ドイツ旅行に行ってきました。名付けて、ヴァイス墓参の旅(ついでにバッハ関連も)。ライプチヒ在住のNさんがこの休みの間遊んでくれるというので行くことにしました。Nさんはギターをされている方で、名古屋のギター関係のメイリングリストでよく話をする人です。彼には名古屋で1、2回実際に会ったことがあります。バッハ、ヴァイス関連ということで、行くところはライプチヒとその周辺、ドレスデンですね。ライプチヒは夏に一度訪れたことがありまして、そのときは旧東ドイツはまだ都市のインフラ整備がおくれてるなぁとまず一番最初に感じました。今回も駅に近づいて、荒れ果てた工場跡などが放置されているのを見ると、そのことを思い出しました。
駅でNさんに会いまして、そのあたりを少しぶらぶら歩きましたが、さすが土地の人、夏に来たときとは違ういいところをいろいろご存じでした。夏にもあちこち回ったつもりで、結構知っていたつもりでしたが、いいところははずしていたみたい。
時間も限られているので、まずバッハ関連のケーテンに行くことに。ケーテンはライプチヒから電車で小一時間もあればいけるところで、旧東ドイツの都市の例にもれず、なんか人気が少なく寂れた感じがするところでした。たぶん、日本からバッハツアーかなんかでここにつれてこられたら、ちょっとがっかりするひもいるかもしれません。でも私はこういう滅びの美みたいな(ケーテンには失礼かな)ものを見るのが実は大好きなんですよ。道に迷いながら、歩いて30分ほどでケーテンのお城に到着。おー、ここがバッハのケーテン時代の職場かぁ、としばし感嘆。でも本来長方形だったはずのお堀もなんか不規則なラインになっているし、いかにも整備費用がなくさびれているのは否めません。中は博物館みたいになっていて入場料を払って中に。コンサートができるようになっている広間を見て、たぶんここでブランデンブルク協奏曲なんかを演奏していたんだろうなと感慨にふけっていました。でもお城はこじんまりしていて、こんな小さなところで6年間バッハはがんばっていたんだなとまたまた感慨。そういやライプチヒのトマス教会もそんなにどっちかというとこじんまりしていたし、やはりバッハはよく言われるように、実力はあったけどそんなに売れていた訳ではなかったということを、職場を見て実感。
ライプチヒの日暮れは早く、4時過ぎにももう暗くなり始めました。ケーテン城をあとにして市内の名所をいくつか歩いて回りました。そのあとライプチヒに戻り、ニコライ教会、オペラハウス、ゲヴァントハウスを見て、ニコライ教会の前のレストランで夕食です。Nさんとはしばし音楽談義に花が咲きました。
駅でNさんに会いまして、そのあたりを少しぶらぶら歩きましたが、さすが土地の人、夏に来たときとは違ういいところをいろいろご存じでした。夏にもあちこち回ったつもりで、結構知っていたつもりでしたが、いいところははずしていたみたい。
時間も限られているので、まずバッハ関連のケーテンに行くことに。ケーテンはライプチヒから電車で小一時間もあればいけるところで、旧東ドイツの都市の例にもれず、なんか人気が少なく寂れた感じがするところでした。たぶん、日本からバッハツアーかなんかでここにつれてこられたら、ちょっとがっかりするひもいるかもしれません。でも私はこういう滅びの美みたいな(ケーテンには失礼かな)ものを見るのが実は大好きなんですよ。道に迷いながら、歩いて30分ほどでケーテンのお城に到着。おー、ここがバッハのケーテン時代の職場かぁ、としばし感嘆。でも本来長方形だったはずのお堀もなんか不規則なラインになっているし、いかにも整備費用がなくさびれているのは否めません。中は博物館みたいになっていて入場料を払って中に。コンサートができるようになっている広間を見て、たぶんここでブランデンブルク協奏曲なんかを演奏していたんだろうなと感慨にふけっていました。でもお城はこじんまりしていて、こんな小さなところで6年間バッハはがんばっていたんだなとまたまた感慨。そういやライプチヒのトマス教会もそんなにどっちかというとこじんまりしていたし、やはりバッハはよく言われるように、実力はあったけどそんなに売れていた訳ではなかったということを、職場を見て実感。
ライプチヒの日暮れは早く、4時過ぎにももう暗くなり始めました。ケーテン城をあとにして市内の名所をいくつか歩いて回りました。そのあとライプチヒに戻り、ニコライ教会、オペラハウス、ゲヴァントハウスを見て、ニコライ教会の前のレストランで夕食です。Nさんとはしばし音楽談義に花が咲きました。
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