癌学会公開講座:共存から克服へ
5人の癌エキスパートが登場、医師による聴講録も
2012年1月6日 日本癌学会 カテゴリ: 癌
日本癌学会は1月5日、2011年10月2日に開催した第18回日本癌学会市民公開講座「がんとの共存から克服へ、そして未来へ」の講演およびパネルディスカッションの動画をホームページ上で一般公開した。5人のエキスパートが登場し、田中英夫氏が「予防法」、上田龍三氏が「薬物療法」、佐谷秀行氏が「癌幹細胞」、葛島清隆氏が「免疫療法」、北川知行氏は「天寿癌思想」について語った。
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第18回日本癌学会市民公開講座「がんとの共存から克服へ、そして未来へ」
◆「第18回日本癌学会市民公開講座」聴講録◆
1.効果的な癌の予防法
愛知県癌センター研究所疫学・予防部部長の田中英夫氏は、効果的な癌の予防法について解説した。
癌は、10年から20年のタイムスパンを経て浸潤、転移を起こす(図を参照)。癌の原因は、悪性中皮種など100%環境に起因するものもあれば、遺伝性非ポリポーシス性大腸癌のように遺伝性の強いものもある。アルコール多飲者や、酒に弱く赤ら顔になる人に食道癌が多い。一方、生活習慣病の異常データは、百儒者(健康な100歳以上の人)の18.8%にしか見られず、生活習慣病と癌との深い関与も推察される。遺伝的要因より環境要因(特に生活習慣)による癌が圧倒的に多い。
癌の予防に必要なことは、次の3点である。
(1)癌にかかる確率を限りなくゼロにする:B型肝炎は1986年から母子感染予防事業により、C型肝炎はHCV抗体測定により発見されるようになった。抗ウイルス薬やインターフェロンの使用により、1990年代をピークに肝細胞癌患者は減少している。早期発見して対処することで防げる癌もある。
(2)癌になる年齢をできるだけ遅らせる:喫煙者は、肺癌で10歳平均寿命が短縮される。英国のデータによると、男性の喫煙者(35歳以上)の生存率は70歳で、非喫煙者が81%、喫煙者は58%だった。35歳から44歳までに禁煙すれば、非喫煙者とほぼ同じ生命予後が得られる。禁煙を早く始めるほど、生存率が上がる。また、アルコールは肝臓で代謝され、アセトアルデヒドから酢酸に代謝される。日本人の約4割が赤ら顔になり、人口の約5%は甘酒でも赤ら顔になる。3合以上週5日以上の飲酒で、食道癌は50倍に増加すると言われる。タバコの煙にもアセトアルデヒドは含まれ、肺癌も増加させる可能性があるという。アルコールなど原因物質の減量・回避が必要となる症例を紹介した。
(3)進行癌を予防する:胃癌検診受診率の高い新潟県・宮城県は、受診率の低い大阪府・長崎県に比べ、癌患者の5年生存率が高い。癌検診を受けることが大事だと述べた。
田中氏はフロアからの質問にも答えた。大腸癌の予防は1日150gをめどに緑黄色野菜を摂取する。BMIは27未満とする。漬物などの塩分摂取は胃癌を増加させ、さらにピロリ菌の感染がある場合には注意が必要という。酒の分解酵素の弱い人は、食道癌に注意が必要。少量のアルコールは、ストレスの発散や循環器疾患の減少には良いが、一般に2合程度にとどめたほうが良いという。
2.癌の薬物療法最前線
名古屋市立大学大学院医学研究科特任教授の上田龍三氏は、癌の薬物療法最前線について解説した。
日本では2007年4月1日に癌治療の 水準向上や患者への情報提供を目的とし、癌対策基本法が施行された。米国は1937年にNIHの下部組織としてNCI(米国国立癌研究所)を設立し、1971年には当時のニクソン大統領が、対癌戦争として癌対策基本法を制定した。癌診断後の5年生存率は、50%から70%に延びている。従来の外科治療、放射線治療に加え、Translational Researchが進んでいる。固形癌にはまだ明確な効果は期待されていないが、1998年にイマチニブが使用できるようになり、慢性骨髄性白血病ではかなりの効果が期待されている。多面的アプローチにより、今後10年は分子標的を目印にした癌の早期発見やオーダーメード医療の発展が期待されるという。
3.癌幹細胞とは何か?
慶應大学医学部先端医療学研究所遺伝子制御部門教授の佐谷秀行氏は、癌幹細胞について解説した。
ヒトの臓器を構成する細胞も幹細胞から作られるように、癌にも起源となる幹細胞が存在し、分化・集合して癌細胞が形成されることが最近分かってきた。この起源となる細胞を癌幹細胞と呼ぶ。この細胞は、「増殖が遅い」「薬物を排出する能力が高い」「免疫を抑制する物質を排出する」「酸化ストレスを抑制する能力が高い」などの特徴を有する。現在、癌幹細胞を発見・区別することは困難であるが、白血病、悪性黒色腫、脳腫瘍、骨肉種などで人工癌幹細胞(iCSC)を作成し導入できるようになった。今後、画像や血液などのマーカーで必ず癌幹細胞が見出せる時代が来るという。また、薬剤の組み合わせ方により、癌細胞を選択的に攻撃し根絶することは将来的に可能だと考えているという。
4.癌の免疫療法研究の展望
愛知県癌センター研究所腫瘍免疫学部部長の葛島清隆氏は、癌の免疫療法について解説した。
癌の免疫療法には非特異的療法(癌の種類に関係なく免疫を強くする方法)と特異的療法(特定の癌の標的抗原に対して免疫を活性化させる方法)がある。20年前に皮膚癌で標的抗原が発見されて以来、色々な特異的免疫療法が考案され、一部は臨床応用されてきた。米国のFDAは2010年に、前立腺癌に対して樹状細胞ワクチン療法を承認した。臨床試験の結果では、生存期間中央値は、プラセボ群21.7カ月に対し、ワクチン使用群では25.8カ月と有意に生存期間は長かった。FDAは2011年に皮膚癌のワクチン療法も承認した。癌免疫療法としてkiller T Cellを試験管内で作成して使用する。劇的に効くという報告もあり、将来的に期待されている。
癌には、一定期間に増大しないものや自然消失するものも知られ、免疫の関与が推測される。免疫療法は個人差も大きく、癌から免疫機能を低下させる物資の放出や、化学療法自体によりリンパ球が衰弱し、治療効果の判定が困難な面もある。現在、免疫療法には数百万の費用がかかる。生活習慣の改善により免疫力を増進させることも、癌予防には必要である。日本でも、保険適用外ではあるが、複数の治験が進行中である。
5.天寿癌思想とその進展
公益財団法人癌研究会癌研究所名誉所長の北川知行氏は、天寿癌思想について解説した。
医療の進歩や1970年代からの高齢者人口の増加にあいまって、超高齢者の癌は増加し、1/3から1/2の人が癌死すると言われる。厚生労働省人口動態統計を見ても、50歳を過ぎると主要癌はうなぎのぼりに増加し、毎年35万人が癌死している。
天寿癌思想とは、癌と折り合いをつけて、生きる道を広くする考え方として病理学者が提唱した考え方である。生来健康な98歳の剖検希望者に、噴門部一体癌が死後明らかになったケースを紹介した。こうした「天寿癌」は、英訳できない言葉であるが、癌死35万人のうち多くて数千人は含まれていると予想する。また、疼痛緩和医療の進歩により、多くの末期癌が「準天寿癌」になってきているという。
5人の癌エキスパートが登場、医師による聴講録も
2012年1月6日 日本癌学会 カテゴリ: 癌
日本癌学会は1月5日、2011年10月2日に開催した第18回日本癌学会市民公開講座「がんとの共存から克服へ、そして未来へ」の講演およびパネルディスカッションの動画をホームページ上で一般公開した。5人のエキスパートが登場し、田中英夫氏が「予防法」、上田龍三氏が「薬物療法」、佐谷秀行氏が「癌幹細胞」、葛島清隆氏が「免疫療法」、北川知行氏は「天寿癌思想」について語った。
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第18回日本癌学会市民公開講座「がんとの共存から克服へ、そして未来へ」
◆「第18回日本癌学会市民公開講座」聴講録◆
1.効果的な癌の予防法
愛知県癌センター研究所疫学・予防部部長の田中英夫氏は、効果的な癌の予防法について解説した。
癌は、10年から20年のタイムスパンを経て浸潤、転移を起こす(図を参照)。癌の原因は、悪性中皮種など100%環境に起因するものもあれば、遺伝性非ポリポーシス性大腸癌のように遺伝性の強いものもある。アルコール多飲者や、酒に弱く赤ら顔になる人に食道癌が多い。一方、生活習慣病の異常データは、百儒者(健康な100歳以上の人)の18.8%にしか見られず、生活習慣病と癌との深い関与も推察される。遺伝的要因より環境要因(特に生活習慣)による癌が圧倒的に多い。
癌の予防に必要なことは、次の3点である。
(1)癌にかかる確率を限りなくゼロにする:B型肝炎は1986年から母子感染予防事業により、C型肝炎はHCV抗体測定により発見されるようになった。抗ウイルス薬やインターフェロンの使用により、1990年代をピークに肝細胞癌患者は減少している。早期発見して対処することで防げる癌もある。
(2)癌になる年齢をできるだけ遅らせる:喫煙者は、肺癌で10歳平均寿命が短縮される。英国のデータによると、男性の喫煙者(35歳以上)の生存率は70歳で、非喫煙者が81%、喫煙者は58%だった。35歳から44歳までに禁煙すれば、非喫煙者とほぼ同じ生命予後が得られる。禁煙を早く始めるほど、生存率が上がる。また、アルコールは肝臓で代謝され、アセトアルデヒドから酢酸に代謝される。日本人の約4割が赤ら顔になり、人口の約5%は甘酒でも赤ら顔になる。3合以上週5日以上の飲酒で、食道癌は50倍に増加すると言われる。タバコの煙にもアセトアルデヒドは含まれ、肺癌も増加させる可能性があるという。アルコールなど原因物質の減量・回避が必要となる症例を紹介した。
(3)進行癌を予防する:胃癌検診受診率の高い新潟県・宮城県は、受診率の低い大阪府・長崎県に比べ、癌患者の5年生存率が高い。癌検診を受けることが大事だと述べた。
田中氏はフロアからの質問にも答えた。大腸癌の予防は1日150gをめどに緑黄色野菜を摂取する。BMIは27未満とする。漬物などの塩分摂取は胃癌を増加させ、さらにピロリ菌の感染がある場合には注意が必要という。酒の分解酵素の弱い人は、食道癌に注意が必要。少量のアルコールは、ストレスの発散や循環器疾患の減少には良いが、一般に2合程度にとどめたほうが良いという。
2.癌の薬物療法最前線
名古屋市立大学大学院医学研究科特任教授の上田龍三氏は、癌の薬物療法最前線について解説した。
日本では2007年4月1日に癌治療の 水準向上や患者への情報提供を目的とし、癌対策基本法が施行された。米国は1937年にNIHの下部組織としてNCI(米国国立癌研究所)を設立し、1971年には当時のニクソン大統領が、対癌戦争として癌対策基本法を制定した。癌診断後の5年生存率は、50%から70%に延びている。従来の外科治療、放射線治療に加え、Translational Researchが進んでいる。固形癌にはまだ明確な効果は期待されていないが、1998年にイマチニブが使用できるようになり、慢性骨髄性白血病ではかなりの効果が期待されている。多面的アプローチにより、今後10年は分子標的を目印にした癌の早期発見やオーダーメード医療の発展が期待されるという。
3.癌幹細胞とは何か?
慶應大学医学部先端医療学研究所遺伝子制御部門教授の佐谷秀行氏は、癌幹細胞について解説した。
ヒトの臓器を構成する細胞も幹細胞から作られるように、癌にも起源となる幹細胞が存在し、分化・集合して癌細胞が形成されることが最近分かってきた。この起源となる細胞を癌幹細胞と呼ぶ。この細胞は、「増殖が遅い」「薬物を排出する能力が高い」「免疫を抑制する物質を排出する」「酸化ストレスを抑制する能力が高い」などの特徴を有する。現在、癌幹細胞を発見・区別することは困難であるが、白血病、悪性黒色腫、脳腫瘍、骨肉種などで人工癌幹細胞(iCSC)を作成し導入できるようになった。今後、画像や血液などのマーカーで必ず癌幹細胞が見出せる時代が来るという。また、薬剤の組み合わせ方により、癌細胞を選択的に攻撃し根絶することは将来的に可能だと考えているという。
4.癌の免疫療法研究の展望
愛知県癌センター研究所腫瘍免疫学部部長の葛島清隆氏は、癌の免疫療法について解説した。
癌の免疫療法には非特異的療法(癌の種類に関係なく免疫を強くする方法)と特異的療法(特定の癌の標的抗原に対して免疫を活性化させる方法)がある。20年前に皮膚癌で標的抗原が発見されて以来、色々な特異的免疫療法が考案され、一部は臨床応用されてきた。米国のFDAは2010年に、前立腺癌に対して樹状細胞ワクチン療法を承認した。臨床試験の結果では、生存期間中央値は、プラセボ群21.7カ月に対し、ワクチン使用群では25.8カ月と有意に生存期間は長かった。FDAは2011年に皮膚癌のワクチン療法も承認した。癌免疫療法としてkiller T Cellを試験管内で作成して使用する。劇的に効くという報告もあり、将来的に期待されている。
癌には、一定期間に増大しないものや自然消失するものも知られ、免疫の関与が推測される。免疫療法は個人差も大きく、癌から免疫機能を低下させる物資の放出や、化学療法自体によりリンパ球が衰弱し、治療効果の判定が困難な面もある。現在、免疫療法には数百万の費用がかかる。生活習慣の改善により免疫力を増進させることも、癌予防には必要である。日本でも、保険適用外ではあるが、複数の治験が進行中である。
5.天寿癌思想とその進展
公益財団法人癌研究会癌研究所名誉所長の北川知行氏は、天寿癌思想について解説した。
医療の進歩や1970年代からの高齢者人口の増加にあいまって、超高齢者の癌は増加し、1/3から1/2の人が癌死すると言われる。厚生労働省人口動態統計を見ても、50歳を過ぎると主要癌はうなぎのぼりに増加し、毎年35万人が癌死している。
天寿癌思想とは、癌と折り合いをつけて、生きる道を広くする考え方として病理学者が提唱した考え方である。生来健康な98歳の剖検希望者に、噴門部一体癌が死後明らかになったケースを紹介した。こうした「天寿癌」は、英訳できない言葉であるが、癌死35万人のうち多くて数千人は含まれていると予想する。また、疼痛緩和医療の進歩により、多くの末期癌が「準天寿癌」になってきているという。