![]() | 一日江戸人 (新潮文庫) |
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江戸の暮らしが事細かにご案内。
百万都市の江戸の半分は武家と僧、残り五十万の町民の内六割が地方出身者、
三割が地元民とのハーフ、一割が地元民ですが「江戸っこ」の条件「下町育ち」は半数、
三代続きとなるとその半数のⅠ万2500人。つまり江戸人口の1.25%・・・。
ちなみに、当時大阪は40万、京都が20万、ただし武士は反対に数%しかいなかったようで
まさに、商人の町だったようで。
江戸っ子は宵越しの金はもたねぇ・・・とカッコ良く聞こえますが、
所詮、諸物価が安いのをよいことに、あまり働かなかったようで。
まさにフリター全盛の時代、中でも呆れたバイトは素人の医者。
当時のお医者さんは無免許でなれましたし、剃髪していたので、
「髪を結うのが面倒だから医者でもなるか」、落語にでてくるデモ医者登場。
頭を丸めて坊主になる、「八五郎坊主」や「餅屋問答」、まるっきり創り噺ではなかったようで。
当時もてる男の子たちの条件は、色白で優男、唄がうまくて三味線もひける。
素人相手に町内に稽古場ができる・・・「稽古屋」「猫の忠信」
趣味が高じて年がいけば、「寝床」「軒づけ」「豊竹屋」・・・・の世界。
そして今のカラオケのように流行ったのが「声色(コワイロ)」
芝居すなわち、歌舞伎の台詞を団十郎風にとか、「名場面、名セリフ」を指南。
「七段目」、「蛸芝居」、「蔵丁稚」、「質屋芝居」まさに、歌舞伎は誰もが知ってる娯楽だったんですな。
一目惚れした時は、そっとたもとへ和歌など入れる(自作のものならなお良いと)
あれは女性からだったけど、「崇徳院」さん、日常からああいうことはあったんですな。
江戸の色男といえば、歌舞伎十八番でお馴染みの「花川戸の助六」さん。
現実的に選んだ「男の中の男」「江戸の三男」・・・・それは、
火消しの頭(カシラ)、力士、与力、の三職でおます。
「火事息子」の息子が火消しに憧れるのも、「花筏」「幸助餅」などでほん身近に関取が、
与力がでてくる上方落語はなかなか思いつきませんが・・「二番煎じ」で番屋にくるのは与力?
「佐々木裁き」で奉行の案内役は与力?あまり自信がないですな。
まあ、読んでいて、落語の世界が活き活きと、実際に喜六、清八、甚兵衛、源兵衛さん、
旦那さんに、定吉、亀吉、おもよどん、お鍋どん、・・まあ、これは上方落語でおますけど。
まんざら、落語の世界が創られたわけではなく、時代考証はすべて真実なんですな。
落語の世界にタイムスリップのつもりで、江戸の世界へ、おもしろおますで・・。
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