いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

コロナ戦争の失敗。 failure of corona virus war

2020-12-11 20:04:24 | 日記
 (1)冬にはコロナ感染第3波が来るといわれて、その通り連日感染者数最多を更新し続ける第3波襲来だ。来るといわれてその通り来たのだから、政府のコロナ対策は「失敗」(failure)だった。

 政府のコロナ対策助言専門家組織も「全体として必ずしも成功しているとは言いがたい」(報道)とやけに曲がりくねった言い回しで遠慮がちに「失敗」を示唆している。ズバッと言って政府に反省を求めるほうが身のためだ。

 (2)コロナ感染阻止とGo Toなにがしかの事業推進は対策に矛盾があり、これでは収まるものも収まらない。年間を通したコロナ感染流行拡大との人類、国民との闘いは「戦争」なのだから、国、政府、政治、社会、国民は相当の覚悟、決意で取り組まなければ、あるいは事業撤退の時期を見誤らないことが大事だ。

 経済活動も維持したいし、コロナ感染拡大も阻止したいでは割が合わずに結局は2者とも救えないジレンマ、失敗だ。

 (3)Go Toなにがしは成功したのか、確かに政府の50%補助のメリット目当てに旅行、飲食に大勢が利用に向かったが、それで鉄道、旅客、飲食業界は一時うるおった、回復したかもしれないが、経済活動維持、流通拡大でコロナ感染拡大が爆発的に急増して、結局はその後移動、営業自粛、ステイホームでまた業界にしわ寄せがきて閉店、休業に追い込まれて効果は長続きしなかった。経済活動効果は持続的に長続きすることが必要で、波が交互に来ては意味がない。

 (4)Go Toなにがしとコロナ感染拡大の直接的な因果関係はわからないが、移動、営業自粛、ステイホームで夏の感染抑止効果があったことをみれば、感染者最多更新の第3波の原因がGo Toなにがしに関係があることは少なくとも可能性として考えられる。

 政府は経済活動維持とコロナ感染阻止を両立させようと甘い楽観的な判断を選択しているが、上述したようにこれはコロナ感染症と人類、国民の「戦争」なのだから、うまくいったら両得というような甘い楽観的な判断は通用しない究極の(ultimate)選択であり、進むべき安全の道はひらけない。

 (5)コロナ社会を「戦争」という表現をしたが、戦前の旧日本軍のアジア侵略植民地支配も、狭い国土の日本が資源、大陸を求めて覇権主義国家としてアジアに侵略侵攻したのか、欧米国から追い込まれての反転活路をアジアに求めたのかわからないが、少なくともコロナ感染対策で自国の繁栄とアジア侵攻植民地支配の両得は叶わなかった過去の歴史には学ぶべきだ。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

国防のアクセルとブレーキ。 accel. and brake of national defense

2020-12-10 20:30:03 | 日記
 (1)国防、防衛は踏み込んでも(accel.)踏み込まなくても(brake)問題はある。政府は敵地攻撃能力を持つ、つながる国産ミサイルを初めて開発する。安倍前首相時代に北朝鮮のミサイル攻撃を迎撃するイージス・アショア計画の停止にとない、それに代わるものとして外敵がミサイルを発射する前にスタンドオフから攻撃可能な敵基地攻撃能力を持つミサイル保有方針を年末までに打ち出すことを決めており、菅政権によるその前提となるスタンドオフ能力を持つ国産ミサイルの開発方針だ。

 (2)国産ミサイル開発は敵基地攻撃能力を持つ(転用可能な)ことから、これまでの憲法の専守防衛理論を逸脱するものとして警戒論はある。スポーツは攻撃は最大の防御といわれるが国、国民の生命、財産などを守る国防、防衛も同じで、結局は歯止めが利かないことになる。

 日本の憲法条文は戦力を保持せずに交戦権を有しない中でこれまでの政府方針は国連が認める個別的自衛権に限って認められるとしているが、その規模、機能、概要については計画はなく国、国防としてあきらかにしにくいところでもあるが時の政府、首相により恣意的な判断、解釈が介在することになり、無限に拡大する。

 (3)憲法第9条は戦力不保持、交戦権放棄をうたっているのだからその範囲内での個別的自衛権(専守防衛)の理論、機能について概要集が示されて当然で、そうでなければ自民党などが憲法改正草案を示しているようにミサイル迎撃能力確率は50%程度と低く国、国民の安全を守れるのかという問題はあり、改正するしかない。

 イージス・アショアも日本海を挟んで北朝鮮のミサイル攻撃に的確に安全対応ができたのかそもそも疑問のあるところだった。

 (4)しかしイージス・アショア計画の停止で代替案として自民党からは敵基地攻撃能力を持つ国産ミサイル開発に方針転換する踏み込みとなった。国防、防衛は踏み込んでも踏み込まなくても問題はあり、議論は慎重にむずかしい課題、問題だ。

 だから憲法第9条、個別的自衛権の理論、主義、範囲能力を策定することは政府の仕事、歯止めとして必要になる。

 (5)国防、防衛論は個別的自衛権から集団的自衛権の行使容認、さらに敵基地攻撃能力の保有と拡大を続けており、このまま拡大が続けばアジアとの関係、国際社会との関係で過去のアジア植民地占領支配の忌まわしい日本の歴史、記録、記憶のもとに関係悪化、警戒論が強まり孤立を招くことにも留意が必要になってくる。

 (6)国会が歯止めにならない議会制民主主義日本としては、国民主権の意思表明が最大求められて、国防、防衛それにかかわる改憲についてあいまいなまま過ごすのではなく本格的議論、集約が必要となる。

 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歓喜の歌。 a song of rejoicing

2020-12-09 20:06:22 | 日記
 (1)コロナ社会は様々な分野に影響を及ぼしているが、音楽に対しても同様だ。イベント、コンサートは次々と中止、延期が続き、その大きな影響を受けそうなのが今年生誕250年を迎えた楽聖「ベートーベン」(Beethoven)だろう。

 FMなどで連続してベートーベン特集が組まれて、大作交響曲集から小作品集までこれもベートーベン作曲という幅の広い可能性無限で奥の深いベートーベン作品に触れることができる。

 (2)ベートーベンといえば、誰しも思い浮かべるのがいつしか年末の「第九」(交響曲第9番第4楽章の「歓喜に寄す」)だが、今年はコロナ感染拡大第3波で大勢が一堂に集まっての合唱はむずかしい状況だ。演奏でも歌でもオンラインでつないでまとめるやり方もみかける。

 (3)音楽学者で京都大教授の岡田暁生さんは、ベートーベンの音楽はフランス革命と産業革命の影響を強く受け、第九は、見ず知らずの人たちが歌によって一体になるという人間社会の理想像を示していると新聞コラムに書いているが、コロナ社会でさらに国際政治情勢、意識の変化などで「密集をエネルギーにする社会の限界を象徴しているような気がします」(同コラム)と「第九の時代は終わった」と指摘する。

 (4)本ブログではコロナ社会で音楽活動ができなかった空白の1年は、来年(もむずかしいか)その次以降には60年代にビートルズが革命的、歴史的に時代を変えて出現したようにあたらしい型の文化、音楽、音楽家が台頭するキッカケになるだろうと書いたが、その期待と可能性は大きい。

 (5)70年代には日本でも財津和夫さん、Tulipが洋楽旋律に日本語詞を無理なくうまく乗せるあたらしい音楽(ニューミュージックと呼ばれた)で台頭したようにメロディ、リズム、ハーモニー、テンポに「何か」を組み合わせた、乗せたあたらしい時代の音楽が出現することに期待したい。

 (6)一方でベートーベンは250年の長い歴史、音楽史の中でいつも感動と歓喜、圧倒的な存在感をあらわし、表現し続けている。これが芸術であり、文化であり、哲学というものだ。当時の交響曲をしのぐ現代作品を聞いたことがないのは、音楽、作品の多様性、価値観、方法論、手法、環境(想像するにベートーベンの時代は音楽、詩、絵画、彫刻、舞台にかぎられていたか)の違いからくるものなのかわからないが、時代、歴史は普遍的なものと革命的なものがいつも一体となって歓喜するものなのだろう。 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不思議な結びつき。 magical mystery link

2020-12-08 20:56:44 | 日記
 (1)12月8日は79年前、日本が欧米連合国との第2次世界大戦を開戦した日であり、40年前にはニューヨークでジョン・レノンが凶弾に倒れた日だ。
 第2次世界大戦は広島、長崎に原爆が投下されて一瞬にして10万人以上の国民が亡くなるという結末を迎える始まりの日で、40年近くを隔ててともにいい記憶のない日となった。

 今年はコロナ感染拡大第3波を迎えて重症患者が最多となり、病床ひっ迫で医療危機が叫ばれて北海道、大阪が自衛隊に看護官派遣を要請する緊迫した事態となっている。

 (2)ジョン・レノンに戻ろう。ジョン・レノンはビートルズにへきえき、あきあきしていたのは彼の行動からよくわかる。小野洋子と知り合ってビートルズレコーディングに連れ添ってあらわれ、写真でも堂々と公表しビートルズにヤル気が見られない、伝わらないものだった。

 ジョージ・ハリソンにもその傾向、態度はみられて、自然と時代を革命し、独自の音楽史をつくったビートルズ瓦解、崩壊へと進むことになる。

 (3)いろんなビートルズ評伝を見聞きすると、スタジアムでの大規模コンサートで誰もビートルズの歌や演奏を聞くでもなしに大騒ぎする観衆に、コンサート終了後はスタジアムから彼らが護送車に乗せられて退出する様に嫌気をさしたといわれる。

 ビートルズが注目され始めた頃はマッシュルーム・カットに襟なしスーツで伝統英国ではそれは長髪、異端と言われたが、間もなくそれは普通の髪形になり、男性でも肩まで伸びた長髪が若者の全盛となる。

 (4)時代を背景にした流行もあるが、大人の世界には染まらないという若者の社会レジスタンス(resistance)の象徴でもあった。若者誰もが長髪になって主義、主張が埋没して特徴でなくなったのは皮肉な結果だ。

 ジョン・レノンは亡くなるまで長さの多少はあっても長髪で通したが、ジョージ・ハリソン、ポール・マッカートニー、リンゴ・スターはすっかり大人の整髪された髪形になり、それがまた絶妙にマッチして大人の雰囲気を醸し出していたし、いる。

 (5)革命家ジョン・レノンの「イマジン」は、国境もない、殺し合いもない、宗教もないと思えと説く。夢人と言うかもしれないが今を生きてる人々が皆そう思えばどうかと夢を語った。
 12月8日は第2次世界大戦の開戦と夢人ジョン・レノンの平和を語る死が交差して結び合う不思議な日(magical mystery link)となった。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本構造改革。 innovation of the organization of japan

2020-12-07 19:58:34 | 日記
 (1)今年はいいことがない、疫病神(the god of plague)が集団で舞い降りてきたような1年を終えようとしている。冷静に考えれば少しはいいこともあったかもしれないが、政治も経済も社会にも疫病神が大きな顔をして舞い降りている。

 (2)そこにせめてものと示し合わせたかのように年も迫った暮の12月に天空次元のはるかから「はやぶさ2」が6年もかけて自ら採取した小惑星「リュウグウ」の「かけら(岩石)」の入ったカプセル(玉手箱)を地上に送った。

 宇宙誕生の謎の手がかりになる快挙ともいわれて、年の最後の最後に期待と関心の大きい明るいニュースだ。「はやぶさ2」プロジェクト(小惑星に着陸し人工クレーターを起こし岩石採取)は欧米の10年は先を行く(報道)日本が誇る宇宙最先端技術だ。

 (3)人類、世界、社会は新型コロナ第3波感染拡大が進行中で、ようやくワクチン研究開発成果も実施段階を迎えてコロナ感染拡大抑止につながる期待も大きいが、まだ副作用、安全性については未知数のところはある。

 疫病神が舞い降りた政治、経済、社会では、①菅首相の気迫のかけた原稿棒読み演説、答弁に安倍前首相の「桜」前夜祭答弁の虚偽事実が身内証言からあきらかになり、野党の安倍前首相の国会招致を振り切るように論議も尽くさずに国会が閉会されて、②今年の各企業の冬のボーナスは5割減、8割減から支給なし(ゼロ)まで厳しい年の瀬となり、③コロナ感染第3波社会は重症患者が最大となり病床がひっ迫して関係者からは「限界だ」(報道)として政府に対して経済活動より感染対策を優先させるべきだとの声が高い。自治体は自衛隊に看護師の派遣を要請している。

 (4)受け止めるべき政府、国会は補正、来年度予算編成とかで国会を開いていられないという理由で疫病神に支配されたままだ。疫病神をぜひ追い払いたいところだが、コロナ「3密」回避で初もうでの願掛けもままならず、解散総選挙がある見込みの国民の怒り、はけ口も今はなくひたすら「自助」でしのぶしかないようだ。

 (5)もちろん疫病神にやられてばかりはいられない、疫病神効果もある。テレワーク、オンラインと働き方、授業改革が浸透して、新しい生活様式を考える社会構造改革の契機にはなった。東京一極集中から郊外、地方に転出する企業、住民の動きも目につく。

 5年後、10年後に日本構造改革(innovation of the organization of japan)につながる期待もある。

 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする