読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

辻村深月の『琥珀の夏』

2022年06月18日 | 読書

◇『琥珀の夏

   著者:辻村深月    2021.6 文芸春秋社 刊


 本書の主人公近藤法子は41歳弁護士、学生結婚で同業の夫瑛士と3歳の娘藍子がいる。
 法子が小5のころから3年間「ミライの学校」という任意団体主宰の「学び舎」というところに体験
合宿したことがある。この期間親から離れ合宿し、子供主体で生活と学びをすすめ、主体性と創
造性を身につけるというのである。法子は同級生
のユイの母親の誘いで静岡の学び舎の体験合
宿に参加した。そこで法子はミカやヒサ、チトセ、エリカ、アミなど多くの子供と知り合った。
本書の第5章までは法子の合宿体験の記憶の回想であり、本筋の伏線でもある。

 「ミライの学校」という宗教法人まがいの団体の運営する「学び舎」は、その後副業として天然水
の販売事業行っていたが、会員が殺菌なしの水を友人に回し食中毒らしい症状が出て摘発され
担当支部の静岡班は閉鎖された。
 さらにその15年後、学び舎のあった広場から女児と思われる白骨遺体が発見され俄然改めて
世間の注目を浴びることとなった。

 ある日法子は吉住孝信と清子という老夫婦から自分の娘圭織の白骨ではないだろうかと「ミライ
の学校」相手に調べてほしいとの依頼を受ける。娘は会いたくないと言っているがせめて孫を探し
会いたい
という。 

 合宿体験の形ながら、係わりがある法子は忸怩たる気持ちを抱えながら「ミライの学校」東京事
務局置訪れる。そこに現れた事務局長田中由佳は幼いころの記憶とは異なった無表情だが、か
つての友達ユカだった。
 そのユカは、木で鼻をくくったような応対ながら圭織を探してみることは約束した。

 その後白骨の主は法子の合宿当時
意地悪な存在として記憶されている井川久乃と判明した。
会の代表は事故死で会の集荷所広場に埋葬したと認めた。一方当時と諍いをしていたという田
中由佳には責任はないと言っているが、当人は「自分が殺した」と言っ張っているという。

  当時学び舎の会員の子供であったシゲル君が訪ねてきた。田中由佳の弁護を頼むという。
今は会を抜けているというシゲルは由佳と結婚し子供が二人いるという。かつて法子が憧れて
いたシゲルの今は法子にはショックだったが、結局夫瑛士の勧めもあって悩んだ末に弁護を引
き受けることにする。

  最終章。ミカ(田中美夏)の回想と法子との対峙。
  法子は合宿当時の記憶と感情のはざまで揺れながらも、
弁護人の責務として多くの関係者
から聞き取りをした調査結果などで指摘しながらユカ
に事実を明らかにするよう迫る。当時の優
しかったユカの記憶が脳裏に浮かぶ。琥珀の裡に眠っていた昆虫のように子供の頃の純粋な
友情の記憶が去来し、しばしば涙しながらユカの心を揺り動かす。 
 事実を明らかにしない限りことは収まらないと真摯に
対峙する法子 に対しユカも次第に心を
開き、ことの真相を明かしていく。

  美佳はずっと両親の元にいたかった。しかし二人は保育所を経営し働く女性に感謝されて
いた存在だったが「ミライの学校」の理念に感動し、美夏を”学び舎”に入れた。年に一回正月
にだけ親の元に帰れる決まりだった。
 井川久乃は学び舎と合宿での活動に常に波風を起こす存在だった。大人の教師たちが研修
で留守になった日も単独行動をし、あまつさえ教師のロッカーをあさり、金銭や卑猥な雑誌など
を抜き出し、みんなに公開するなどと言い張り、真面目で責任感の強い美佳を挑発した。
  怒り狂った美佳は無理やり久乃を「」自習室」に閉じ込めた。そして翌日部屋に食事を運んで
行った美夏は久乃の死んだ姿を発見したのである。
 美夏校長のところに駆けつけ全てを報告したが、校長は「美佳は悪くない」、「大丈夫私に任せ
なさい」というだけで、結局遺体も集会所広場に埋められて事件は隠蔽されてしまった。

夜中に二人だけで泉に行って心を通わせ友達を誓った夜のひと時が美夏の脳裏に浮かぶ。頑
なだった美夏の心はひび割れて、ついにノリコに真実を告げる。事故なのか自殺なのかは私は
知らない。でも私が久乃ちゃんを殺してしまった。久乃ちゃんに詫びたい、償いたい。これが真実。
だが事実関係からしたら「私は殺していない」。

  裁判の結果美夏に係る「殺人に対する損害賠償・慰謝料請求訴訟」は請求を棄却するとの判
決が下った。<未来の学校>に対する「過失致死」と「隠蔽」による損害賠償と慰謝料請求訴訟の
裁判は別途行われる。
  
  この小説は一見20年前にあった「サリン事件」のような宗教団体が引き起こした事件をテーマ
にした小説のようではあるが、実はまだ成長途次にある幼少期の少女たちの心の裡を丁寧になぞ
り、理性優先でもっともらしく物事を決めようとする大人の行動規範を指弾する小説と言ってよい。
 最後に、久乃に対する償いの呪縛から解放された美夏が滋と二人の子供と一緒に新たらしい生
活に向かっていく姿が描かれ、救われた思いがするのである。
                                             (以上この項終わり)



  

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