【永田満徳(みつのり)】 日本俳句協会会長代行 俳人協会幹事 俳人協会熊本県支部長 「文学の森」ZOOM俳句教室講師

「火神」主宰 「俳句大学」学長 「Haïku Column」代表 「秋麗」同人 未来図賞/文學の森大賞/中村青史賞

歌代美遥句集『ひらひらと』論

2023年11月10日 16時05分10秒 | 句集序文・跋文

タイトル: ひらひらと

 句集 著者:歌代美遥

出版社:文學の森

出版年月日: 2023.10.29

定価:2,750円

 

歌代美遥句集『ひらひらと』論

― 豊潤なる俳句 ー

                 俳句大学学長 永田満徳

 

『ひらひらと』は歌代美遥氏の第二句集である。私が代表を務める「俳句大学」の講師として、Facebookグループ「俳句大学投句欄初心者教室」の指導をされているとともに、俳句大学九州キャンパスにも参加して頂いている私にとってまことに慶賀すべきことで、心よりお祝い申し上げる。

 第一句集『月の梯子』も素晴らしかったが、この第二句集も美遥俳句の新たな地平を切り開くものとして特筆されるものである。

   ひとひらの花と乗りたる無人駅

 あたかも美遥俳句の特色を言い表したような句である。本句集全体に漂う軽やかさと明るさと華やかさ、そして静けさを象徴している。

「ひとひらの」の句は乗る人も少なく、閑散な「無人駅」だけに「ひとひらの花」が乗り込む美しさや華やかささが浮き立つ。「花」という季語の持つ本意が鮮やかに生かされている。

   琉金の鰭いちにちをひらひらと

 この句は『ひらひらと』という句集の題となった。金魚という小動物への親近性を示すこの句も「ひらひら」の擬態語に「琉金」の生態を描いてあますところがない。「琉金の鰭」に注目し、「いちにち」をただ泳いでいるだけの金魚の姿を描いている。

   退屈を飼ひ慣らしては金魚鉢

 この句では「金魚鉢」という狭い空間の中で泳いでいる金魚を「退屈を飼ひ慣らし」と捉えているところに的確な観察眼がある。

   出目金の泳ぐ真昼の古書の店

「出目金」と「古書の店」との取合せである。「出目金」の穏やかな動きと併せて、お客もまばらな、ものしずかな「古書の店」の佇まいが伺える。

 このような一連の金魚を詠んだ静謐な世界は美遥俳句における的確な写生の目に依拠していて、一つの特色をなすものである。もちろん、美遥俳句には「闇」とか、「影」とか、いくらか暗い句材が無きにしも非ずである。

   地芝居や死なせてくれと闇掴む

   揚花火たちまち闇の落ちてくる

「地芝居」の役者の「闇掴む」仕草にしても、「揚花火」の後の「闇」が「たちまち」に空を覆う瞬間にしても、「闇」の側面をよく捉えている。「地芝居や」の句は「闇掴む」というアマチュアの役者としては大仰な表現におかしみがあり、決して暗くない。美遥俳句の屈託なさが出ていて、好感が持てる。

   日脚伸ぶ齢を持たぬ影法師

「影法師」は「齢を持たぬ」と言う。そう言われてみると妙に納得できる。この句の「影」は作者独特の把握として屹立している。

   影もまた生ある動き曼珠沙華 

「曼珠沙華」はまっすぐに伸びた細い茎の頂の蕊に赤い炎のような花をいくつも輪状に開く。生々しく、簡単には枯れない。「影もまた生ある動き」という措辞は「曼珠沙華」の特徴をよく捉えている。

   肥後椿影を連れつつ落ちにけり

「肥後椿」は花弁が大きく大輪一重咲きで、豪華な花。みずからの「影」もろともに落ちる様は「肥後椿」をよく捉えている。大柄な「肥後椿」の姿を肥後椿そのもので描くことなく、「影」で表現した手腕に拍手を送りたい。

「肥後椿」の句の「連れ」という語彙にも注目される。

   芝居終へ春満月を連れ帰る

「芝居」見物した後で「春満月を連れ帰る」とはなんと豪華なことだろう。粋な描き方に魅力を感じる。

   またひとり花を連れゆく遍路かな

「花を連れゆく」「ひとり」の「遍路」には決して寂しさがない。「花」を道行にすることによって、「遍路」の孤独の華やかさとも言うべきなかに、信仰の深さを物語っている。

「風」は頻出する語彙で、作者の精神の軽やかさを表している。

  まず、挙げなければならないのは歌代美遥氏自身が辞世の句として公言している句である。

   蓮散らす風に生まるる辞世の句

「辞世の句」が仏教では象徴的な花である「蓮」との間に「風」を介在させることによって生み出されるという。ここにこそ、「風」に対する偏愛とともに、宗教的な敬愛が示されている。

  風を聴くかたちして片栗の花

 俯きかげんに咲く「片栗の花」が風に揺れる様を「風を聴くかたち」と見立てているところがいい。見立ての句が成功するかどうかはひとえに観察眼に懸かっている。

   くしやくしやと風に揉まるる枯尾花

「くしやくしや」というオノマトペが効いていて、「枯尾花」に吹く「風」にふさわしい。オノマトペは俳句のような短詩型に有効な表現手段である。「ぱほぱほと鯉の口より春の水」にもオノマトペがうまく使われていて、春の雰囲気がよく伝わってくる。

   日にまみれ風に細るや枯薄 

   枯れいそぐ芒に風のねぢれかな

 枯すすきの二句は「日にまみれ風に細る」といい、「風のねぢれ」といい、独特で、しかも斬新な冬の「風」の捉え方があって、心惹かれる。

   見えぬ風見せて夏蝶流れけり 

   木々増えて涼しき風の奥の院

   天つ日の風を呼び込む古代蓮

「見えぬ風」と「夏蝶」、「木々」と「風の奥の院」、「天つ日の風」と「古代蓮」。いずれも、道具立てとしての「風」が生かされていて、「風」の諸相を味わうことができる。「風」の描写は他の追随を許さない。

   初蝶の風の匂ふや三狐神

「三狐神」は家で祭る田畑の守り神。「初蝶」が運んで来る「風」を「匂ふ」と言ったところに感性のするどさがある。この句は「風」とともに「匂ひ」が組み合わせられているが、次は「匂ふ」という語彙に触れてみる。

   厨から真みどり匂ふ蓬餅

   時雨傘雫の匂ひたたみたり

「匂ふ」「蓬餅」に「真みどり」を見て取る、また「雫」に「匂ひ」を感じる感性には驚くばかりである。

   煌めきの数だけ春の匂ひたつ

「煌めき」に「春」という季節の「匂ひ」を感じ取った句で、「匂ひ」に対する鋭敏な感性が窺える句である。

「煌めきの」の句は「匂ひ」と「煌めき」との取合せであるが、季語の「風光る」を含めた「ひかり」「光」の使用例は多く、光溢れる句集『ひらひらと』の広やかな裾野を形作っている。

   鳶職の太きズボンや風光る 

   三代碑の一字一語や風ひかる 

 季語「風光る」がそれぞれの句材をしっかりと浮彫りにしていて、俳句の真髄を知ることができる。

   春の宴祝杯ごとにひかりけり 

   春風や真鍮のもの皆ひかる 

   菊人形瞳に嘘のひかりあり 

「春の宴」を「ひかり」になぞらえ、「真鍮」に春そのものを象徴化し、「菊人形」の「瞳」を「嘘のひかり」として意外性のある句にしている。

 このように、句集『ひとひらと』を紐解きながら、「闇」「影」から「連れ」、「風」から「匂ふ」、「匂ふ」から「ひかり」と辿ってみると、不思議なもので、言葉の好みというより、句集の色合、さらに人柄さえも垣間見ることができる。

 句集全体から俳句の多彩さ、豊富さが浮かび上がってくる。例えば、「春の野やけものの柄のをんな来る」「梅雨晴や主婦を略して旅路なる」の女性性の客観視、「広がるも流るるも気まま春の鴨」「波を呼び波に沈みて汐まねき」のリフレインや対句による自然法爾的な動物の生態、「へろへろとさびはじめたる花菖蒲」「水の色してとんぼうの生まれけり」の感覚の冴え、「もつれたる話これまで蠅叩」「六道のどの道選ぶ毛虫焼く」の滑稽味など枚挙に遑がない。

 最後に、その他で心惹かれる句を取り上げておきたい。

   涅槃絵をかかげ和尚は留守らしき 

   逃水を追うて捨てたる母の郷 

   蝸牛老いには老いの歩幅かな

     一塊の冬となりたるロダン像

   ジーンズのがばりと乾き春隣

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Facebook「華文俳句社」 〜【俳句界】2023.11月号〜

2023年11月01日 21時13分36秒 | 「俳句界」華文俳句
俳句大学国際俳句学部!
 
Facebook「華文俳句社」
〜【俳句界】2023.11月号〜
 
◆2023年『俳句界』11月号が発行されました。
◆「俳句四季」11月号(2023年)に於いて、菫振華氏はいみじくも「漢俳」について「日本の俳句とは別物だ」と述べています。
「漢俳」とは五·七·五の形と漢字で綴られた三行詩。
     趙朴
緑蔭今雨来     緑陰に今雨来たり
山花枝接海花開   山花、枝接ぎて海花が開く
和風起漢俳     和風 漢俳を起こさん
◆そこで、「華文俳句」では華文圏に俳句の本質かつ型である「切れ」と「取り合わせ」を取り入れた二行俳句を提唱しています。
◆2020年1月からは月刊『俳句界』に「華文俳句」の秀句を連載しています。
◆どうぞご理解とご支援をお願いします。
 
俳句大學國際俳句學部的通知!
~Facebook 「華文俳句社」Kabun Haiku 2023・11〜
◆2023年『俳句界』11月號已出版。
◆於華文圏提倡包含俳句的基礎「一個切」和「兩項對照組合」的二行俳句。
◆請各位多多支持指教。
 
華文俳句【俳句界】2023,11月号
永田満徳選評・洪郁芬選訳
 
鑄鐵壺熬酸柑茶
秋涼
鄭如絜
〔永田満徳評論〕
台灣的「鐵壺」是台灣茶文化不可或缺的茶具之一。鑄鐵製的壺有助於提升茶的風味,而「柑橘茶」富含維生素C,能夠增強茶的香氣和味道。在寫食物的俳句時,強調美味是很重要的。在秋天終於變得涼爽的季節裡,將最適合的飲品搭配在一起,生動地描繪了「秋涼」的季節感。
 
秋涼し急須で淹れる柑橘茶
鄭如絜
〔永田満徳評〕
台湾の「急須」は台湾の茶文化に欠かせない茶器の一つ。鋳鉄製の「急須」はお茶の風味を引き出す効果があり、「柑橘茶」はビタミンCが豊富で、お茶の香りや味を引き立てる。食べ物の俳句はおいしそうに詠むことが大切。秋もようやく涼しくなった時節に打ってつけの飲み物を取り合わせることによって、「秋涼し」の季節感をよく描いている。
 
 
店門口打盹的老狗
秋分
玉香
〔永田満徳評論〕
「秋分」是晝夜長度相等的一天,標誌著進入冬季,夜晚逐漸變長超過白天的時刻。這是深秋來臨,冬季逼近的象徵性季語。秋的長夜也從這一天開始。在「店門口」看到一隻老犬安然入眠的情景,感受到殘暑漸漸減退,氣溫變得宜人,仿佛與「秋分」的季語氛圍產生了共鳴。
 
秋分や老犬眠る店の前
玉香
〔永田満徳評〕
「秋分」は昼と夜の長さが同じになる日で、冬に向けて、昼よりも夜が長くなっていく境目の日のこと。秋が深まり、冬へと近づいていくことを示す季語。「秋の夜長」はここからはじまる。「店の前(入口)」でぐっすりと眠っている「老犬」の様子に、残暑も和らぎ、過ごしやすくなった「秋分」の季語の雰囲気を感じているところに共感できる。
 
 
肩掛毛巾笑談古事祖輩
樟公廟
帥麗
〔永田満徳評論〕
「樟公廟」是台灣的秋季語,指的是祭拜樟木的廟。樟木的老樹被視為地區的靈性守護者,能夠抵擋風和沙塵,驅趕小偷,被崇拜為神聖的象徵。在樟公廟附近的樹蔭下,成為了一個休憩的場所,人們肩上掛著毛巾,一邊擦拭著,一邊歡快地交談著祖先的古老故事。這幅畫面描繪出了過去地區居民之間的互相依賴關係,生動地展現了當地文化。
 
肩掛を拭ひ談笑樟公廟
帥麗
〔永田満徳評〕
「樟公廟」は台湾の秋の季語で、樟木の廟のこと。樟木の老木は地域の霊的な守護者と見なされ、風や砂塵を抑え、泥棒を撃退する存在と考えられ、神聖な象徴として崇拝されていた。樟公廟のそばの木陰で、祖先の古い話を肩掛けのタオルで拭いながら「談笑」する人々の憩いの場を描いて、地域の人々の共存関係をうまく表現している。
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〜 季語で一句 (48)〜『くまがわ春秋』2023年11月号(第92号)

2023年11月01日 20時42分37秒 | 月刊誌「くまがわ春秋」
俳句大学投句欄よりお知らせ!
 
〜 季語で一句 (48)〜
 
◆『くまがわ春秋』2023年11月号(第92号)が発行されました。
◆Facebook「俳句大学投句欄」で、毎週の週末に募集しているページからの転載です。
◆お求めは下記までご連絡下さい。
・info@hitoyoshi.co.jp 
 ☎ 0966-23-3759
 
永田満徳:選評・野島正則:季語説明
季語で一句(R4.11月号)
 

鵙(もず)            「秋-動物」

 

牧内登志雄

  •  

真言の山渡りゆく鵙の声

【永田満徳評】

「鵙の声」は鵙が木のてっぺんなどで鋭く鳴く声。「真言の山」とは真言宗の高野山金剛峯寺のような山であろう。「鵙の声」が山の中を「真言」の読経のように鳴き渡る宗教の山の雰囲気がよく描かれている。

【季語の説明】

「鵙」は農耕地や林緑、川畔林などに生息。小さな体でありながらも肉食性で、鷹のように鋭い鉤状の嘴を持つ。生け垣などのとがった小枝や、有刺鉄線のトゲなどに、バッタやカエルなどの獲物を串ざしにする変わった習性があり、「鵙の贄」と呼ぶ。江戸時代は凶鳥で、鵙が鳴く夜は死人が出ると信じられていた。

 

甘藷(さつまいも)        「秋―植物」

 

外波山チハル

  •  

甘諸食ふ口角あげてはひふへほ 

【永田満徳評】

「甘諸」は栽培しやすく、高い栄養で健康食材。秋も深まり、寒い季節になると食べたくなるものはふかしたての甘諸である。「はひふへほ」にはいかにも美味しそうに食べている様子がうまく描かれている。

【季語の説明】

「甘藷」は漢名で、薩摩芋のこと。唐芋・琉球薯などとも呼ばれる。17世紀に琉球から薩摩へ伝わり、薩摩地方でよく栽培されて、生産量は鹿児島県が全国1位で特産品である。青木昆陽は栽培を関東に普及させ、大飢饉で多くの人々の命を救った。日本では数十種類が栽培され、新しい品種も次々誕生している。

 

菊(きく)           「秋―植物」

 

茂木寿夫

  •  

残照や菊置かれある事故現場 

【永田満徳評】 

「菊」は「霊薬」であるといわれ、延寿の効があると信じられていた。何らかの「事故」で亡くなった「現場」に「菊」が手向けられている情景だろう。秋の「残照」が慰霊するかのように照り渡っている。

【季語の説明】

「菊」はキク科の多年草。日本の秋を代表する菊。皇室の紋にも使用されている。菊には延命長寿の滋液があるとされて、平安時代に宮廷で菊酒を賜る行事が行われた。原産は中国で、不老不死の薬草、縁起の良い植物として扱われている。菊は竹、梅、蘭と並んで、四君子と呼ばれ、美しく尊い花となっている。

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