女は三歩下がって

2024年06月20日 | 日々のこと

またまた驚きの出生率が発表になりました。
地方では、女性が都会に出て行ってしまうことで、将来消滅してしまうだろう地域の発表もありましたね。

先日テレビから、女性が地元を離れていく「理由」が取り上げられていました。

私たちの若いころ「ガラスの天井」という言葉がありました。
その頃から見れば、かなり向上したというか、ガラスの天井という言葉を聞くことが減って来たと思っていました。

いやいやそんなに甘いものではありませんね、現実は。

核家族化が進み、育児の負担は依然より大変かもしれません。
大家族の中で産みっぱなしで仕事を続けてこられた私の方が、社会的な活動はやりやすかったかもしれません。
えー、でも我が子を育てるという楽しみを十分味わうことなく、後悔もいっぱいでしたけどね。

地域に残らない理由の中に、イベントでも女性が料理の準備片付けをするのが当然というのが嫌だとありました・・・・・・正確には違う言い方だったかも。

40代の頃、ある団体の懇親会で、当然のように「水割りのお替り」をつくることを要求された私。
その時の違和感を思い出しました。まるでコンパニオンの代わり?
いえー、お隣に座った方のお酌は、コップや猪口が空にならないようにするのは当然隣席の私の責任です。
それを離れた私に声を掛けたのは私が女性だったからなのでしょうね。
「オーイ、お茶」で過ごされてきたのでしょうね。
こういう感覚の方の存在が、今や女性が都会に出ていく原因になるとは・・・・・。

仕事の関係の協会団体には、当然女性委員会がありました。
会員は会社の代表者と役員です、当然年会費は同じなのに。
役員を選出するときには、女性は女性委員会から何名という基準で選出されていました。
女性は怖いから、人事は穏便にということだったのでしょう。
10数年前、女簪はいらないから、1人前に扱ってくださいと、女性委員会を返納しました。

こんな不思議なことが、まだ横行しているのですもの。
見回せば、女性会なんて作っている会多いのではと思います。

研修の場になるともいえますが、それは女性は格が低いという認識が潜在的にあるのでしょう。

JĀの総代にも女性総代のための研修会がありました。
男性研修会なるものが存在するならばですが、無いでしょうね。
内容も女性はこの程度という感を拭えませんでした。

女は三歩下がってという時代の名残をとどめていた私世代。
男女平等では世界の100番以下なのは、この三歩下がって意識が、男性にも女性にも抜けきっていないからかもしれません。
男性だけではなく、女性にしても、三歩下がっては都合のいい時もあるからだと思います。

ハイ、我が家私が三歩下がるのは、旅行先の飛行機の搭乗手続きとホテルの手続きだけだそうです・・・・・・その昔娘に指摘されました(笑)

出生率1.20は大変危険な数字です。
もう何年もその危機感が伝えられていますが、効果らしきものは見えていません。
子育て支援と同時に、非婚率を下げる努力が求められるでしょうね。
これがどれだけ大変なのか。

読みいただきありがとうございました。

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高岡の街の居酒屋さん

2024年06月19日 | 
昨日はよく降りましたね。
今日はまた真夏並みの陽気になるのだとか。

留守の間の雑事を一つひとつ片付けていきます。
昨日は誤嚥性肺炎で入院していた義母が退院になりました。ありがたいことにただいまお世話になっている施設が迎えに来てくれました。

とっても元気!!
身体は復活しました。でも入院すると、認知症が進行するのだと聞いていましたが、確かに・・・・・。
現実と夢が混同している感じです。
施設に行かれますかと聞かれたけれど、ハイって言えませんでした。
朝から喉が痛い私、義母の傍に寄れません。
面会にすぐ行くからね、とそこでバイバイしました。

ふた昔前なら、この状態でも我が家で介護だったでしょうね。
本当にありがたいことだと思います。

富山の高岡の日曜日は駅周辺のお店は定休日ばっかり。
夫とぐるぐる近辺を探し回りました。
出来ればフランチャイズでないお店をと。
見つけましたよ、表のメニューに「わらび」とありましたから、それに誘われて(笑)
そうなんです、地元の食材が出てくるお店が目当てでしたからね。
参考までに、もうワラビはお終いだそうで・・・・・当たり前ですね。

ビールの後、お酒をと言ったら、お燗ですか、と聞かれました。
いいねえ~と思わず夫と。
最近冷酒よりお燗がいいと思うようになって。
どちらのお店も、メニューいっぱいに銘柄並んでいるのだけど、冷酒ばっかりがお薦めみたいでね。
地元の人が行くお店なんだわ。
店主おひとりで回しておられて、どう見ても同じ年代。
書かれている手書きのメニューが達筆で読めな~い、という私に、見ているうちにわかるよって。


読めますか?
冷し焼きナスにバイ貝に、鰯の酢煮あたりから始まって、お刺身もおいしかったし、おでんも。
ところでなんで「伏木のところてん」?
ここ伏木港が近いのですねえ。
えー、すぐに食らいついた私(笑)
飲み屋さんでところてんは初めて・・・・・だよね。

一角に果実酒のビンがずらりと並んでいて・・・・・・好奇心のかたまりみたいな私は「ぐみ酒」を。
これが超甘くて・・・・・砂糖酒だわ(笑)
エキスを早く出すのと、水増しならぬ砂糖増しね。

高岡の夜を楽しみました。
読みいただきありがとうございました。

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北信越高等学校レスリング選手権大会

2024年06月18日 | レスリング
おはようございます。
3日留守にしていました。

昨日夕方帰ってきて、夫と畑に駆けつけました。
夫は絹サヤの収穫、私はワラビ。
絹サヤを手伝おうとすると、実がまだ入っていないから大丈夫と言います。
えー、これはお豆でなくてサヤを食するものだと思いますが・・・・・・(笑)
今度スーパーへ行ったら、売っている絹サヤ見てもらうことにしましょう。

出かける日の夕方小梅を3キロいただきました。
どう考えても、出かける前には無理そう。
追熟させて、梅酒にすることにしました。
帰宅したら、追熟させておいた小梅の香りが素晴らしい。

留守にするといろいろ仕事が溜まります。


令和6年度 北信越高等学校体育大会と第60回 北信越高等学校レスリング選手権大会の追っかけに行ってきました。

 朝5時に息子ファミリーの車に便乗して、約3時間で富山市高岡に到着しました。
 1日目の土曜日が団体戦と女子の個人戦。
 結果、団体戦は3位でした。
 2日目の個人戦、孫は優勝しました。全試合1点も取られることなく戦えましたから、立派なものでした。
3月初めに全治3ケ月のケガをし、今月から練習を開始したばかり。
本人も、試合の感覚を取り戻すように慎重に進めていたようです。
8月のインターハイまでには、完全復帰してもらいたいものです。

 男子8階級の内、県勢は3階級優勝できました。

今朝の新聞でこの高校総体(インターハイ)の在り方も改革されそうな記事が載りました。

大会設営するには大変な労力とお金が必要なのだと思います。
会場もあるかどうかですね。

今回大会が終わった後、開催県の富山の生徒が片付けていました。
マットの下にシートがあってさらにその下に、またマットです。
何気なく見ていたら、ひとりせっせと働く生徒が目に入りました。
みんなマット1枚持つて、倉庫の順番待ちをしてる中で、その生徒は、まとめて山にしていました。
ひとりセッセと。
おー、段取りがいいわあ~。
思わずどちらの生徒さんなのかチェック。
高岡向陵高校の小柄な方でした。
いい子だわねえ~、と年の功は思ってしまったのです。

次のインターハイの全国大会は8月、佐賀県です。
夫と私、ホテルは予約済み。でも会場で保護者の皆さんが話すのを聞いていたら、団体戦は観戦が可能のようだけど、個人戦には県に8枚のIDカード
しか割り当てがないことを知りました。
会場が小さいのでしょう。
とても、保護者を差し置いて、じいとばあーが会場で観戦なんてできません。
こんな機会がなければ、佐賀へ行くこともないのですが、あきらめざるを得ません。
こんなに人数制限があれば、地元の経済効果にも影響ありますよね。
大きい会場にして欲しいわ~(笑)

国体などの大会も、結局会場を作るところから始まるので、お金がかかるということなのですね。
約50年に1度回ってくる国体(とは今はいいませんが)の時にそのインフラ整備をしなければ、先のように会場が無いと言うことになるのかもしれません。
運動をめぐる環境がだんだんいい方向に変わっていっていません。
頭を鍛えるか、身体を鍛えるか。
文武両道はなかなか難しいけど・・・・・・心を鍛えるということも考えれる必要があるのかも。
読みいただきありがとうございました。

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水戸の旅 勝田菖蒲園  富山高岡 レスリングの北信越大会

2024年06月17日 | 

そして午後は、菖蒲園まで。
腹ごなしに歩くことにしました。
3.7キロです。

その街を知るには、歩くのが一番です。
しかし、商店街ではなくて、バイバスなんですね。
日本全国で見られる店名がここもいっぱいでした。

それでも涼しい風に励まされて、テクテクと。
この日結局2万歩をゆうに超えました。
最近あるいているので、なんともなく平気(笑)
もちろん帰りはバスにしましたけどね。

菖蒲園、大昔埴輪を焼いた跡地なんですね。
水路が菖蒲に適しているのでしょうね。
潮来まで足を延ばさなくても、満足できましたよ。

15日から17日まで富山の高岡にいっていました。
高3の北信越大会です。
追っかけすると決めたので楽しんでいます。
ここまで先行投稿です。
2週続けてのお出かけ、どれだけ忙しかったか(笑)
夫に動き過ぎと言われつつも、動かなければ回らないのが現実。
高岡の街を楽しんできます。
もちろん試合もね。

読みいただきありがとうございました。

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水戸の旅 勝田のサザコーヒー本店へ

2024年06月16日 | 
水戸の旅の2日目は、ひたちなか市の勝田へ。
水戸から一駅。
しましまさんにご紹介いただいた、サザコーヒー本店へ。
駅を降りたとこに、サザコーヒーのお店がありましたが、本命は本店。

本当に雰囲気のあるお店でした。


ふだんコーヒーを飲まない私でもおいしいって思いましたよ。

お庭が素敵。
お花が白でまとめてあるのかなあ。

ゆっくりした時間を過ごしました。
店内にはこんな展示も。



さらにギャラリーでは


柴沼清さんらの作品展が開催されていました。
木の枝をつかっての作品です。
柴沼さんがいらして、ご自分の作品の解説をしてくれました。
゛影゛がいいのだとか。
この作品には色がありませんが、他の作品はステンドグラスという印象を受けました。
「枝画」とご自身は名を付けられていました。

サザコーヒーの手前に沖縄料理のお店が見えましたので、この頃ズッと私が「沖縄料理」とさわいでいたので、そこに決めました。
まだ開店まで時間があったので、外でメニューを眺めて楽しんで待っていました。ふと入り口を見ると・・・・・・本日の営業は夕方からと張り紙が(笑)

駅前に戻って「天寿」というお店に。
これがまあー、ボリュウム満点で、自分の齢と胃袋を思い知らされましたよ(笑)
普段食べないケーキの後だものね。
読みいただきありがとうございました。

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水戸の街で

2024年06月15日 | 

1週間前の水戸の旅。
一番下の中2の孫男子のレスリングの全国大会の追っかけですから、旅というほどの物ではありません。

ただ、土曜日には帰ってこなくてはダメなので、1日早めに出かけてしばし観光に当てました。

あちこち歩きまわるつもりは最初からありません。
下調べもせず(夫はそれでも調べているだろうな)ぶっつけ本番。
佐久から新幹線で、東京から常磐線の特急でお昼に到着。

ホテルに荷物を預けて、出発。
まずはお昼、もちろんアルコール付き・・・・・地酒をね。

観光は「弘道館」をじっくり。
展示物をしっかり、説明文も全部読んで。
いろんな歴史が、年齢を得たことにより結びついて理解できるようになったわね。
こういう建物を見ると、ついついつかってある材木が気になってしまってね(笑)
皆さんと視点がちがうらしい。


お庭はさすが梅の木なんだね。60種で800本もあるのだとか。
梅は収穫された後だったけど、今年は不作だったみたい。
あら、あそこにひとつ、こちらにひとつ残っているわなんて、探して楽しみました(笑)
売店の前のベンチに座っていらしたおばあちゃんに「ご主人を大事になさいね」と。
おばあちゃん、ご主人が朝起きてこなかったんですって。
その思いが悔いとなって、初めて会った私にも話したかったのね。
90歳前後のかなりご高齢の方、120年続く売店の主でいらっしゃいました。

水戸城跡を眺めて、下校する小学生を観察しつつ駅前に戻りました。
お店を覗きながら、いったんホテルに帰って、私は読書。
この3日間に文庫本3冊読めたのね。

夕食はホテル紹介の居酒屋さん。
とっても混んでいて賑やかだったけど、おいしく頂戴しました。
メニューにクジラがありました。
この頃の我が国の商業捕鯨また拡大したのを複雑な思いです。
よその国から見たら、わが国はどんなふうに見えているのでしょうね。
クジラを食べたいと思うのは、私たち年代位まででしょうに。
売れなくて在庫があるというのに、なぜなんでしょうね。

ホテルに帰り路、ワインバーを見てフラフラーっと。
同年代のマスターと世間話。
お客様もあまりいず、マスターのグラスがどんどん空くのが気になったわ。

読みいただきありがとうございました。

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忙中閑あり・・・・・そんな言葉最近見ましたが

2024年06月14日 | 日々のこと


それにしても暑いですね。

このところ1週間を4日で暮らしている、夫と私。
押し寄せる雑事を右に左にとかき分けています。

そんな日々なのに天気が良ければ、洗いたくも干したくもなるものです。
Cちゃんパパが引っ越していきました。
といっても我が家には2人のお部屋はそのまま確保してあります。

引っ越していったお部屋に入ってみましたら、開いている押し入れにお布団がありました。
えー、まだあったの、と私。
客用の布団がここにまだあったんだと驚き、毛布も5枚。
ついでにシーツと書いてある入れ物も覗いていました。
いえー、これ10年前に引っ越してきたまんまが入っていました。

天気がいい時にと、毛布は洗い、布団3枚はカバーを外して干しました。
シーツとカバーにタオルケット全部で何枚あったでしょうか。
私は洗濯機に入れるだけ、干すのは夫ですから不明(笑)

みんなベット生活ですから、客用でしか使わないものばかりです。
先日空いた押し入れが満杯になりました。

帰宅して、布団にカバーをかけてと、熱い仕事です。
そして夕食の準備前に、布遊びの仕上げを1組。
まだあと2組あります。

Cちゃんパパにお野菜持ちにおいでと電話して、お野菜と料理と炊きあがったばかりの炊き込みご飯を持たせました。
炊き込みごはんがとってもおいしいと夫が言います。そうなんですとってもおいしくできたんです。
お出かけが近づいてきて、料理をどんどん作るわけにもいかず、冷凍庫の常備菜を片付けています。

2人暮らしになって、留守の間の料理の心配がなくなったので、冷蔵庫はスキスキになりました。こんなこと初めてです。

今日は、母校の百年誌の編集会議。先日来、口絵に載せる写真の選定。
選定までいかないのが現実。
女学校時代の写真が足りない。
中学校の卒業アルバムはあるのに、女学校にはそれが出てこない。
ところで卒業アルバム作成しなかったのだろうか。
女学校の最期の卒業生のお歳はただいま91歳。
探し回っている私。最後まであきらめないでの言葉に背を押されて(笑)
100周年事業には100、百年誌だけ百を使っています。事情が分からない方には摩訶不思議でしょう。
読みいただきありがとうございました。

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どこの街にも同じお店がいっぱい

2024年06月13日 | 日々のこと

昨日のお客様訪問は、軽井沢・御代田方面。
新緑が美しい・・・・いい季節です。

花がサツキに変わりました。
バラもきれい。
素敵な別荘を横目で眺めながら・・・・・それにしても別荘が増えました。
本当に・・・・・本当によく建っています。

佐久も建築ラッシュかなと思うほど建っているけれどもね。

古い商店街を通ったら、八百屋さんが閉店して、テナント募集の張り紙がみえました。
昨年今頃とおりかかった時に、よく色づいた梅が車から見えました。
梅酒にいいかなと。
私が買わないと破棄するだろうなと思って。
店頭に並んでいる3袋を買いました。
他の商品もどちらかと言えば・・・・・売り旬が過ぎているように見えました。なにげなくバックヤードを見たら、もう売れなくなった商品の山の中に、まだ梅もありました。
生ものって大変だなあ・・・・・。

古い商店街はシャツターが下りたお店ばかり。
これってみんなスーパーにいっちゃうからね。
地元のお店が消えて行ってしまうのね。

先日、ひたちなか市の勝田の街というか道路沿いを歩きながら、今や日本中同じお店ばかりと思いました。
これじやあ・・・・・違う街に行く意味がない。

最終的には消費者にそのツケは返ってくるだろうね。

夕方、庭の草取り、ようやく1周できました。
早めに帰った夫が裏に干した玉ねぎを移動させるようでした。
そこだと玉ねぎが煮えちゃうと私が言ったもんで(笑)
えー、だからちゃんと手元をつとめましたよ。

夜なべで、布仕事。
ようやく形になってきました。
読みいただきありがとうございました。

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あれやこれやと竹の子そして山椒の実

2024年06月12日 | 料理



車でお客様訪問途中、自転車の女子高校生が木陰で足を止めて汗を拭いていました。
昨日は30度近く。すれ違いざまに見た、ほてった顔が本当にピンク色で・・・・・きれいでした、若いっていいなあ~。

ここしばらく忙しすぎました。
しわ寄せは庭の草取り。
こんな草を大きくしたことはありません。
朝食後1時間、帰宅してから1時間半、草取りではなく草掻きです。
天気予報みて、草掻きでも枯れてくれそうなので。

ふと見上げたら、山椒の実が見えました。
しばらく前夫が採ってくれたのですが、少し若いかもと言うのでそのままになっていました。
草掻きを止めて急遽仕事を変えました。
今年は豊作らしい。

喜んで採ると、量と大変さは比例するんだよね。
小ボールひとつにしておきました。
採ろうと思えばまだ何倍もあるのですが・・・・・。
夫はおでかけですので、そのまま冷蔵庫にしまいました。
この山椒の実の拵えは一人ではあまりに孤独です、夫のいる時にしましょう(笑)

お客様訪問もあと2日位で終わりそうです。
これが終わらないと、落ち着いて他の仕事ができません。

昼休みにワラビを採り、お客様にお届けしました。夫が淡竹を採ってくれたのでそれもお届けして手元に残らないようにしました。
先日の分がまだそれぞれ冷蔵庫にあるからです。
竹の子はまたまたシナチクと炊き込みご飯の素で終わりにしました。
ワラビはワイン漬けにしました。
でも・・・・・夕方、玄関に淡竹が届いていました。
友人が届けてくれました、有難く茹でました。
あれやこれやと、この時期私は竹の子屋です。(笑)

今朝、山椒の実拵えました。
ひとりでは孤独な作業です。
夫は隣で新聞読んでいました(笑)
読みいただきありがとうございました。

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お米が品薄?

2024年06月11日 | 日々のこと

田植の終わった田んぼから、よなよなカエルの声がきこえますが、かってほど賑やかではありません・・・・・なんででしょうね。

しばらく前に我が家の西側の水路にホタルが復活したのは、すぐ上の奥様がカワニナを毎年何万円も購入して放流していたからと知ったのはかなり後の事。

台風で大水が出るとみんな流れてしまって、最近は見ることがありません。

風物詩も変わってきました。

3日ほど前の信濃毎日新聞の一面に「お米が品薄」の記事が載りました。
昨年の酷暑が効いているのでしょうね。
まあ、実際は不足することはないでしょうが、こういう記事が出ると買いだめに走る方がいるから危険なんですよね。

1993年の冷夏の年のコメ不足を記憶している方もいらっしゃることでしょう。
あの年、実のらない青立ちの田んぼをたくさん見ました。
お取引先のお客様に「絶対コメ不足になりますよ」と言ったけれど、マサカと信じてもらえませんでした。
そしてあの騒ぎ。
当時社長であった兄は、供出を止めてその分を取引先のお客様に送りました。
その後も、しばらくは送り続けたのですが、作りてがギブアップ(笑)

実家の父は戦後の食糧難が身に染みていたので、米作りだけは続けるようにと言っていましたが、兄も弟も私たちも意気地なく、みんな委託に出してしまいました。

しかし、アジアでも米不足の話がでるに及んで、わが国は食料自給率のカロリーベースの元となっているのは米だと思うと複雑な気持ちになります。

自分が米を作っていないのは不安なんですが、なんたってその体力がありません。
機械化なんですが、これがまた機械貧乏になるので、結局は農業法人に委託しか手がありません。
たしか貧乏人は麦を食え、なんて名言ありましたね。
わが国の麦の生産も僅か、とてもみんなが食べるほどはありませんものね。

昨日の国会の総理の食料問題の答弁を聞きながら、総理が口で言うほど、作物の転換は簡単ではなかろうにと思いました。

食べ物がない我が国は世界が平和であればこそ存続できるのです。

読みいただきありがとうございました。

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