昨日も似たようなことを呟いたが、12月もいつの間にか半分以上が過ぎてしまった。本当に「いつの間にか」という気がしている。同時にまた、山を下りて約1か月が経ち、7か月間の上の暮らしの方は遠い記憶の中に片付いたのか、まるで他人事のようになってしまった。
越年のため、荷揚げを兼ねて上の様子を見に行きたいと思いながらも勝手に日ばかりが過ぎゆくから、こんなことでは年末がすぐに来てしまいそうだ。(12月17日記)
午前6時半、室内気温が6度に対し外は零度、まだ空腹感はない。部屋の中が暖まるまではじっとしていて、風呂の湧くのを待つことにする。
昨夜はおかしな夢を見た。引っ越しの夢で、住所は新宿区でありながら近くに諏訪湖があって、街はそれなりの落ち着きを見せていた。目指す家は古い共同住宅で、急な階段を上った2階の6畳間の入り口に急ごしらえの流し台とガスコンロがあり、部屋の中には知らない人の古いベットと、その上に布団が山積みされたままになっていた。果たしてこんな所で夫婦二人が暮らせるのかと茫然としているところで夢から覚めた。
で、実際はどこに寝ているのか分からず、しばし薄暗い部屋の中を見回し、ようやく現実に還り安堵した。まだわが陋屋の方が広いだけでもマシだった。
夢の中に連れ合いがいたのも意外と言うしかなく、人生の半分以上を一人で暮らしてきたのに、ちゃんと夢にはいた。それも、長年一緒に暮らしていたらしく、何か疲れたような動作で引っ越しの続きをやっていた。
口は利かなかった。亡くなった人は夢の中に出てきても、言葉を口にしないという話を聞いたような気がする。その上明らかにやつれていた。夢の中でも苦労させていたようだ。
この意味深な夢を反芻しながら風呂に入っていると、その間もずっとオートバイの暖機運転の音がしていた。すぐ走り出していれば、4キロぐらい先まで行けただろうに、まだ動く気配がない。
バイパスができたら、田んぼの中にアパートができ、近くにはいろいろな店舗も出店してきて便利になった。しかしその分騒々しくなった。
都会で喧騒には散々鍛えられたはずながら、もしもあの音を入笠の子鳥の声のように聞くことができたなら、わが人生もかなり違っていただろう。
本日はこの辺で。