郷土力士の御嶽海の活躍に一喜一憂しています。長いことテレビの相撲観戦を見れなかったので、相撲通になるまでにはまだまだ時間がかかりそうです。
巨人大鵬卵焼きというより初代若乃花の時代の記憶が強烈に残っています。
長野労基の3月の「ひと口コラム」は「世紀の大誤審」と言われたものは?
と、お相撲さん話題でした。
以下引用します。
大相撲で3月といえば、「荒れる春場所」。その例を一つ。
昭和44年、初場所も全勝優勝した横綱大鵬は44連勝まで伸ばし、戦前の双葉山69連勝に迫る勢いでした。
大鵬は、初日も勝ち2日目平幕の戸田(後の「羽黒岩」)との初合わせ。場所前に一度は稽古して取り口を見ておかねばならなかったのにそれをしなかったことが響いたのか、一方的に押し出されて大鵬に土。
しかしその前に戸田の足が土俵を割っていたところを行司が見逃さず、大鵬に軍配。
物言いがつき、何と行司差し違えで戸田の勝ちとなって、連勝は45でストップしました。
NHKのテレビ中継では戸田の足が先に出たのが明らかで、戸田も自分の負けと取組直後に認めたほど。
翌日新聞各紙は写真付きで「世紀の大誤審」と報道しましたが、当の大鵬は「あんな相撲を取った自分が悪い」と自戒しています。
実は翌夏場所からビデオ判定が導入されることになっており、この騒動をきっかけに予定を早め、春場所10日目から導入されました。
初金星の戸田ですが、翌夏場所でも横綱柏戸との一番が物言いとなり、軍配柏戸でしたが、行司差し違いで2つ目の金星。
この一番はビデオ判定により誤審なしの白星でした。
2場所続けて行司差し違いで横綱に勝利した戸田は、ビデオ判定に深くかかわった力士でもあります。
以上引用終わり
まさしく巨人大鵬卵焼きと言われたのがよくわかるエピソードでもありますね。
44年3月この年は、私にとって夢と希望にあふれた年でした。
この相撲のことは全然記憶にありません。
相撲の世界も変わってきましたね・・・・・本当に。
依田美恵子
軽井沢・佐久で建てる外断熱・省エネ住宅 中島木材の家
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