◇『週末』(原題:Das Wochenende)
著者:ベルンハルト・シュリンク(Bernhard Schlink)
訳者:松永 美穂 2011.6 新潮社 刊
1970年代の現代史小説とされる。内容はドイツ赤軍派テロリストの服役とその後。ナチスドイツの
犯罪、9.11テロ、も視野に収めた考えさせられる小説である。
ドイツ赤軍派のテロリストの一人イェルクが恩赦を受け、23年の服役の後刑務所から釈放された。
姉のクリスティアーネは赤軍派の元メンバーなど10人を田舎の屋敷に招く。金曜から日曜までの週末
の二夜の物語。
イェルクを過激思想の世界から距離を置かせて、社会に順応させようという試みであったが、思惑は外
れ集まった元赤軍派の面々はそれぞれの思いが激しくぶつかり、あるいは微妙に食い違い一筋縄ではい
かない。最後には思ってもいなかったイェルクの息子まで現れて父親との論争にまで及ぶことに。
母親を早くに亡くしたのでクリスティアーネは母親代わりでイェルクを育てた。自分が医学の勉強に
かまけていたせいでイェルクがテロルの世界に迷い込んでしまったという自責の念があって、いまだに
彼の今後についてあれこれアドバイスをする。しかしイェルクは長い刑務所生活で何かを悟ったらしい。
「指図するなよ」と姉を突き放した。クリスティアーネは冷水を浴びた感じでショックを受ける。
彼らの間で交わされた反省や言い訳、攻撃や期待、過去の夢や未来への望み、イェルクを再び闘争に
利用しようとする思惑などが交錯するが、結局わだかまりや疑心暗鬼や愛憎が少しだけ緩和し、互いの
立場や信条の変化への理解、宥恕などがあって、土曜の夜の象徴的な大雨のあと日曜日の朝を迎えた
10人はそれぞれ車に分乗し帰途に就く。人の生き方に深い洞察力を持つ作者の力量がうかがえる。
この本の執筆の途中にドイツ赤軍派でテロで9人を殺害し終身刑で服役していたクリスティアン・ク
ラ―を恩赦で釈放すべきかどうかで論争があったという。この本の主人公のエピソードにこの釈放論議
の影響を受けていることがうかがえるという(クラーはこの時点では恩赦を受けなかったが翌年には恩
赦になったという)。
イェルクも銀行を襲い人を4人も殺害したことになっているが、日本では23年服役し恩赦で釈放とい
うことは多分考えられない。ナチスを産んだ深い反省で知られたドイツにおけるこの寛容さをどう理解
すればよいのか。
この本の前作『朗読者』(1995年)は世界的ベストセラーとなって映画化もされた(「愛を読む人」)。
(以上この項終わり)