ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「悪徳なんて怖くない」 ロバートAハイライン

2008-05-25 13:15:04 | 
女になってみたいか?

実に悩ましい質問だ。男と生まれて、はや45年。別に特段、不満があるわけでもないし、殊更女性になりたいと憧れたこともない。女中心の家庭に育ったので、特に女性を特別視したこともなく、むしろ洗濯やらアイロンかけやらが男の倍、手間がかかる連中だと面倒に思っていたぐらいだ。

ただ、男と女はだいぶ違うらしいとは気がついていた。男女平等だが、なんだか知らないが、男と女はそのつくりも機能もかなり違う。違うものを同じに扱うのは、ある意味不平等だとさえ思っている。

違っていいじゃないか。

違いの根幹は、やはり性機能にあると思う。そう経験豊富なわけでもないが、性的な快楽の感じ方が、男と女ではかなり違うと感じていた。もっといえば、快感を共有したことは、多分一度もないだろうとも疑っている。

身体の構造が違うのだから、それは仕方のないことなのだろう。女性的な感性をもつ男はいると思うし、その逆も然りだと思うが、完全に一致することはあるまい。

生物的な差異は、進化の必然から生まれたものなので、違って当然なのだろう。違うからこそ、その違いを知ってみたい。そんな希望が芽生えたとしても、それは不思議ではない。

表題の作者ハイラインが、老齢といえる年になってから書いたこの作品は、けっこう物議をかもした。徹底した戦争肯定の「宇宙の戦士」以上の問題作であったかもしれない。

超大金持ちの老人が、若い身体に脳を移植することで延命を図った。ただ、それが女性の身体であったことは想定していなかった故の困惑。女性として新たな人生を生きる戸惑いと魅惑。なんとも鮮烈な印象のSF小説だった。

この作品が書かれた時よりも、内臓移植の技術は向上していることを考えると、そう遠くない将来には脳移植も実現するかもしれない。いずれハイラインのSF的アイディアが、実現する日が訪れるのであろう。

そうなると、男性が女性の身体へ、女性が男性の身体へ脳を移植してはじめて、互いの違いを明確に把握できるだろう。それが幸せなことかどうかは分らないが、倫理的な問題をはじめとして相当な衝撃があると思う。

う~ん、私が臆病なだけかもしれないが、世の中には知らないほうが幸せなことってあると思う。あたしゃ、安らかに死にたいよ。転生して女性に生まれたなら、それは運命として享受しますがね。

(今週は忙しいので、更新、コメントへのお返事が遅れるかもしれません。悪しからずご了承ください)
コメント (2)
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