静かなる心が描く、穏やかな幼き日々の美しさ。
やがて大人になり、徐々に気が付いていくおぞましい現実。
文章は平易にして、温和な心象で、高ぶることなく子供時代の真実を淡々と描き出す。
この作品の恐ろしさは、ありうる未来を描いているからではないと思う。また姿を見せない真の受益者に自分もなるかもしれない恐れでもない。
本当に怖いと思うのは、例えようもない絶望、類似のものさえ思いつかぬ苦痛、個人のいかなる努力をも無意味なものにする社会の仕組みに耐えられてしまうことだ。絶対に耐えられないと思いながらも、気が付いたらその状況に飼いならされている自分がいる。
自ら死を望むほどの絶望でありながら、その虚無にいつしか慣れている自分がいるであろうことに思い至るからだと思う。
もし、自分が主人公たちと同じ境遇に置かれたら・・・きっと自ら死を望むだろう。そう思うとしたら、それは思慮が不足していると思う。多分、ほとんどの人がそれに耐えてしまい、慣れてしまい、馴染んでしまうだろう。
人間は社会的動物だという。社会の一構成員としての役割を与えられたのなら、その役割を甘んじて受けてしまうのだろう。
それが分かるからこそ、この作品が恐ろしい。
ホラー小説ではなく、サイコミステリーでもない。立派な純文学の書棚に納めるのが相応しい作品なのに、かくも恐ろしく、おぞましい。
あまり積極的にお薦めしたくないのですが、この浮ウ、知っておくべきかもしれません。
傑作であることは間違いないのですが、無条件で薦める気になれない不思議な作品です。