文明の進歩により、先進国の平均年齢は大幅に伸びた。
だが寿命が延びたからといって、働ける年齢までが伸びた訳ではない。とりわけ会社勤め、役所勤めの労働者の老後は不安だ。なにしろ収入がないのだから、不安なのも当然だと思う。
平均寿命が50歳代の頃ならば、それほど悩むことはなかった。だが60を超えて70歳過ぎても老後の人生を生きることが予想されるとなると、老後の生活を心配するのは必然だった。
日本と異なり、公的な年金制度のないアメリカでは、戦後生まれのベビーブーマーたちは、老後の生活資金として、その運用先を株式に委ねた。少なくても1970年代までは、これらの個人投資家がアメリカの株式市場を支えていた。
だが、この個人投資家たちはやがてファンドに吸収されていくことになり、一部のファンド・マネージャーと大手の機関投資家たちが株式市場を支配するようになった。彼らプロの投資家たちが、株主として企業の経営を看視し、健全な経営を監督していくものだと期待された。
これはアメリカだけではない。ヨーロッパ各国も同様の事情を抱えているし、日本だって個人の割合こそ少ないが、厚生年金基金などが大量の資金を株式市場へ投じていたことに変わりはない。
老後の資金として、株式に期待するのは間違いとは思わない。だが、それは経済が右肩上がりで成長していることが前提条件であったはずだ。多少の景気の波こそ覚悟していただろうが、まさか西欧経済全体が衰退していく可能性までは考えていなかったと思う。
その原因が、蛮族と蔑み、植民地としてしか考えていなかったアジアの勃興により、相対的に衰退していくことまでは考えていなかったのだろう。アメリカでもヨーロッパでもアジアからの輸出品が溢れかえり、かつての優良企業は没落の憂き目にあっている。
だが、その原因は外的なものばかりではない。株主から健全な企業経営を委託されたはずの経営者たちは、短期利益の捻出に傾唐オ長期的な経営を厳かにした。株価の上がり下がりに一喜一憂し、株価の上昇こそが経営の成果だとして、莫大な報酬を企業から奪い取った。
株価の上昇は、相次ぐリストラにより達成され、気が付いたら工場は海外に移転して、かつて社会を支えた中産階級は没落し、工場労働者のみならずホワイトカラーまでもが職を失い社会は荒廃した。それでもアメリカのIT産業のように新たな企業群が創出されているうちは良かった。
国内に有望な投資先を失った金融機関は、リスクを分散し、本当の危険を隠した金融商品を開発して、それを金融機関同士で売買し合って利益をねん出した。それが悪名高きサブプライム・ローンであった。
債権をいくつもに分散させ、本当の債権価値を分からなくさせてしまったが故にこの金融商品は売れた。だが、その危険性は住宅ローンが返せなくなり、住宅を処分してもなおかつ損失を埋めることが出来ないと判明してからでないと分からなかった。
気が付いたら、昨日まで優良資産であったはずの金融商品が、資産価値0円に変貌する恐普Bこれが世界各国の金融機関に蔓延した。なぜなら日本をはじめ世界各国の金融機関が、このサブプライムにつながっていた金融商品を購入していたからだ。
だが、これは手始めに過ぎない。金融機関は、他の金融機関が発売した金融商品を多数購入し合っていた。その債権の大本がなにであるか分からない金融商品を優良資産として保持してきたのだ。
優良だと思っていたのは、それが高金利商品だからで、工場などの勤務先が海外に移転して、収入減を失った債務者が破綻して初めて、その高金利商品の仕組みに気が付く。
結果、金融機関がお互いを信用できなくなってしまった。だからこそ金融機関が、自らの資金繰りのための借り入れができなくなり破綻に追い込まれる異常事態が発生した。これがリーマン・ショックの正体であった。
市場経済における金融機関の役割はきわめて重大だ。資金の貸し手であり、為替決済の大本であり、お金を市場に流す大動脈である。だからこそ、世界各国の政府は、金融機関を厳しい監督下に置いてきた。
だが、複雑すぎる仕組みの高度金融商品の危険性までは監督できなかった。相互に持ち合ってきたこの高度金融商品の破たんは、金融機関を相互不信に追いやり、資金の供給は大幅に委縮した。
表題の書は、その流れを上手に解説している。いささか難解なのは、正確さを期そうとしたからだと思う。ちなみに、この「マネーが止まった」状況は、今も続いている。それゆえに、現在の不況を理解する一助になると思います。
でもな、やっぱり経済視点に絞り込みすぎだと私は思う。
現在、欧米と日本を襲う不況は、単なる経済問題ではないと私は考えています。むしろ西欧文明の退潮といった視点が必要だと思うのですが、範囲が広すぎて分かりづらいのも確か。
物足りなさを私は感じたのですが、現在の金融機関の置かれている状況を解説したものとしては、なかなか良いものだとも思ったのも事実です。興味がありましたら、是非ご一読を。