大牟田・オープンシャッター・サロン茶塘

商店街の活性化を目指して、大牟田市新栄町の空き店舗を改装、サロン茶塘が開設された。茶塘や商店街のイベントを紹介します。

茶塘の財産?

2013年04月19日 16時48分05秒 | 日記

茶塘は元、貸衣装店でした。
跡継ぎがなくて、貸店舗となっていました。
その後、貸衣装のうち紳士者礼服や袴、長着、喪服等は寄付や処分をしましたが、
打ち掛け、留袖や帯は大切に保管されていました。
が、、永い年月を経ています。
今回の改装をきっかけに保管されていた貸衣装を見てみますと、
結構、見事なものもあります。

東京の西多摩「日の出太陽の家」に打ち掛け6枚を寄付しました。
ここは武家文化の伝承をする施設。
外国の方が来られた時、日本の伝統文化の紹介に
婚礼衣装を羽織って体験するのはどうか?

マネがジャポニスムにあこがれ、
奥様に打ち掛けを着せ、描いたようなスタイルで
写真をとったら良い記念になりますよ、、と、話しました。
送った打ち掛けは
館長さんが一つづつ
フェィスブックに掲載され、紹介されましたところ
多くの人から問い合わせがあったとのこと。
とても喜んでいただきました。

結婚式はウエディングが主流で
打ち掛けを着る人が少なくなっている日本の昨今、
思いがけない反響に嬉しくなりました。

そこで、こうしたお話をするためにも
茶塘内に赤の打ち掛けを飾りました。
茶塘の財産は話の種が豊富なところです。

他にも、いろいろと、リサイクル等勧められています。
そして高巣設計の李さんが帯のリサイクルに挑戦。
出来上がったのがこのテーブルセンターです。
皆さんから綺麗ね―、いいね!どうしてあるの?
と評判となっています。

茶塘が持っているのは貸衣装だったもの。
手にとってみたり、羽織ってみたり、
リサイクルとして切ったり、縫ったり加工するには手頃です。
これからも新作品が生まれるのを期待しています。



大牟田散歩ー大牟田川

2013年04月19日 14時44分38秒 | 日記
伊能忠敬が記録した「大牟田川 土橋 六間」が気になります。
1間は約1.8メートルだから、六間だと10メートルを超えます。
200年昔としては、結構長い橋です。
大牟田川を眺めてみますと、
忠敬が量った当時の川幅と変わっていないのかもしれません。
流れを変えられたり、埋められたりした川もあったでしょうに、
よう頑張って来たと言えます。

 <写真左から「伊能忠敬実測之地碑」、大牟田川コンクリート覆底の状況1→2→3>

大牟田川は高度成長期は七色川とも言われていました。
上流の工場から流される排水で汚染され川の水が七変化していたのです。
川べりの子供であった私は近所の子供たちと、その水を瓶に汲んで「水屋さんごっこ」などしていました。体に悪いと言われ、お母ちゃんに叱られても、こっそり汲んで面白がっていたものです。子供のすることは危ないですね。
川にはだんだんと汚染土が堆積し、流れはコールタールが浮いたような状態になって、
悪臭もすごく、鼻が曲がる、息が苦しい、のどが痛い、、、
生活のしにくいところになって行きました。
いつの間にか、大牟田川は大牟田公害の象徴的な川になってしまったのです。
徐々に、各方面からの取り組みがなされ、
工場廃水対策、川の浄化の工事がなされました。
排水の溝管は川側に埋設され、川底はコンクリート護岸がされています。
今では、汚れきっていた川の姿はすっかり消えて、
白鷺が三羽、餌をあさってました。
目を凝らして見ても魚の姿は見えなかったのですが、、、。

伊能忠敬も少しは安心してるかもしれません。