振り返る猫漱石忌

全身に広がる寺の寒さかな

ストーブを消して他人のごとき部屋

忘年の貌引つさげて来たりけり

復興の五十万都市初日差す

朝日差す富士のごとくに鏡餅

声大き人来て揃ふ四日かな

寒晴や手で物を言ふ写楽の絵

寒風にぼこぼこの顔してゐたり

引く波に心預けて冬終る

春立つや色刷に凝る広報紙

北斎の波の逆巻き寒戻る

春の雪いづれの過去のひとひらか

群をなすことを力に鶴引けり

春望の山ふところの我が家かな

玄関の紙雛へ声掛けて出づ

この町を支へし瓦礫冴返る

春の雷小言のやうに鳴り始む

青潮にこぼるる万の椿かな

花見茣蓙退職の人真ん中に

やけにまた礼儀正しき新社員

一振りの音の確かな種袋

春筍の目覚めぬままに掘られけり

身ほとりに煙のやうな春蚊かな

睦五郎飛び損ねたる顔なるよ

うつし世やなんじやもんじやの花ざかり

我もまた闇のひとつや螢舞ふ

蓮咲いて古代の空を近しうす

ひつじ草太古のひかりそのままに

手足より苗立ちあがる御田祭

湧き消ゆる雲のはぐくむ植田かな

片蔭に己が影押し込めてゐる

半球はつかめぬかたち天道虫

炎昼や身体遅れて坂下る

交差点大暑の人の動き出す

大阿蘇の地霊鎮むる泉かな

立秋やどの神となく手を合はす

新涼や妻へ真珠のイヤリング

しやりしやりと音まで食らふ西瓜かな

ぱつくりと二百十日の噴火口

秋雲を束ねてゐたる阿蘇五岳

天高し浦に潜伏キリシタン

秋の風石積み上げて墓碑とせる

余震なほ闇を深めて虫鳴けり

とんばうのとんばうを追ふ汀女の忌

コスモスの揺れては空の蒼ざめる

そこここに父の足音栗拾ふ

波のごと祈りは絶えず秋夕焼

街の灯の一つに我が家秋の暮

紅葉かつ散ることごとく殉死の墓

墓守といふ生涯や冬日向

原城址火箭のごと降る冬の雨

丘一つなべて貝塚冬うらら

木偶人形もんどり打つや初時雨

葉牡丹の客より多く並びをり

炭つぐや後ろ楯なき立志伝

風呂吹や尾鰭のつきし艶話

遠き人ほど偲ばれて賀状書く

三日はや地震に揺れたる書斎かな

ぱんぱんに鞄に詰めて初仕事

初句会まづは叙勲を言祝ぎぬ

ペンギンのつんのめりゆく寒さかな

大寒のひとかたまりの象の糞

沖よりの朝日を浴びて寒稽古

巌一つ寒満月を繋ぎ止む

 

 大阿蘇

 

髭をのみ思ひ髭剃る寒の明

鶏小屋の鶏出払つて梅咲ける

白梅のひかりあふれてこぼれなし

梅東風や祠に至る幟旗

紙雛を置きて定まる目の高さ

とんとんと日の斑を畳む花筵

釣つてすぐ魚を放つや山桜

廃校は島のいただき花朧

やどかりの抜けさうな殻引きずりて

てふてふのくんずもつれつもつれざる

うららかや豚はしつぽをふりつづけ

薩摩芋ほかつと割つて昭和の日

三方の山をしたがへ紫雲英咲く

消ゆるまで先を争ふ石鹸玉

すかんぽや磁石引きずり砂鉄採る

観音の千手が満つる暮の春

甕棺に全身の骨若葉光

螢火のぼとりと草へ落ちにけり

切々と犬の遠声梅雨兆す

大阿蘇は神のふところ植田波

水源は阿蘇の峰々通し鴨

一条のひかりの鮎を釣りにけり

いかづちのとよもしわたる肥後平野

とんばうの骸は風となりにけり

老犬の背より息する残暑かな

野分あと雲は途方にくれてゐる

大阿蘇を踏石として月昇る

秋の雨地にあるものは音立つる

マーラーのホルンに浸る夜長かな

鞄より賞状の筒豊の秋

宴果てて夜寒の顔を持ち帰る

どんぐりの落ちしばかりの光かな

全学年つらぬく廊下銀杏散る

時に住む時計店主や鳥渡る

芒原けものになって駆けようか

ひとしきり煙りて阿蘇の山眠る

喝采を浴ぶるごとくに日向ぼこ

犬逝くや遊びし庭に冬の雨

雪降るや茅葺厚き阿弥陀堂

復興のマンション並ぶ初景色

初鴉祖父の声して過りけり 

四日はや喪帰り妻の割烹着

成人の日の城を遠まなざしに

稜線を残して寒のくれゆけり 

今は亡き犬の首輪や日脚伸ぶ

春雷や自殺にあらず諫死なり  

庭に出て風と語らふ卯月かな 

自宅待機守宮いつぴき友として

菖蒲湯に沈み明日をうたがはず

日の本の空を広げて田水張る 

田植して健やかとなる峡の風

入梅のみぎりと書いて筆を擱く

一夜にて全市水没梅雨激し

身一つもて元気と出水の故郷より

出水川高さ誇りし橋流る

梅雨出水避難の床にぬひぐるみ

雨音にけふも出水の悪夢かな

むごかぞと兄の一言梅雨出水

われもまた災害死かも梅雨出水

前触はいつも雨音戻り梅雨

首もたげ太古をのぞく蜥蜴かな

大鯰口よりおうと浮かびけり

逢ふための峠越えなり濃紫陽花

起き抜けの腕立伏せや土用太郎

雨垂の落し子なるや青蛙

逸れさうで逸れぬ泳ぎや源五郎

ぐらぐらとぐんぐんとゆく亀の子よ

母方の祖先は与一夏の海

ふるさとの夢の底より昼寝覚

狙ひうちしたるやうなる夕立かな

戦死者に敵味方なし日の盛

もぞもぞとなんの痛みか長崎忌

あの世より来て飛び去りぬ鬼蜻蜓

鰓呼吸したき残暑の夜なりけり

不知火や太古の舟の見えてきし

阿蘇五岳まづ野分雲懸かりけり

見慣れたる山の大きや台風過

食前酒かつ月見酒阿蘇の宿

ゆつたりと波打ちてをり月見舟

庭石の息ひそめゐる既望かな

音聞くは音との対話添水鳴る

秋ざくら日差しも風も味方して

こほろぎやじつくり絞る歯磨粉

夜学果て居残りの子の机拭く

初紅葉廃寺の鯉の古色なる 

縦横に風あそばせる尾花かな

雲は日を包み離さず芒原

カンナ燃ゆ民家になじむ天主堂

鯊跳ねて雲一つなき有明海

指につく粘着テープ憂国忌

どこまでもゆける心地に落葉踏む

青空を恋ふるかたちや冬木の芽

秘蔵つこのやうなる青さや龍の玉

大鷲の風を呼び込み飛びたてり

湯たんぽやぽたんぽたんと音ひびく

庭落葉ときをり掃くも余生かな

大根干す海のけはひの西の空

冬麗のどこからも見ゆ阿蘇五岳

阿蘇見ゆる丘まで歩く師走かな

阿蘇五岳雲の波打つ淑気かな

寒日和窓てふ窓に阿蘇五岳

 

あとがき『肥後の城』

平成二十八年四月十四日夜と十六日の未明に、最大震度七を観測する地震が発生した。多数の家屋倒壊や地盤沈下など、熊本県内に甚大な被害をもたらし、「平成二十八年(2016年)熊本地震」と命名された。熊本城は至る所で石垣が崩れ、天守閣の鯱も落下した。熊本のシンボルである熊本城の崩壊は目を覆うばかりで、図らずも涙がこぼれた。

令和二年七月四日、未明から朝にかけて、熊本県南部を集中豪雨が襲い、球磨川が氾濫し、土砂崩れや浸水被害が多数発生した。人吉市は、市街地を中心に広範囲にわたって浸水や冠水が発生した。一夜明けた五日、高校卒業まで過ごし、見慣れていた市内の景観は一変していた。故郷を離れて、四十数年経っても、人吉の惨状は他人事ではなかった。

震災は句集『肥後の城』の成立に大きな影響を与えた。熊本城を悼む気持を句集の題にして、熊本地震の句を起承転結の〈転〉の部分に当てるつもりで編集を進めていたところ、人吉で大水害が起こり、奇しくも二つの大災害を悼む句集になった。

本書は第二句集である。平成二十四年より令和二年までの八年間の句の中から、三百四十四句を収めた。平成二十四年発行の第一句集『寒祭』が二十五年間の句業を纏め、終生の句集という思いで刊行したのに比して、短期間の句業を収めることとなった。八年間で五千句以上の俳句を残せたのは、「俳句大学」を拠点とした俳句活動の進展によるところが大きい。

「俳句大学」は、「花冠」元主宰の高橋信之氏の発案で、「俳句スクエア」代表の五島高資氏と計らって、インターネット時代の俳句の可能性を探ることを目的に設立し、ネット上に新たな句座を創出した。月一回のインターネットの「俳句大学ネット句会」や毎日、あるいは週一回の Facebookグループの「俳句大学投句欄」などに投句し、講師として選句を担当してきた。今日まで継続して来られたのは、ひとえに「俳句大学」の活動に対するご理解とご支援の賜物である。

『寒祭』の「あとがき」に「夏目漱石の言葉として残っている『俳句はレトリックの煎じ詰めたもの』に倣い、連想はもとより、擬人化・比喩・デフォルメ・空想・同化などを駆使して、多様な俳句を作っていきたい」と書いたが、その気持は今も変わらない。

貴重な帯文を賜った奥坂まや氏に、第一句集刊行後ご指導を仰いだところ、本句集の成立まで懇切丁寧にお導き頂いた。感謝の念に堪えない。

令和二年、約三十三年間在籍した「未来図」は鍵和田秞子主宰が亡くなられたことによって、終刊することになり、現在「秋麗」の藤田直子主宰にお世話になっている。

最後となったが、俳句の縁を結んで頂いた故首藤基澄先生を始めとして、「火神」の今村潤子主宰、句座をともにしている皆様に感謝申し上げる。

句集上梓にあたり、「文學の森」の齋藤春美氏にひとかたならぬお力添えを頂いた。

この先も永く俳句を作り続けてゆきたい。

令和三年七月

永田満徳

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第二句集『春の城』(仮題)!〜最終原稿を送る〜

2021年01月07日 21時50分12秒 | 句集

第二句集『春の城』(仮題)!

 

〜最終原稿を送る〜

 

  • 1月7日、第二句集『春の城』(仮題)を「文學の森」に送りました。
  • 一か月10近くに絞った句を8年間に渡って溜めた1000以上の句の中から、331句に纏めました。
  • 総題「春の城」(仮題)、章題「城下町」「肥後の城」「花の城」「大阿蘇」。
  • 熊本大地震に被災した熊本城、球磨川水害で被害に遭われた故郷人吉の復興を願い、句集刊行に踏み切りました。

 

【熊本地震(なゐ)】

・こんなにもおにぎり丸し春の地震

・新緑や湯に流したる地震の垢

・霾天に遍満したるヘリの音

・余震なほ耳元で鳴く遠蛙

・春の夜やあるかなきかの地震に酔ふ

・「負けんばい」の貼紙ふえて夏近し

・地震の地を逃れて風の菖蒲なる

・あれこれと震度を語る芒種かな

・体感で当つる震度や夜半の夏

・夏蒲団地震の伝はる背骨かな

・骨といふ骨の響くや朱夏の地震

・本震のあとの空白夏つばめ

・石垣の崩れなだるる暑さかな

 

【球磨川水害】

・一夜にて全市水没梅雨激し

・身一つもて元気と出水の故郷より

・梅雨出水高さ誇りし橋流る

・雨音にけふも出水の悪夢かな

 

  • これまでに多くの人、特に俳句大学の皆様にお世話になり、感謝申し上げます。さらに出版に至るまで、お世話になりますが、よろしくお願い申し上げます。

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永田満徳第2句集『春の城』(仮題)令和3年発行予定

2020年08月05日 00時51分47秒 | 句集

永田満徳第2句集(令和3年11月まで)

『春の城』(仮題)

「火神」48号

穗薄や丘が連なり山となる

塩振つて塩の振りすぎ冬隣

衣被いつしか螺旋に生きてゐず

てふてふに晩秋の日の重きかな

いがぐりの落ちてやんちやに散らばりぬ

ストーブの触れたき色になりにけり

数へ日の運動靴に運ばるる

仁王像ロをへの字に冬ざるる

薄氷の縁より光り溶けてゆく

先の世の風に吹かるる冬の鴫

かまきりの日を背負ひつつ枯れてゆく

つかつかと靴音を背に暦果つ

「火神」49号

かしらより歩み始むる春の鳩

白梅を仰ぎ天守を仰ぎけり

梅の花いつしか人の増えてゐし

肩書の取れて初心の桜かな

花筵名残落として折りにけり

肥後椿胸襟開くごとく咲く

さへづりのつぶだちてくる力石

水俣やただあをあをと初夏の海

雨傘を肩に吟行武蔵の忌

溶岩の兀兀深山霧島よ

H25・5

水俣やただあをあをと初夏の海

渓声の四方に包まれ山女魚釣る

たらちねへ想ひを垂らす藤の花

ポケットにレシート一片春愁

清水湧く川は風の通り道

泥濘の足を捉へる虎が雨

雨傘を肩に吟行武蔵の忌

溶岩の兀兀深山霧島よ

H25.6

夏帽子桜島には雲のあり

けふのこときつぱり忘れ髪洗ふ

あぢさゐの重さうでゐて重くなし

あぢさゐの犇き合ひて無音なり

川狩や心許なき下半身

裸婦像のすつくと立ちて夏至の街

梅雨寒や本堆き居間の卓

衣擦れのして運ばるる夏料理

H25.7

あぢさゐの色混じり合ふ峠茶屋

柴犬の妻のとなりに午睡かな

我が一生蟻の一生に及ばざる

睡蓮や日々をやすけく受け入れて

素足下駄薬害を説く薬剤師

縄文はかくもおほらか大賀ハス

阿蘇神社宇奈利の白き御田植

御田植果てつややかなご飯かな

H25・8

熊蟬の朝を待ちたるやうに鳴く

わが庭の蟬と思はば鳴くままに

暑気払ひ夫を笑ひの種として

秋簾一期一会に人行き交ふ

滝の水あらはになりて落ちにけり

草泊見るは星座と聞くは風

暗がりに憩ふ店番地蔵盆

老犬の肋のうごく午睡かな

教へ子に白髪のありぬ秋初

初秋の譜面にはづむ音符かな

H25.9

残暑の身軸のはづるるごと座せり

漣のごとき街騒十六夜

仰ぐにはほどよき高さ立待よ

寝待月旧居のほかはマンション

代々の棚田の畦に彼岸花

糸瓜忌の師も弟子もなき句会かな

月光や阿蘇のそこひの千枚田

一点を見つめてゐたる案山子かな

風あればさすらふ心地ゑのこ草

H25.10

見物のわれを見据ゑて菊人形

久闊を叙するあはひに木の実落つ

秋の鯉おのれを喰らふほどの口

蔦かづら医家にゆだねて枯れにけり

涙腺のゆるぶやすけさ村芝居

火恋し人も恋しと日暮れけり

風をよぶ翼の音や秋の暮

秋灯を消して消えざるコンピュータ

一息で越ゆる畦川天高し

H25.11

立冬や大丼の男飯

食卓のいつもの位置や秋刀魚食ふ

摘み取りし蜜柑の重さ日の重さ

門前の人影冬の立ちにけり

北風に御身大事と踏み出しぬ

石ころが御本尊にて薄紅葉

連句するによき居酒屋や隙間風

極月の貌を奪ひて貨車通る

誕生日花束にある吾亦紅

H25.12

新蕎麦や隣りと同じ音立てて

雑音の混じるラジオや年の暮

齧りつつ髭をふるはす兎かな

創刊の同人誌読む漱石忌

冬晴や大観峰でメガネ拭く

百夜より一夜尊し大晦日

年の瀬や雑誌の文字の裏写り

水鳥の風を抱きて飛びたてり

年惜しむ蘇峰遺愛の印影に

水洟や祖父母も父母も今はなき

みづからを叱るごとくに咳込みぬ

H26.1

風を呼び風に従ひ凧上がる

白鳥の大きく舞ひて戻りけり

年来たる年には勝てぬ年男

冬籠あれこれ繋ぐコンセント

寝入り端湯婆を足で引き寄する

どんどの火灰になるまで息づけり

墓石の窪みに冬日留まりをり

室咲やどすんと坐る固定席

毛糸編む妻の横顔すなほなる

H26.2

水仙や海のむかふに島ひとつ

早春の光集めし潮かな

入口がすなはち出口春寒し

雛飾る一人住まひの一隅に

生垣に鳩潜り込む雨水かな

下萌や犬の散歩は日あるうち

山焼くや世への怒りは怒り呼ぶ

日の差して日に応ふるや梅の花

早春や炭酸水を開けし音

H26.3

縄文の血筋を引きて独活囓る

紫木蓮愚痴一つなき母の忌よ

病棟のスリッパの音春深し

誹謗中傷は無視すること春疾風

もくれんのひらくともなくひらきけり

城といひ花といひ皆闇を負ふ

余生の身よき場所を得て花見かな

南朝につきし一族桜狩

H26.4

山上の雲より白し花の雲

山吹や腰を落として下りをり

消えるともなく消えたるやしやぼん玉

あてなんぞなき猫の子のゆくへかな

藤房の一つ揺るるや百揺るる

初夏の鯉直進を繰り返す

肉離れしさうな痛み鶴引けり

行き着いて遠足の列ととのひぬ

H26.5

郭公や野苺ジャムに口真つ赤

初夏の雨鳥越峠を越えにけり

鰭ばかりひらひらひらと金魚かな

歯応へのよき煎餅や夏初

大波に攫はるるごと昼寝かな

新樹光九九の漏れくる廊下かな

眼鏡を額に畑売る署名麦の秋

列となり渦となる金魚かな

風薫る周遊バスにお城の絵

H26.6

石橋の三つに連なり花菖蒲

揚羽蝶たをやかに翅ひらきけり

咲きほこり傾ぐことなし肥後菖蒲

あめんぼのながれながれてもどりけり

走り梅雨珈琲だけで出勤す

宗不旱終焉の地のみどりかな

あぢさゐに朝の挨拶掛けてみる

つんのめる走り幅跳び信長忌

すずしさよ名刺代りの俳誌なる

野良猫をノラと呼びたる晩夏かな

仏像を拝み藪蚊を喰はれけり

H26.7

古代史は男性上位夏季講座

手を打つて笑ひ飛ばせば梅雨開くる

居酒屋の屋号「けんちゃん」だだちや豆

嫌中と嫌韓雑誌誘蛾灯

夾竹桃飛ばし読みして新聞紙

空蝉や生の証しを残しをく

食ひ込みしショルダーバック炎天下

頂きを崩すよろこび搔氷

H26.8

熊蟬のここぞとばかり鳴きはじむ

手を叩き犬を誘へば藪蚊来る

一円の嵩張る財布秋暑し

逝く夏や窓より海を見るをんな

山繭や俳句の夢は衰えず

黙祷といふ黙認や終戦日

黙すまで聞き役となる涼しさよ

さつさつと手でものを言ふ踊かな

H26.9

象の鼻地に垂れてゐる残暑かな

阿波踊一踊りして歩を進む

虫の音に包まれてゐてふと孤独

けつまづく石もたつとき既望かな

菓子箱を本箱にする子規忌かな

子猫また交通事故死秋深し

秋深し身を投げ出して犬眠る

さつきまでつぶやきゐたるはたた神

良夜なり音を立てざる砂時計

H26.10

こすもすや阿蘇からの風吹くばかり

呑むほどに溺れざる身や秋深し

朝寒や波のごと身に打ち寄する

いつまでも身に添ふ秋の影法師

ペンシルの芯の折れたる夜学かな

潮のごとく寄せくる小言そぞろ寒

晩秋や深々座して指定席

車座にて嬰児を回す秋うらら

夕暮に母を見舞ふや雁の声

H26.11

へたへたと畳に座る秋の暮

小春日や師弟きずなの油絵展

大楠に身を委ねたり蔦紅葉

老犬を抱えて降りる蔦紅葉

先駆けて紅葉散るなり肥後の城

オートバイ落葉の道を広げたる

仮名書きを習ふにいろは冬うらら

群れてゐて向きはそれぞれ浮寝鳥

冬の鯉ぶつかりあうて音のせず

H26.12

噴煙と等しき冬の雲なりけり

購へる銀婚夫婦用炬燵

焼芋の売込みカーと選挙カー

手袋の一つに犬の散歩用

悴みて身の置き所なき世かな

ごとごとと薬缶の音に年詰まる

また一つ閉店の報年詰まる

柚子湯して脇を擽る柚子一つ

触れあひて離れあひたる風呂の柚

寝た切りの人に寄り添ひ暦果つ

年越しの一円貯金音立つる

H27.1

見せ合ひて家族みんなの初御籤

ふるさとの温みのやうな夕焚火

初雀跳ぬるも飛ぶも軽やかに

書初のはじめにのの字ばかりかな

着膨れてら抜き言葉に異和もなく

大寒の身を沈ませて湯を足して

垂幕のはづれてぐしやと冬深し

路地に出でおのれに戻る寒さかな

鐘撞けば胸に響けり寒詣

H27.2

阿蘇の山笑ふ噴煙吐き出して

布切れの箱をはみだす春炬燵

春望や阿蘇の噴煙天を突く

人の影ぽつんと路地に余寒かな

番犬の眠りてをりぬ桃の花

梅の園座して大岩ゆるびけり

春ショールやはらかき風受け流す

鶴鳴いて天の一角占めにけり

春雨や暖色多き広報紙

H27.3

半島の単線の果て春の海

あてもなき遊行に出でし春の風

春宵の暖簾のゆらりゆらりかな

菜種梅雨句読点なき江戸の文

受け入るるごと白木蓮の咲き始む

予後のわれ妻に遅れて青き踏む

初蝶来大きく揺るるイアリング

ふるさとは橋の向かうや春の空

H27.4

仰角を強いる天守や夏始

田原坂肩にぽたりと落下かな

花筏鯉の尾鰭に崩れけり

曲がれども曲れども花肥後の城

なんどでも風呂へ入れと蛙かな

下り来て梨咲く村に迷ひけり

未練などなきやうに花散りにけり

傘をさす程でもなくて若葉雨

朝寝して何か忘れてゐるやうな

遊びには興と狂あり蜃気楼

夏隣鉛筆を皆尖らせて

書込みの最後に絵文字春惜しむ

H27.5

気まぐれな風を厭はず鯉幟

入り込む余地なく咲ける躑躅かな

夏来る前方後円墳の風

喉元に居着くものあり夏の風邪

死に至る烈士の意志や樟若葉

風船の行方知れずを良しとせる

肌よりも髪に付く雨アマリリス

喉通る炭酸水や夏初

処世術身に付けがたし卯月波

H27.6

緑陰や裃着たる八雲像

けふの口論忘れてをりぬ扇風機

秒針の止まりし梅雨の掛時計

看板の浮かびしままに出水川

コンビニに注ぐ珈琲や夏深し

家内派と連れ合ひ派とに男梅雨

銅鐸を打ちたくなりし炎暑かな

父の日や望郷子守唄吟ず

さみだれの音だりだりとわが書斎

汗拭きて能面じみし顔となる

H27.7

荒梅雨や呵呵大笑の喉仏

助手席の西瓜のごろんごろんかな

そこら中騒がしくなる夕立かな

短冊の内容似たり星祭

初蟬の間遠に鳴いてをりにけり

しもつけの喜の字のごとく咲き盛る

日盛や鎌研坂の九十九折

汗の身に風の来りて我ありぬ

イヤホンを取ればすぐさま蟬時雨

梅雨深しこの話どう収めんか

炎暑なり行く先々に停止線

噴水の芯より逸れて落ちにけり

H27.8

定期船風死す中に接岸す

風切りて朝練に行くゑのこ草

我が影を刻印したる大暑かな

笑ふたびよく動く口サングラス

ポケットに一円玉や夏の果

法師蟬後ろに三島ゐるやうで

電柱の傾いでゐたる秋暑かな

溢れさすお風呂当番夜の秋

釣船草深山の風の吹くままに

H27.9

愚痴話西瓜の種の散らばりぬ

かたはらに人ゐて揺るる秋桜

赤とんぼ高き低きを分け合うて

秋高し街に二つの歩道橋

古民家や秋風通る更紗展

遅速なく飛びひろがれり稲雀

虫の音の中の鈴虫ガラシャ廟

秋風や差出人なき葉書かな

秋日差す石に刻みしシュメール語

H27.10

一刷毛の阿蘇の風あり秋桜

栗を剥くただ相槌を打つ話

秋の夜やをんなの肩に添ふダンス

竹の秋鴉声まぢかに浴びにけり

すでに阿部一族の墓秋日影

天草のとろりと暮れぬ濁り酒

蛇穴に入るいさかひのことひきずりて

車追ふ車の音やそぞろ寒

十三夜遅番の娘を待ちゐたる

蓑虫の揺れて思案の定まらず

H27.11

暗がりに檸檬三個や秋分の日

縁側の日の斑に冬の立ちにけり

凩や群れゐるものに鳩鴉

アイロンのスチームの音の夜長かな

聴き入れば途絶えなき音冬の雨

墓域とてなかりし墓や照紅葉

冬日向池辺の人を浮きたたす

冬晴や西郷像の犬吠えん

起きぬけの肩の強張り三島の忌

極月の電話口より胴間声

月冴ゆる橋の名ごとにバス停車

H27.12

現し身の捨てどころなき寒さかな*

鴛鴦に日の鷹揚に落ちゆける

冬深し土間が売場の蒟蒻屋

町ごとに寺一つづつ冬の暮

寒の水喉くすぐり通りけり

寒夜なり爪切り鋏音立つる

耳元で北風鳴れり田原坂

照紅葉死して碑となり塚となる

話すことなくて焚べ足す囲炉裏かな

年詰まる誤字のままなるお品書

湯船より浮かびし顔や冬満月

相席の人ぶつぶつと年詰まる

H28.1

石垣を這ひのぼりゆく寒さかな

数へ日や峠の茶屋へ九十九折

年迎ふ裏表なき阿蘇の山

初夢やいきなり人と争へり

掛軸に寒九の日射し漱石居

大寒や時折ひかる釣の糸

うごく雀うごかぬ鴉初景色

左義長の余熱に力ありにけり

曇天の一角を割るどんど焼

湯煙に薄日の射して寒の明

寒鯉や黒透くるまで動かざる

H28.2

初景色ふるさとの山屏風なす

狭庭には狭庭の淑気ありにけり

人混みを肩に分けゆく寒さかな

猫柳一両電車の軋む音

立春や事構へるに力まざる

落葉踏む音に消えゆく我が身かな

探梅や修験の谷に日の溜まり

鍵束をじやりじやり鳴りて寒明くる

折からの雨は慈雨なり孟宗忌

朝寝覚む~を摑みそこねて

暮春かな川しろがねの帯をなす

H28.3

おんどりのさとき鶏冠や花なづな

昼飯を兼ね夕飯の目刺かな

一握りの村に行き着く桃の花

料峭や岩に食い入る木の根っこ

木の根に食い入る石や桃の花

春昼やエンドレスなるオルゴール

冴返るどちらかに寄る台秤

過去のごとく山重なりて夕霞

散るまでをれんめんとして白木蓮

春昼の鯉めくるめく渦なせる

H28.4

石垣の向かう石垣花の城

花の城高み高みに登りゆく

しろがねの鬢をととのふ花の宵

差し入れの珈琲香り山笑ふ

乱れなき雨脚の音春深し

車来て遠足の列寸断す

蝌蚪生るるどれがおのれか分かぬまま

こんなにもおにぎり丸し春の地震

新緑や湯に流したる地震の垢

余震なほ耳元で鳴く蛙かな

H28.5

体感で当つる震度や夜半の夏

春の夜やあるかなきかの地震に酔ふ

「負けんばい」の貼紙ふえて夏近し

石垣の崩れなだるる暑さかな

舟ほどの万葉の島濃紫陽花

初夏の風出湯より島を数へをり

じんわりと夜の迫り来る蜥蜴かな

夏蒲団地震の伝ひし背骨かな

骨といふ骨の響くや朱夏の地震

霾天に遍満したるヘリの音

本震のあとの空白や夏つばめ

H28.6

紫陽花や壊れしままの道祖神

地震の地を逃れて風の菖蒲なる

あれこれと震度を語る芒種かな

脱稿の後の気だるさ螢飛ぶ

梅雨空や鴉のこゑのつぎつぎに

この川を上りて来たる鰻食ふ

あめんぼう流され戻り流されて

夕焼や暮れのこりたる地震の池

梅雨深く角を整ふ入門書

何もかも体調次第雨蛙

H28.7

咲きかけし古代蓮の灯るなり

ぱさぱさの鶏の胸肉夏の風邪

汗まとふ身一枚を流しけり

弁当の屑のかさばる大暑かな

かき氷崩して恋の話など

炎暑なり椅子に鎖骨のこつと鳴る

あの世よりこの世は遠し走馬灯

鳴くことで蟬のひと日の始まりぬ

争ひの双方黙る扇風機

肩肘を挙げて清水を飲みにけり

蟬時雨鎮守の森の地震に透く

万緑や山盛り蕎麦をもう一枚

昼寝覚われに目のあり手足あり

H28.8

出水川危険水位や城下街

意に添はぬこと多くしてカンナ燃ゆ

それとなく目配せをして氷菓食ぶ

熱帯夜溺るるごとく寝返りす

月光に欠くるものなき夕餉かな

慰霊の碑も埋立の地も灼けてをり

湧水に手を遊ばする初秋かな

首を灼く日差しが痛し敗戦日

朝顔の紺の極みの里訪はな

メガホンにこもるだみ声晩夏なり

H28.9

初紅葉小さき社殿が男神

目薬の一滴ひかり涼新た

阿蘇五岳秋の村雲渺々と

震災の池の真澄や夕茜

赤とんぼ翅の息のむばかり澄む

居住地が震源地なる夜長かな

深秋の丑三つ刻の震度四

秋の夜の家もろともに震度四

夜半の秋わが身より家鳴動す

朝寒やことさら匂ふカモミール

Amazonの過剰包装秋旱

実石榴や羅漢の顔のこんなあんな

H28.10

山頭火秋のつぶやき吐いておらん

竜胆や掴みたくなる峡の雲

誕生日思ひ思ひの秋の雲

竹の春これより先はガラシャ廟

突出しの芋煮をつつく文学論

日田往還中津街道彼岸花

秋暁や忽と鳴り出す冷蔵庫

竹を伐る音一山を深めつつ

冬初竹百幹の唸りけり

踏ん張れり武蔵生まれし里の稲架

秋風や片手を挙ぐる師の遺影

柿送る近き友より遠き友

身に入むや被災の城に鴉舞ふ

秋の風淡きはあはきままの仲

置けるだけ置く事務机冬に入る

箱庭に秋の風音溜るなり

H28.11

晩秋や棚田一つに日の溜まり

身に入むや読み違へたる時刻表

あけぼのの音とし残る虫の声

略歴に転向のこと秋深し

はからずも同席となる村芝居

秋うららデモの後尾には乳母車

立冬の風滑り込む鏡が池

地震ありて湧き出でにけり冬の雲

冬の鯉尾のひと振りでわれに寄る

天心へ円弧を深む冬の月

余生の身紅葉に照りてほてるかな

崩落の石垣包むもみぢかな

落葉焚逃るる方へ煙りたる

H28.12

喧嘩独楽手より離れて生き生きと

ちちははの母をちに死に綿虫飛ぶ

乗合でゆくトラクター冬日和

年惜しむ友はノーベル賞候補

夕凍つる米粒攫ふカレー皿

戸を揺らし鍵を掛くるや年詰る

花柊玉砂利踏める靴の音

追はざれば振り返る猫漱石忌

漱石の年譜を正す漱石忌

クリスマス電飾を浴び濡れてゐず

おでん屋の切り分け上手誉め上手

歳晩の犬吠えかくる場末かな

悴みておのれに執すばかりなる

数へ日のピント外れのアドバイス

H29・1

年の瀬や発送を待つ胡蝶蘭

島結ぶ架橋工事や年の暮

◎御慶かな昔のままの声の張り

湯気に入り湯気に沈みて初湯かな

年の瀬や積木のごとき本の嵩

大寒の海照らす日の孤寂なる

また来るとコートを腕に掛けしまま

松過ぎの子犬やたらと纏ひつく

ながながと湯治場の道刈田道

◎鴨の陣群れゐることの気安さよ

◎イヤホンの恋歌染みる寒さかな

地の面を穿たんとして霰降る

お百度のひたひたひたと寒の雨

植木市贖ふもののなきもよし

H29・2

日かげればすぐに幽谷梅探る

◎ 夭折にも晩年のあり春の雪

梅林や風と鴉の声ばかり

碑文には労働讃歌春日射す

石段の一つひとつに桜散る

人消ゆる螺旋階段春の虹

楸邨の句は溜息ぞ春の雪

筆名は下宿の地名燕来る

◎ 春宵や言ひ寄りつつも一呼吸

つちふるや典拠なかなか見つからず

制服をどさりと脱ぐや卒業子

木工の机にニスや日脚伸ぶ

◎ 北斎の波の逆巻き寒戻る

H29・3

◎ 学究はものに語らす梅真白

墓碑銘に志とぞ椿咲く

啓蟄や一人ひとりに修了書

春の土手ふはりふはりとレジ袋

◎ 料峭や何聞かれてもただ笑顔

鳥帰る海に裾引く普賢岳

小さき魚跳ねて水の輪春日和

◎ 灯を点けて常の机や漱石忌

◎ 彼岸会や身体遅れて坂下る

落椿身の丈ほどによそほひぬ

H29・4

◎ 阿蘇越ゆる春満月を迎へけり

花筵子を交へたる二家族

紫木蓮はなやぐままに散りにけり

復興へ上向くちから白木蓮

◎ 崩落の石垣に花咲きにけり

雲近き峠の茶屋のさくらかな

焼失の寺歴を語る躑躅かな

胸中になじむ躑躅のくれなゐは

里かこむ山はなだらか梨の花

新緑や尚武の地なる遺髪塚

春昼やぬるんぬるんと鯉の群

◎ 春深きおうむ返しの夫婦かな

H29・5

かな文字のやうにひらりと紋白蝶

自販機の濃き珈琲や黄砂降る

みどりの夜本棚にある隠し文

蛇(くちなわ)の滑り泳ぎとなりにけり

洗顔の手のひら広き立夏かな

ぱんぱんと拍手の音立夏の音

初夏の風紙をそばから吹き飛ばす

午後よりの雲に濃淡衣更ふ

◎ 早苗束抛(ほう)れば体軽くなる

◎ 尺取の身も世もあらぬ身を上ぐる

◎ 絶壁の新緑あふれこぼすなし

◎ 狂信となる正義感若葉冷

◎ 空騒ぎのあとの虚しささみだるる

H29・6

◎ 螢火を追ひゆく視線舞ひにけり

◎ 白鷺のおのれの影に歩み入る

菖蒲見や介護車に乳母車

風受けてかるくいなしぬ花菖蒲

◎ おのづから螢見る眼となりにけり

ひたひたと闇の満ちくる螢かな

明易や犬は器を舐め尽くす

大木にテーブル寄せて夏期講座

天守より高きクレーン風薫る

◎ 漱石の本を旅せり梅雨の真夜

てんとう虫触るる前から落ちにけり

H29・7

◎ びつしりと自転車並び梅雨深む

◎ あめんぼの雨に弾かれ跳びゆけり

今年竹しなはぬほどに飾りけり

言ひ訳の決まり文句や梅雨長し

かたつむりなにがなんでもゆくつもり

迫り上がり覆ひ被さる夏の雲

◎ 部屋ごとにテレビ置かれて暑きかな

梅雨出水もんどり打つて流れけり

◎ 今といふ時の頂き古代蓮

球場に呼び出しの声雲の峰

あんな人こんな人ゐる涼しさよ

H29・8

縁ひかる雲を仰ぐや終戦日。

肩で押す回転扉秋立ちぬ

あるだけの切手を貼りて秋暑し

◎フランスは遠しされども秋隣

寝るまへの水を一気に原爆忌

◎母校とはただ炎天のグラウンド

◎しばらくは虹を伴ふ新幹線

宵闇を誘ひだしたる踊かな

ルビ振つて校了とする夜長かな

◎遠来の友には馬刺し今年酒

涼新た被災の城の工事かな

崩落の石に番号炎暑なり

二百十日の急峻な峠越ゆ

H29・9

◎水栓を捻ればそこに秋の風

◎八月の風雲阿蘇の雲となる

論文を終ふるまで必死秋の暮

初秋の雲横たわる阿蘇の山

処暑の身を任せてゐたり心電図

カルデラの縁は平坦をみなへし

崩壊の拝殿修理秋日濃し

ひとすぢの煙を遠ちに花野かな

◎雑踏にゐてひとりなり秋の暮

天高し石窯ピザの噛み応へ

布教のごと俳句を語る夜長かな

ライダーの屯せる丘秋麗

電話口に聴き慣れしこゑ秋涼し

◎忠実なるプリンター音夜半の秋

◎あぶれ蚊の寄る弁慶の泣きどころ

◎台風過ひとつ雲置く普賢岳

露天湯の川瀬にまじり薄紅葉

◎さやけしや老舗旅館の下駄の音

ひとしきり残る虫とは知らず鳴く

無駄口が無駄口を呼ぶ秋暑かな

H29・10

満月や地の電柱の生々し

隧道を抜ければ他県秋の雨

弧を描く高速道路山粧ふ

◎ うすうすと終活の計枇杷の花

◎ 十六夜や汝の消息検索す

再興の城に太鼓や秋うらら

◎ 掛声の空に伸び行く秋祭

秋しぐれ山頭火忌の交差点

蓑虫の蓑や防備か無防備か

うそ寒しゆゑなく犬の吠えにけり

体育の日転んで立つて走り抜け

夜半の秋頬を撫づれば顔長し

満ち足りて釣瓶落しの山仰ぐ

H29・11

◎霧晴れて牛は牛たるさまで立つ

◎庭一杯菊を咲かせて老いにけり

◎破蓮やところどころに雲映す

立冬や清正公像槍垂直

ロータリー紅葉明かりのただ中に

草の穂や自然石なる志士の墓

◎滝の水涸れなんとして白刃なす

◎枕頭に足音寒く通りけり

対岸はバテレンの島枇杷咲きぬ

◎ どんぐりの重く手にあり棄城の地

行くほどに身の透きにけり照紅葉

カルデラや穭田に日の集まりて

石橋に亀裂そのまま冬に入る

H29・12

口髭は八雲のあかし照紅葉

海見ゆる窓辺に卓や冬ぬくし

◎ 全身に広がる寺の寒さかな

落陽にいたる日の筋冬の川

プリントの反古を束ねし寒夜かな

◎ストーブを消して他人のごとき部屋

△ 書店主に賞状渡す漱石忌

◎氷踏み凝りし心のほぐれけり

◎忘年の貌引つさげて来たりけり

◎水面をぱたぱた叩き鳰の飛ぶ

持ち寄りしいきなり団子年忘

△ 脱稿のあとのちからや十二月

白息をひるがへしつつまとひつつ

◎手袋の片方はづし道示す

この地にも開拓の秘話冬の虹

H30・1

協奏曲の緩急聖夜深まれる

纏め買ふドリンク剤や年用意

総代は旧知の人や初詣

初詣清正公さんと呼び掛けて

声大き人来て揃ふ四日かな

◎ 復興の五十万都市初日差す

初鳩の足元に来て鳴きにけり

ベシャバシャと髪に貼りつくみぞれかな

◎ 一湾に光の束や初景色

一生が学びと記す賀状かな

◎ 寒中や毀誉褒貶の毀貶に耐ゆ

◎ 寒晴や手で物を言ふ写楽の絵

◎ 春近しHAIKU講座は二カ国語

湯たんぽの朝の湯ぼこぼこと注ぐ

◎ 寝返れば毛布に絡め取られけり

H30・2

何事も虚心坦懐寒昴

◎ 群をなすことを力に鶴引けり

◎ 引く波に心預けて冬終る

◎ 春の雪いずれの過去のひとひらか

風光る地図の起点は集合地

地震の地に渦巻くホース梅紅し

◎ 恋猫の鳴かねばならぬやうに鳴く

春立つや色刷に凝る広報紙

◎ 寒風にぼこぼこの顔してゐたり

△ 三行の退会届冴返る

春望の山ふところの我が家かな

△ 寒明くるここぞのときの父の役

自選

梅ふふむ枝のざんばらばらんかな   

楤の芽や山のはざまの海光る

揚げたてのいも天を手に植木市

H30・3

植栽の狭庭雨のち四温晴

表裏ある言葉を拒む春嵐

◎ この町を支へし瓦礫冴返る

◎ 玄関の紙雛へ声掛けて出づ

◎ 身ほとりに煙のような春蚊かな

弁当に日の行き渡る梅見かな

老梅やあらん限りの花をつけ

◎ 春の雷小言のやうに鳴り始む

◎ 睦五郎飛び損ねたる顔なるよ

一振りの音の確かな種袋

草萌ゆる家一軒に墓一基

地虫出でしばし友の名思ひ出せず

年金の控除微々たり啄木忌

鳥雲に沖へ沖へと干拓地

墓碑名の字は志囀れり

自選句

辛夷咲き山河に遠き町に住む

おめでたき屋号は一字風光る

H30・4

◎一人抜け二人抜けして夕桜

花茣蓙にまづ花屑の入りにけり

あのあたり阿蘇と指さす花曇

◎花茣蓙や退職の人真ん中に

筍や旧知の友と会ふごとし」。

△春深しトルコ行進曲洩れて

料峭や発車三分前に乗る

◎雨の音よりもかそけし初蛙

◎春筍のの目覚めぬままに掘られけり

うつし世やなんじやもんじやの花ざかり

◎やけにまた礼儀正しき新社員

自選句

乗り捨ててふらここ大揺れに

ぬめり取るシンクの廻り真砂女の忌

ヌンチャクをむやみに振る春休み

H30・5

新車来て一巡りする春の月

あの山の奥は比叡か川床料理

◎ 公園の一角ほどの労働祭

曲水の宴を待つ水雲湛へ

△ 石取つて沢蟹探す下校かな

夏きざすカタカナ多きハーブ園

螺子を巻く形見の時計明易し

◎留守居してやけにむせたる蚊遣かな

蛍火を辿りて山の一軒家

◎ 泳がねばならぬと泳ぐ子亀かな

自選句

バンパーに傷や憲法記念の日

母の日の背なで語らふ厨かな

H30・6

初夏や木漏れ日踏んで庭巡る

新しき商店街や燕来る

バスかつて通りたる橋夏燕

△ 明易し漱石論のまだ果てず

あめんぼう流れて渦にさからはず

△ 正座して聞き入る生徒沖縄忌

原稿にインク買ひ足す梅雨晴間

泳いでは浮き泳いではまた浮いて

◎ 我もまた闇のひとつや螢舞ふ

梅雨寒の空鳴きわたる鴉かな

自選句

布ひとつ落とせしごとき海月かな

蟹を食ふいよよ寡黙になりきつて

田の水の力を得たる早苗かな

H30・7

手足より苗立ちあがる御田祭

青鷺の思ひ付くごとく飛び立てり

風鈴の句座に一言掛くるごと

◎ 大阿蘇の地霊鎮むる泉かな

◎ ひつじ草太古のひかりそのままに

もの言はぬ木々のざわめき台風来

深更に犬の遠吠え梅雨深し

湧き消ゆる雲のはぐくむ植田かな

どんどんと踏板鳴らす暑さかな

ばりばりと崩して食へりかき氷

◎ 交差点大暑の人の動き出す

自選句

羽黒蜻蛉群れて密談あるらしき

蓮咲いて古代の空を近しうす

H30・8

夕虹やけふのひと日はまどかなる

半球はつかめぬかたち天道虫

万緑を抜け万緑の五家荘

◎ 身ほとりに石牟礼道子星涼し

片蔭に己が影押し込めてゐる

立秋やどの神となく手を合はす

△ 代はり映えせぬもよき里曼珠沙華

しやりしやりと音まで食ひし西瓜かな

ローマ字のチャットネームや秋暑し

さやけしやマニュアルよりも経験知

自選句

吸殻の臭ふ八月十五日

秋の蝶とどまるやうでとどまらず

かなかなや湧くに任せし水源地

H30・9

△ 差し招く月の光や屋形船

ばつくりと二百十日の噴火口

◎ 秋雲を束ねるごとし阿蘇五岳

◎ 余震なほ闇深むまで虫鳴けり

重陽や酒のラベルに特選句

今年酒金粉のまま飲み込みぬ

とんぼうのとんぼうを追ふ汀女の忌

秋の昼どこもかしこもチェーン店

◎ 秋風が金融街のビル抜ける

◎ 新涼や妻へ真珠のイヤリング

◎ 満潮のあれが水俣秋の雲

林立の復興クレーン秋天下

自選句

そこここに父の足音栗拾ふ

秋風や裳裾のやうな滝しぶき

秋晴やどこかへ向かふ人ばかり

H30・10

◎ 街の灯の一つに我が家秋の暮

湖に向く窓辺のランチ江津の秋

◎ 秋冷の網戸に映る人の影

◎ 降れば止み止めば降りして台風来

◎ 虫の音に包まれ我は異物めく

◎ コスモスやただ吹いて止む阿蘇の風

◎ 新聞に兄の短歌や栗を食む

◎ 犬用のあれこれも買ひ冬支度

しやちほこを据ゑて天守や小鳥来る

揺り椅子に本を持ち込む秋うらら

◎ 波のごと祈りは絶えず秋夕焼

コスモスの揺れては空の蒼ざめる

自選句

台風を一跨ぎして友帰る

天高し浦に潜伏キリシタン

ぷりぷりと怒ればそれで済む秋思

H30・11

△山峡の大吊橋や柿日和

一本の木の残りたる刈田かな

小春日や古民家カフェのコンサート

原城址火箭のごと降る冬の雨

◎秋の風石積み上げて墓碑とせる

◎丘一つなべて貝塚冬うらら

鯖雲の押し寄せ来たり古墳群

偶人形もんどり打つや初時雨

◎太刀のごと寄りくる鯉や憂国忌

葉牡丹の客より多く並びをり

冬晴や畑となりし国府跡

自選句

どつしりと秋日溜め込む巨石群

能楽の間合をはかる鳰の笛

泡風呂に浸かる勤労感謝の日

H30・12

△ 眠るまであすを思ふや冬の雨

◎ 飛石の一つひとつに年惜しむ

街灯のつぎつぎ点り年惜しむ

鳥人となりきり下るスキーかな

講演のレジュメに朱書冬灯

◎ 遠き人ほど偲ばれて賀状書く

風呂吹や尾鰭のつきし艶話

炭つぐや後ろ楯なき立志伝

二次会で消えたる二人小夜時雨

繰言を無言でかえす夜半の冬

◎ ヘリコプター轟音凍空を領す

自選句

歳晩の香のまつはる観音堂

メールにて届く英語のクリスマス

巡りても被災の跡や冬の城

H31・1

◎大寒や啓示のごとき鳥の声

◎歳晩のショーウインドウに身を映す

◎ぱんぱんに鞄に詰めて初仕事

三日はや地震に揺れたる書斎かな

◎病ひ得て俳句が命年始

初凪や屏風のごとき普賢岳

天草へアーチの橋や年新た

沖よりの朝日を浴びて寒稽古

初句会まづは叙勲を言祝ぎぬ

肩書の一つ加へて賀詞を述ぶ

◎春近しオランダ坂の女学校

大寒のひとかたまりの象の糞

ペンギンのつんのめりゆく寒さかな

自選句

手料理を据ゑて主婦たる炬燵かな

機関誌の余白を埋むる六日かな

寒中や霊長目のヒト科オス

H31・2

立春や確認メールあまた送り

鶏小屋の鶏出払つて梅咲ける

◎ 菜の花や雲仙岳に声掛けて

◎ 髭をのみ思ひ髭剃る寒の明

◎ 春雨や灯を照返すアスファルト

マスクして他人のやうな顔をする

白亜紀の砕石場や夏近し

△ 春光や御空を区切る阿蘇五岳

◎ 日の本に基地といふ陰冴返る

◎ 紙雛を置きて定まる目の高さ

ふきのたう狭庭に日差し満ちにけり

自選句

春月やそつと抜け出す座敷犬  

あれもやりこれもやりして春炬燵

梅匂ふ家塾の跡の奥処まで

梅咲くや初志を育てし私塾跡

歯を見せて笑ふ羅漢や木の芽時

H31・3

◎ 水源は阿蘇の峰々通し鴨

抱へ来し身の丈ほどの苗木かな

◎ 山を背(そびら)に植木市植木市

啓蟄やランクを上ぐる鉄亜鈴

山腹の窪みに村や桃の花

花菜風ここで七段ギアチェンジ

のどけしや自動ピアノのサザン曲

城垣を模したる駅舎風光る

あと二分日永のコインランドリー

◎ 夜の朧なるも持ちゆく荷のひとつ

春光のあふれ渚のカフェテラス

彼岸寺夕照の海扉より

自選句

島原を引き寄する竿桜鯛

白木蓮散るを思はず散りにけり

椎茸の駒打ちコンと山笑ふ

わだつみにひろごる砂紋春夕焼

H31・4

消ゆるまで先を争ふ石鹸玉

うぶすなの城雄々しきよ桜咲く

◎ 行けど行けど辿りつけざる山桜

◎ 子に選ぶ水切の石風光る

老犬の食を介護や桜東風

置石のごとき島々桜濃し

廃校は島のいただき花朧

楠若葉復興の城瓦映え

とんとんと日の斑を畳む花筵

城下町みづうみのごと霞みけり

雲雀鳴く野のただ中に古墳群

甕棺に全身の骨若葉光

自選句

御神籤を読み比べあふ桜かな

御衣黄や庭に加へて令和たる

てふてふのくんずもれつもつれざる

H31・5

すかんぽや磁石引きずり砂鉄採る

△沈黙はわれへの援護風薫る

薩摩芋ほかつと割つて昭和の日

◎藤揺るる時には力抜くことも

なだらかな古墳への道麦の秋

峡谷に架かる大橋若葉風

◎観音の千手が満つる暮の春

◎丘といふ丘が古墳や若葉風

石人の直立不動夏来る

新樹光殉教墓はクルス秘め

自選句

三方の山をしたがへて紫雲英咲く

民家よりクルスの遺跡夏つばめ

H31・6

◎ 切々と犬の遠吠梅雨兆す

枇杷の実や肥後もつこすでゆくつもり

風薫る赤き旗立て散歩会

◎ いかづちのとよもしわたる肥後平野

◎ 丘越えて母がりの道草いきれ

声援もライブのひとつ夏の星

ごつごつの生家の土間や梅雨晴間

螢火のぼとりと草へ落ちにけり

◎万緑や明治気質は一気に生く

自選句

入梅のみぎりと書いて筆を置く

人を呼ぶ声の透きゆく泉かな

妻と来て香水のただ中をゆく

熱帯魚ひとりふたりと寝静まり

修復にして築城の夏の城

H31・7

◎ 間断なき金槌の音迎へ梅雨

△ 萍や川の流れに逆らはず

◎ 向日葵がどうだとばかり聳え立つ

◎ 混み合うて鯉一塊に日の盛

鷺草やあるかなきかの阿蘇の風

◎ のたうつて梅雨前線通過中

台湾茶の香りと甘み夏の朝

◎ シャワー浴び罵詈雑言を流しけり

◎ 大阿蘇は神のふところ植田原

パトカーの警告灯や梅雨寒し

△青蜥蜴いつもまつすぐ突き進む

自選句

佇めば汗の噴き出す閻魔寺

寝転びて沖の島見る夏座敷

蟬と書き鳴き出しさうな字面かな

苦境こそ打つて出るべし雲の峰

兼題の姿を婆とまがひ梅雨寒し

H31・8

◎川蜻蛉忽と現れ忽と消ゆ

梅雨明けやヘッドフォンよりトランペット

◎ 推敲や時折うなる冷蔵庫

振込に右往左往や日の盛

△夕焼の充ちたるバスに乗り込みぬ

◎老犬の背より息する残暑かな

◎熊蟬や夜の底より鳴き出づる

◎鰓呼吸したき残暑の夜なりけり

マーラーのホルンに浸る夜長かな

記念樹が蝉の木となる校舎跡

自選句

みづすまし溺れぬほどに水に浮く

同じこと耳打ちさるる誘蛾灯

秋の雨地にあるものは音立つる

秋落暉切絵にしたき太極拳  

H31・9

修復の城を囃すや蟬しぐれ

秋の浜一人はときに楽しくて

野分あと雲は途方にくれてゐる

宴果てて夜寒の顔を持ち帰る>

◎ 雁渡る門柱のみの更地かな

わさもんが集ふ店舗や天高し

◎一条のひかりの鮎を釣りにけり

◎ 秋深し祖父の名入の哲学書

◎ ありつたけ思ひを述べて涼新た

うぶすなの山は近しや夕かなかな

◎のんちやんと声を掛けたき狸かな

◎ 台風の先駆けの雨まばらなり

◎ とんぼうの骸は風となりにけり

自選句

大阿蘇を踏石として月昇る

秋の雲ペンギンを見るパンダ組

H31・10

らうそくの灯や八雲忌の怪綺談

手を広げ恫喝しをる案山子かな

◎庭落葉ときをり掃くも余生かな

国越ゆる滔天の夢秋高し

飲むほどに童女となりぬちちろ虫

鞄より賞状の筒豊の秋

雲の影流るる峡の稲田かな 

◎磨かれて天真青なり台風過

定食や地産地消の栗づくし

凩や身ひとつほどの横穴墓

山門を潜れば銀杏踏むべからず   

自選句

通るたび背伸びして見る祭かな

ハライソはあのあたりかも秋落暉

立膝の子規の写真や秋惜しむ

H31・11

海見ゆる尾根行きにけり小六月

放屁虫摘む先より匂ひけり 

村の道右も左も柿たわわ

縄文の匂ひして栗焼かれけり

雪降るや茅葺厚き阿弥陀堂

◎時に住む時計店主や鳥渡る

◎通勤す銀杏黄葉のただ中を

◎ひとしきり煙りて阿蘇の山眠る

たぽたぽと湯たんぽ揺らし湯を満たす 

野良猫の路地のなりはひ一葉忌

◎全学年つらぬく廊下銀杏散る

◎どんぐりの落ちしばかりの光りかな

自選句

鍵穴をあてずつぽうに冬の月  

立冬の日を梳きにけり竹林

瀬の音を頼りにたどる紅葉渓

ちやん付けが呼び捨てになる歳暮かな

H31・12

◎ 母のあと追ふごと銀杏落葉舞ふ

公園に嗅ぎ合ふ犬や冬旱

冬うらら前口上の当地誉め

◎ 竜の玉夢のごとくにこぼれ落つ

託すとは勇気要るなり年の果

片付かぬ身辺整理年詰まる 

◎ 寒鴉これみよがしに水弾く

△ 吊橋の揺れの激しく水枯るる

靴底の落葉の厚み峠越ゆ

◎ 昂ぶりて字の読めぬ箇所日記果つ

自選句

冬晴や声は思わぬところより 

寒桜吸ひ寄せらるる空の青 

冬ざれのどまんなかなる交差点

HR2・1

犬逝くや遊びし庭に冬の雨

初晴や阿蘇の煙のたなびける

△初風呂や常の原稿書き終へて

復興のマンション並ぶ初景色

◎初鴉祖父の声して過りけり 

△寒風に追ひかけらるる場末かな

何かにつけ子ら集まりて冬温し

白鷺の池に映りて淑気満つ > 

◎寒満月復興の城高々と

てらてらと日を返す海寒に入る

◎成人の日の城を遠まなざしに 

喝采を浴ぶるごとくに日向ぼこ

自選句四日はや車庫の一台のみとなる 

ストーブややかんの音の人語めく  

立襟のかき分けてゆく師走かな

HR2・2

△ 今は亡き犬の首輪や日脚伸ぶ

寒鯉の動くともなく動きけり  

◎ 大寒やジャズの出だしの底唸り

着ては脱ぐ身体検査春浅し  

◎ 裏道はお寺への道梅咲けり

◎ 天も地もひろびろと阿蘇野焼かな

◎ 冴返るクリップごとの申請書

人柄のにじむ挨拶梅白し 

一仕事ねぎらふごとき春の月 

石あればそこに座りてうららけし

△ 風光る阿蘇の  に巨石群 

自選句

妙解寺や野放図に張る梅の枝 

朧夜の半錠にして眠りけり 

カルチャーの体験ひとり雪催

HR2・3

街騒のなかに泛く城春の暮

若き日に遡りゆく春の山 

囀や里より出でず友老いぬ

おん姿ゆかし霞の普賢岳

雛の間や言葉を掛けて入りたる

◎ 春暁や街を貫く新幹線

春暁や街を貫く新幹線

ボールペンくるりと回し春惜しむ

◎ もくれんの喜びの字を咲かせけり

園児らの坂登りくる長閑かな

山の辺のパスタランチや風光る 

自転車に空気を入れて水温む 

ひとりごつ波打ち寄する磯遊び 

◎ 春雷や自殺にあらず諫死なり 

自選句

噴煙の向きを変へたる野焼かな

催促はいつも突然寒戻る

咲いて知る落人の地の桜かな 

HR2・4

花の雨遠回りして帰りけり  

◎ 正義とは賛同の数灯蛾舞へり 

原稿の最終チェック花の夜

なりたきは一寸法師花筏  

仕舞湯に追ひ焚きしたる蛙かな

△ 蛇口より水垂るるまま朧の夜

舟音の届く頂き春一日

フライドチキンのテイクアウトや春の宵

◎ 春宵の奥処に第五交響曲  

自選句

春めくやかかりつけ医のミミズ文字

せせらぎのリズムに合はす春登山 

HR2・5

△ 啄みて親とみまがふ雀の子 

庭に出て風と語らふ卯月かな 

暮遅しわが歩小犬の意のままに

◎ 列なして和を尊しと御田植  

◎ 田植して健やかとなる峡の風

カルデラの一つの田より田植かな

◎ 春の風愚痴は聞くべし流すべし

自宅待機守宮いっぴき友として

徳利のかたちのお墓百日紅

◎ 置き去りにされじと蜥蜴の尻尾かな

はふはふと蝶々の翅動きけり 

◎ 日の本の空を広げて田水張る 

自選句

菖蒲湯に沈み明日をうたがはず

来るやうで去るやうでなく藪蚊来る 

HR2・6

◎ 蟇跳ぶより着地むづかしき 

◎ ハンカチを額に当てて講義果つ

白菖蒲幣のごとくに垂れてをり

童顔の五月人形土人形

年金のその日暮らしや啄木忌

◎ ちりちりとコロナ禍の世の誘蛾灯

◎ 逢ふための峠越えなり濃紫陽花

うつむいて思ひに沈む 植物の季語 かな 

◎ 狙ひうちしたるやうなる夕立かな

いとほしむごとく西瓜の種を採る 

朴咲くや修験の道は瀬につづく

◎ 空梅雨や地を這ふやうな工事音 

自選句

追ひ討ちをかけたるやうな夕立かな

退院は撤収に似て夏帽子

桜桃忌どつちが好きと言はれても

HR2・7

端居してコロナ禍の世を遠くせる

ころころと政治家の嘘梅雨深し

感染の第二波来たり梅雨激し

俳論のレポート審査

雨宿り軒の七夕竹に触れ

△ 動くとも見えぬタンカー晩夏光

晩夏光タンカー沖に動かざる

◎ 一夜にて全市水没梅雨激し

◎ 身一つもて元気と出水の故郷より

◎ 梅雨出水高さ誇りし橋流る

◎ 雨音にけふも出水の悪夢かな

◎ 携帯の出水警報つぎつぎに 

蓮咲きてこれ以上なき高さかな 

冷房の効きすぎのなか企画書出す

石段の最後の一歩土用明

◎ 土用三郎日の斑の遊ぶ檜皮葺

◎ 戦死者に敵味方なし日の盛

◎ 逸れさうで逸れぬ泳ぎや源五郎 

自選句

星合や多く語らぬ人とゐて  

起き抜けの腕立伏せや土用太郎

万緑や骨の話をひとしきり 

ゆらゆらと空飛ぶごとき亀の子よ  

HR2・8

夾竹桃ビル四方より照り返す

はたた神眠りの底に鳴りわたる

手花火をかこむ兄ゐて姉は亡き

雨垂の落し子なるや青蛙

カンナ燃ゆ民家になじむ天主堂

かなかなのこゑ後になり先になり

二階より床の軋みや残暑の夜

夜学果て居残りの子の机拭く 

人生の起伏のやうな花野かな

取組の前より逸る草相撲

若竹のたんまり風をもてあそぶ

立てば開く便器の蓋や原爆忌

もぞもぞとなんの痛みか長崎忌

HR2・9

残暑なり噴煙かかる草千里

湯たんぽやぽたんぽたんと音ひびく(冬)

阿蘇五岳まづ野分雲懸かりけり

ぶんぶんと電線揺らし台風来

ぺらぺらと鳴りて野分のトタン屋根

見慣れたる山の大きや台風過

ひとり旅のキャンペーン誌や天高し

食前酒かつ月見酒阿蘇の宿

ゆつたりと波打ちてをり月見舟

対峙せるごとく大きく今日の月

コスモスやただ一本の牛の道

稔り田に埋まるるごと一軒家

爽やかや例のと言へば珈琲来

がちやがちややこんな狭庭に住まぬとも

不知火や太古の舟の見えてきし

鈴虫の眠りの底に棲みにけり

HR2・10

庭石の息ひそめゐる既望かな 

握手にて再会を期す暮の秋 

こすもすや日差しも風も味方して

縦横に風あそばせる尾花かな > 

大阿蘇や巨石の見ゆる芒原

いつ来ていつか消えたるちちろかな

一人寝て一人の暮しちちろ鳴く

苔までもしづか添水の詩仙堂

鯊跳ねて雲一つなき有明海

冷やかに死して名をなす世ありけり

初紅葉廃寺の鯉の古色なる

こほろぎやじつくり絞る歯磨粉

 

 

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雲ぷかり(工藤惠)

2019年07月31日 15時27分22秒 | 句集
工藤惠句集「雲ぷかり」論

永田満徳

 『雲ぷかり』(本阿弥書店、2016年6月)は工藤惠の第一句集。「雲ぽかり」はとにかくおもしろい。おもしろくて、ゆかいになる。全体に軽やかでさわやかな読後感を与えるところは評価できる。

  わたくしも金魚も水曜日な気分

と言われて、確かに「水曜日」ならではの気分があると思えてくるから不思議である。有無を言わせない強さを持つ。

  心がこわれた天道虫が飛ぶ
  後悔はたとえば金魚を産むように

壊れた心と飛ぶ天道虫とを取り合わせ、後悔を金魚に比喩としている句など、内面を読んでもそれほど深刻ではない。

  書初めの名前が場外乱闘中

およそ俳語にはそぐわない「場外乱闘中」という措辞を堂々と持ってくることによって、筆遣いの力強さ、奔放さが伝わってくる。
 就中(なかんずく)、読んでいて楽しいのは口語で表現される句である。

  ブロッコリーいい奴だけどもう会えない
  いやなのよあなたのその枝豆なとこ
  青バナナ一肌脱がれてもちょっと
  プードルのように貴方を抱くわ、雪

 いずれの句も、肩肘を張らず、気楽に詠んでいる感じである。詠みぶりの自由さ、ひいては作者の精神の自由自在さを表している。この自由奔放さがこの句集の特色の一つといってよい。
句材としては料理名や食材が多いのも特色である。決して高級感のあるものではないところが句集全体を身近で親しみやすいものにしているが、読めば読むほど平凡な素材をただ事で終わらせないところに作者の技量を感じさせる。その秘訣は取合せ、季語の斡旋の巧みさにある。何の変哲もないフレーズを輝かせるのは季語である。

  冷や飯にチャーハンの素春浅し
  さくらんぼクリックすれば会える人
  卵かけご飯の家族小鳥来る

「冷や飯に」は「春浅し」を当てることで春先の軽い食欲を描き込み、「さくらんぼ」は「さくらんぼ」を頬張りながら恋人に連絡する現代人の所作をうまく切り取っている。「卵かけご飯」は「小鳥来る」と取合せることによって微笑ましい家族風景が見えてくる。
 取合せ、季語の斡旋の巧みさは次の商標や商品名が生な形で出てくる句にも見られる。

  丸美屋のふりかけご飯春が行く
  チョコボール空へ転がる立夏かな
  日焼けした姉妹キューピーマヨネーズ

「丸美屋の」は刻々と「春が行く」感じがよく出ているし、「チョコボール」はのびやかな「立夏」な雰囲気が伝わってくる。また、「日焼けした」は「姉妹」の顔と商標の「キューピー」の顔との類似によって、姉妹のかわいらしさが読み取れる。
 ところで、商標や商品名は普遍性に欠けるということで敬遠しがちであるが、そんなことお構いなしで使っているところはある意味では実験的といえる。「丸美屋」という商標、「チョコボール」「キューピーマヨネーズ」という商品名が消滅したとしても、「ふりかけ」「チョコ」(チョコレートの略)「マヨネーズ」の言葉によって内容は十分伝わる。作者は商標や商品名を計算づくで使っているとしたらなかなかな詠み巧者である。
 こういう意味で、この句集の「あとがき」で、坪内稔典氏が「工藤さんの俳句の言葉が今の時代の空気を生きている」という指摘は至言である。身の回りの自然が見失われつつある時代に即応するかのように、現代の風景を詠み込んだ工藤惠の俳句は「俳句五〇〇年の歴史の先端」(「あとがき」坪内稔典)を行くものとして評価するにやぶさかではない。

※本句集評は第2回「俳句大学大賞」の推薦文である。
※機関紙「俳句大学」第3号収録

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