月刊「俳壇」2023年1月号(転載許可済)
ブックレビュー
柴田奈美句集『イニシャル』一句鑑賞
どんぐりの降る降る鬼は十数ふ
鬼ごっこの変種の一つ「だるまさんがころんだ」をして
いる場面であろう。「鬼は十数ふ」とは「だるまさんがこ
ろんだ」の音数が十拍になることを指す。「どんぐり」が
降りしきるなかに、遊びに余念のない子ども達の様子が描
かれていて、ほほえましい。自選十二句にも選ばれている
掲句が魅力的なのは、「十数ふ」という行為のなかで、異
界へと誘い込まれる感覚がするからである。「鬼」の句の
ほかに、「雪女」の句も多く、「盆踊影の一つは亡者なり」
と「亡者」まで詠み込まれていて、異界の世界が広がって
いる。集中の「桜蘂声のやさしき鬼の来る」の鬼や「間引
かれし子を懐に雪女」の雪女は異形の者のおどろおどろし
さがない。「形は鬼なれ共、心は人なるがゆへに」という
人間的な心を捨てかねている世阿弥の「鬼」の能に近く、
裏切られても、命を取らずに去り、約束の破棄を許してい
る小泉八雲の「雪女」に同じである。異界への嗜好を示し、
日本人の異界への親近性を表現する句の数々は、句集『イ
ニシャル』の特色の一つであると言ってもよい。
永田満徳