冬になるとスパイ小説が読みたくなる。
たぶん、初めて読んだスパイ小説がル・カレの「寒い国から来たスパイ」だったからだと思う。冷戦の真っ最中に書かれたものだけに、敵方はソヴィエト連邦の防諜組織KGBだ。
ル・カレに限らないが、このKGBが敵役として登場することは、スパイ小説の定番料理化していた感がある。冷酷で、優秀で謎に満ちたスパイ組織、それがKGBだと脳裏に刻み込まれてしまったほどだ。
その後、ベルリンの壁が崩壊し、ゴルバチョフの下で情報公開が進み、ソ連自体が崩壊。おかげで謎のスパイ組織KGBの姿が、少しだけ白日の下に曝された。
かつて北海道に亡命した当時ソ連の最新型戦闘機ミグ25に真空管が使われていることがわかり、世界の軍事関係者を唖然とさせたことがあった。
それと同様に、恐怖のスパイ組織KGBも、西側のスパイ同様に、あるいはそれ以上に欠陥の多いことも分り、あまりに過大評価していたと西側情報機関の面々を嘆かせた。
そして、それまで敵役としてのKGBしか書かなかったスパイ小説の世界で、KGBを主役にしたスパイ小説が幾つも書かれることになった。
その代表作の一つとして数えたいのが表題の作品。KGBという内部抗争が苛烈な組織に属して働くことの理不尽さが、胃の下あたりに冷たく重い緊張感を産むことが良く分る。さすがはフリーマントルだ。
フリーマントルのスパイ小説が面白いのは、人物造形がよく出来ているからだ。生身の人間がよく描けているからこそ、スパイが内心抱える苦悩や怒りが、読者に上手く伝わってくる。
冷酷な組織であるスパイ組織が、人間の復讐心や、疑念、不信感に左右され、完璧なはずの計画がもろくも綻びる原因が、組織内部にあることが実感できる。
それはCIAであろうと、MI6、モサドであろうと変らないのだろう。つくづく思う、人間は完全な存在ではなく、必ず失敗をする生き物なのだと。その失敗から、いかに挽回するか。そこに、その人間の価値が出るのだと思う。
KGBというスパイ組織で働く人たちの姿が、実に生き生きと描かれている様を知るだけでも、この本は一読の価値があると思いますよ。