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ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

いわゆる従軍慰安婦問題の背景

2012-10-30 12:09:00 | 社会・政治・一般
愚かな頑迷さにはウンザリする。

なにがって、いわゆる従軍慰安婦である。要は軍隊の基地周辺で営業していた売春婦のことである。別に珍しくもない。現代の日本でも自衛隊や米軍の基地周辺に行けば、兵隊さん相手の売春宿、あるいは風俗業はないところの方が珍しい。

おバカな隣国が、性的奴隷だと言い触れ回っているらしいが、その奴隷に相手してもらうために紙幣握りしめていく馬鹿がどこにいる。訓練を終えて、明日はいよいよ戦地に赴任だという若い兵士たちは、上官に紹介されて売春宿を訪れ、そこでおずおずと性体験をする。戦時中、よくある話であり、日記や手紙などでもよく語られる話でもある。

ただ、その紙幣は軍票であり、大日本帝国の敗戦とともに無価値となったのはいささか気の毒ではある。でも、それは売春業者に限らない、ありふれた悲劇でもある。

このいわゆる従軍慰安婦とは、敗戦後20年以上たってから元・売春婦を親族にもつ日本人が、朝日新聞と組んでねつ造した造語に過ぎない。日本を貶めることが平和の道だと思い込んでいる愚かな偽善者たちが飛びつき、自らの善人ぶりをアピールするのに最適なエサであった。

このエサに飛びついたのが朝鮮半島の住人であった。この国は男女差別が激しい国の一つである。離婚した女性ですら身の置き所がないような国(だから離婚した女性は日本に渡来する)であり、年とった売春婦なんて日の当たる場所には出られない国でもある。

その売春婦たちに、堂々日の当たる場所に出るきっかけを与えたのが、このいわゆる従軍慰安婦問題である。

だが、よく考えて欲しいものだ。この世界屈指の自己主張の激しい国民が、もし自分の娘、妻や姉妹、恋人、友人が強制的に性的な奴隷として軍に徴集されたりしたら、いったいどんな反応を示すのかを。

たとえ軍の命令だとしても、大人しくしているわけがない。しかし、戦前、戦中を通じてそのような騒ぎの記録は皆無。当然だろう。当時の風潮からして、売春婦の多くは家族に売られたのが普通だからだ。

貧しさゆえに、子供を労働力として売ることは、あの時代珍しいことではなく、むしろ普通の行為であった。それは日本とて同じこと。世界大恐慌以降、貧しい日本の農村から多くの婦女子が売春業者に売り捌かれたのは歴史的事実だ。同じことが、朝鮮半島でも行われただけのこと。

だから軍が強制徴収しての性的奴隷なんてありえない。せいぜい、売春業者に便宜を図った程度であろう。日本でも敗戦後GHQが、アメリカ兵相手の売春婦たちに便宜を図っていたことは歴史的事実だ。だからといって彼女らが性的奴隷だと云う馬鹿はいない。

更に付け加えるならば、もし仮に軍が関与して強制的に朝鮮半島の若き婦女子を徴収して、性的奴隷にしたというのなら、日本の敗戦後なぜに彼女らの親たちは日本に賠償請求などの訴えを起こさなかったのか。なぜに我が子を救おうとしなかったのか。

当然であろう、あの時代親たちは自分の子供を売り払ったことを自覚していたし、。今も昔も売春には安くない金がかかるのは不変の事実だ。彼らが自分の娘をいくらで売り払ったかを自白することはないだろうが、沈黙を守る程度の節度は持ち合わせていたのだろう。

軍の基地周辺で慰安所を経営していた売春業者がいたことは、兵士たちの手記や手紙などからもその実在が証明できる。もし彼女らが性的奴隷であったとしたのなら、民間の売春業者にとっては大打撃だ。今風に云えば、官による民業圧迫であり、廃業に追い込まれかねない。なにせ奴隷を抱くのに金はかからないが、売春婦はそうではない。やはり性的奴隷はありえない。

では、何故ゆえに従軍慰安婦という虚構は今も活きているのか。

この原因は、この国の歴史的ねつ造体質にあるように思う。

李氏朝鮮時代、この国は少数の貴族階級(両班と呼ばれた)に支配されていた。おおよそ5%から20%程度がこの支配階級に属し、残りは農民と奴婢であった。

ところが妙なことに、現在南コリアの人々の大半が自らの出自を両班だと名乗り、間違っても奴婢階級の出であったと口にする者はいない。少なくても私は只の一人も知らない。李氏朝鮮を訪れた外国人の記録では、国民の半数ちかくが奴婢階級であったはずなのですがね。

一方、北コリアでは事情が異なる。イデオロギーの問題なのかもしれないが、両班階級の出身であることを語る者は皆無。何故なら階級闘争の主攻撃先であるからであり、大半が農民階級の出てあったと主張するようだ。

はて?奴婢階級出身のコリアはいずこ?

そう、この国では歴史的事実を隠ぺいし、仮装することは当然であり、罪悪感などない。アメリカの歴史学の教授が、コリアンにとって歴史とはヒストリーではなく、ファンタジーであると喝破したそうだが、まさにその通り。

彼らコリアンにとって従軍慰安婦とはねつ造でもなく、虚構でもなく、彼らの目的(日本を貶める)に適った立派な夢(ファンタジー)なのだ。

自虐が平和の目的に適うと盲信している平和痴呆症の日本人ならそれで良いのだろうが、普通にまともな日本人にとっては迷惑極める妄想である。こんな妄想を歴史として捉え、両国での共通認識による歴史教科書なんて、ありえない馬鹿げた話である。

馬鹿に合わせる必要もなければ、相手にしてやる必要もない。馬鹿が馬脚を露呈するのを座して待てばいい。なんだか馬と鹿が気の毒になってきた。バカが伝染しそうな気がするので、これ以上書きませんが、世の中まともに相手にしてはいけない事ってあると思います。
コメント (7)
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