先日、通勤に持ち歩いた『岡本かの子』(ちくま日本文学037)を読み終えました。恒例に従い、たばこに関連する記述を中心に抜き書きし、数回にわたって私のコメントを付けて投稿します。
『金魚繚乱』(昭和12年10月)
【64ページ】
「ああ今日もまたあの図をみなくてはならないのか。自分とは全く無関係に生き誇って行く女。自分には運命的に思い切れない女----。」
復一はむっくり起き上がって、煙草に火をつけた。
【71ページ】
「江戸時代には、金魚飼育というものは貧乏旗本の体のいい副業だったんだな。山手では、この麻布の高台と赤坂高台の境にぼつりぼつりある窪地で、水の湧くようなところには大体飼っていたものです。お宅もその一つでしょう」
【107ページ】
夜は移り人は幾代も変わっている。しかし、金魚は、この食べられもしない観賞魚は、幾分の変遷を、たった一つのか弱い美の力で切り抜けながら、どうなりこうなり自己完成の目的に近づいてきた。これを想うに人が金魚を作っていくのではなく、金魚自身の目的が、人間の美に惹かれる一番弱い本能を誘惑し利用して、着々、目的のコースを進めつつあるように考えられる。逞しい金魚----そう気づくと復一は一種の制服欲さえ加わっていよいよ金魚に執着して行った。
『家霊』(昭和14年1月)
【191ページ】
客一人帰ったあとの座敷の中は、シャンデリアを包んで煮詰まった物の匂いと煙草の煙とがもうもうとしている。小女と出前持の男は、鍋火鉢の残り火を石の炉に集めて、焙(あた)っている。
[Ken] 『金魚繚乱』では、夜店で見るぐらいになった金魚について、江戸時代からの由来がよく理解できました。錦鯉ブームも思い出しながら、世にも珍しく美しい新種の金魚を創り出すために、生涯をかける男(復一)の情熱と狂気が身につまされました。また、金魚が美しさのたった一点を武器に、現在まで生き延びている理由について、得心がいきました。(つづく)
『金魚繚乱』(昭和12年10月)
【64ページ】
「ああ今日もまたあの図をみなくてはならないのか。自分とは全く無関係に生き誇って行く女。自分には運命的に思い切れない女----。」
復一はむっくり起き上がって、煙草に火をつけた。
【71ページ】
「江戸時代には、金魚飼育というものは貧乏旗本の体のいい副業だったんだな。山手では、この麻布の高台と赤坂高台の境にぼつりぼつりある窪地で、水の湧くようなところには大体飼っていたものです。お宅もその一つでしょう」
【107ページ】
夜は移り人は幾代も変わっている。しかし、金魚は、この食べられもしない観賞魚は、幾分の変遷を、たった一つのか弱い美の力で切り抜けながら、どうなりこうなり自己完成の目的に近づいてきた。これを想うに人が金魚を作っていくのではなく、金魚自身の目的が、人間の美に惹かれる一番弱い本能を誘惑し利用して、着々、目的のコースを進めつつあるように考えられる。逞しい金魚----そう気づくと復一は一種の制服欲さえ加わっていよいよ金魚に執着して行った。
『家霊』(昭和14年1月)
【191ページ】
客一人帰ったあとの座敷の中は、シャンデリアを包んで煮詰まった物の匂いと煙草の煙とがもうもうとしている。小女と出前持の男は、鍋火鉢の残り火を石の炉に集めて、焙(あた)っている。
[Ken] 『金魚繚乱』では、夜店で見るぐらいになった金魚について、江戸時代からの由来がよく理解できました。錦鯉ブームも思い出しながら、世にも珍しく美しい新種の金魚を創り出すために、生涯をかける男(復一)の情熱と狂気が身につまされました。また、金魚が美しさのたった一点を武器に、現在まで生き延びている理由について、得心がいきました。(つづく)
I recently finished reading "Kanoko Okamoto" (Chikuma Nippon Bungaku 037), which I carried with me to work.
As is customary, I will excerpt the book, focusing on the descriptions related to cigarettes, and post them with my comments over several issues.
〈Kingyo Ryoran〉, October 1937
[Page 64]
Oh, must I look at that figure again today? A woman who goes on living proudly, completely unrelated to herself. A woman whom I cannot conceive of as fatal to me. ----
The first thing that comes to mind is the fact that the two of you are not the only ones who have been through this.
[Page 71]
In the Edo period, goldfish breeding was a good side job for poor bannermen. In the Yamanote area, most of the goldfish were kept in the hollows that were scattered along the border between the Azabu and Akasaka plateaus, where there was a spring of water. Your house must be one of them."
[page 107]
The night has moved on and people have changed over the generations. However, the goldfish, this inedible ornamental fish, has somehow come closer to the goal of self-perfection, weathering the transition with the power of a single, feeble beauty. It seems to me that man did not create the goldfish, but that the goldfish's own purpose is steadily advancing along its intended course by seducing and exploiting the weakest instincts that are attracted to human beauty. When Fuichi realized this, he became obsessed with the goldfish, even to the point of a kind of uniformed lust.
"Ie Rei" (January 1939)
「Page 191]
After one guest had left, the inside of the tatami room was filled with the smell of simmering food and cigarette smoke. A woman and a man with a delivery service are gathering the leftover fire from a brazier in a stone furnace and roasting it.
[Ken]
In "Currents of Goldfish," I was able to understand the origin of goldfish, which I have only seen at night stalls since the Edo period. While also remembering the Nishikigoi boom, I could feel the passion and madness of a man (Fukuichi) who spends his whole life to create a new species of goldfish that is rare and beautiful in the world. I also understood why goldfish have survived to the present day with only one thing in common: their beauty. (To be continued)