大牟田・オープンシャッター・サロン茶塘

商店街の活性化を目指して、大牟田市新栄町の空き店舗を改装、サロン茶塘が開設された。茶塘や商店街のイベントを紹介します。

方言は故郷の文化

2023年11月30日 05時22分39秒 | 日記

 昨日の「九州の方言愛」について新聞の1面全部使って、方言に対する九州人の思いや、方言にも時代の流れがあることや介護現場での方言の重要性など掘り下げられています。そして日本語学方言学の専門家・人間文化研究機構長木部暢子さんの解説が掲載されています。
 「九州圏で方言がより好意的に受け止められている背景」に2点が挙げられています。1つはやはり「中央からの『距離』です。「東京近郊ではすぐ標準語と比較し『自分たちの言葉は違う』とか『なまっている』となる。九州は東京からも関西からも離れており、比べることもなく独自性を維持したようだ」とあります。2つは「九州の方言にはかって京都で使われていた言葉が多い。例えば『上げる』を『上ぐる』と言うように室町時代以前の京言葉が残っており、『おかべ(豆腐)』のように宮中言葉に由来する名詞も存在する」そうです。〜ほう、、そんなこつがあると!
 「東北にも鎌倉や室町時代の言葉が残っているが東北は元禄時代に興隆した江戸文化の影響を受けて変化し」ているそうです。「その点、九州の人たちは江戸文化をあまり受けていない」と書かれています。
 「標準語化政策は明治時代に始まった」そうで、更には「戦後、方言が衰退」していったのは「学校教育と高度経済成長期、テレビの普及の影響」が挙げられています。「55年からの高度成長期には集団就職などで若者が都市部へと移動する。都会で困らないようにとますます標準語化が進展し、違う地方の人同士の結婚も進んで家庭から方言が消えた。さらにテレビの普及で子どもたちは映像とともに標準語を吸収していった」と描写されています。
 ところが、「近年は状況が変わった。国連教育科学文化機関(ユネスコ)が少数民族の文化や言葉を守るよう訴えた流れが2009年以降、日本に波及し、各地で消滅危機にある言語を守る動きが出てきた」そうです。「若い世代に方言への悪いイメージはなく、『かっこいい』といった受け止めもある。他地域とは違う言葉を持つというアイデンティティーの象徴として肯定的に捉えられている」と評価されています。
 しかしながら「方言が消えゆきつつあるという大きな流れ自体は変わらないだろう。場面によって標準語と使い分けながら、少しでも後世に残して行けると良い」と書かれています。〜『方言好とう』という気持ちは大事にしたいです。4つの新聞社が実施したアンケートの中でも「方言は自分が一番自然体でいられる言葉」、「故郷の文化だと思っているから、これからも守り伝えていきたい」といった声が寄せられています。
(下:2023年11月20日 西日本新聞’、熊本日日新聞、宮崎日日新聞、南日本新聞 4紙合同企画〈探・九州弁〉欄−人間文化研究機構長・木部暢子「『かっこ悪い」---今は昔に」より)


方言、好とーっと!

2023年11月29日 05時22分56秒 | 日記

 「九州弁、あなたは好きですか?」〜九州弁!?大牟田弁、博多弁、薩摩弁、宮崎弁、あるある沢山あるけど?九州弁と意識してませんでした。
 「読者の声に応える報道で連携する西日本、熊本日日、宮崎日日、南日本の九州4紙は、方言をテーマに合同アンケートを実施した」そうなんです。
 その結果、「自分が使う方言への好感度を10段階(最大10点)で尋ねたところ、九州7県の平均は7・7で、九州外の平均5・8を上回った」そうで、「方言への〈誇り〉は九州7県の平均が7・5で、九州外は5・
5だった」そうです。「方言への愛着や誇り、使用頻度は、いずれも60代以上が若年層よりも低い傾向にあった」とのことです。〜60代以上が若年層よりも低かったって、反対では?
 「方言学者の木部暢子・人間文化研究機構長は『九州は東京、関西双方から距離があり、方言の独自性が維持された。近年はアイデンティティーの象徴として、肯定的に捉えられるようになってきている』と話」されています。〜本当、「方言はアイデンティティーの象徴」です。以前は方言で話すと、何?って笑われたり、からかわれたりしてました。
 「後世に残したい方言には『きばる(頑張る)』『せからしい(うっとうしい)』『ぎゃん(とても)』など多様な言葉が寄せられ」ているそうです。
(下:2023年11月20日 西日本新聞−福間慎一/蔦本幸治/一瀬圭司/黒田加那「方言愛 九州根づよく 地元4紙アンケート3226人回答 『誇り』も若年層ほど肯定的」より)


「共につくるZ世代の政治観」

2023年11月28日 05時22分39秒 | 日記

 この頃、注目される「Z世代(10代から20代)の政治観は?」と新聞で取り上げられていました。このZ世代との対話は、「朝日新聞デジタル言論サイト【RE RON】のトークイベントからだそうです。
 このイベントは、先ごろ時代の流れと取り上げられた、『週刊朝日』の休刊により生まれたものだそうです。 
 どういうトークになるってるのかは新聞でみてもらうことにして、この若者たちの意見について、シニア世代が話されてることも面白いと思いました。「『若者たちのフットワークの軽やかさには、尊敬すら覚えた』(千葉・50代)、『若き2人のような、頭だけの人でない実践で政治について考えている人がいるということに希望が持てた』(東京・60代)、『年齢差50歳ほどの人のやり取りは面白かった』(愛知・70代)、『平和というのは、個人がそのままで尊重される社会というのに共感した』(長野・60代)」などが寄せられています。若い人たちの意見に接すること自体が嬉しいように感じます。今後もこういった対話が大切と思いました。
(下:2023年11月20日 朝日新聞〈記者サロン〉欄「共につくるZ世代の政治観 政治家特別視しない■課題解決実感を共有」より)


柳川の缶詰製造業の歴史、古文書館企画展

2023年11月27日 05時22分56秒 | 日記

 柳川の古文書館(柳川市隅町)の展示が12月より変わるとお知らせをいただきました。
 わりと派手なチラシを見ると「企画展 有明海と柳川の缶詰史」とあります。柳川はうなぎの蒲焼き、下げもん、川下りがぱっと浮かんできますが、缶詰史とは?缶詰がなんかあった?うなぎの蒲焼きの缶詰か?と思ったらなんと
 「かって柳川は有明海の海産物を主要な原料として缶詰製造業が盛んでした。その歴史は古く明治14年(1881年)に旧柳河藩士によって創立された士族授産会社・興産義社より始まります。」と企画展主旨にありました。〜柳川に缶詰製造業があったそうです。士族授産会社とは何でしょう?早速ネットサーフィンしました。
 そして、缶詰製造業の歴史は続きます。「この興産義社に続いて柳川には多くの缶詰製造業が創業し柳川を中心とする有明海沿岸は全国でも有数の缶詰製造地域となっていきます。大正末期からは北米へ貝類缶詰の輸出が開始され、昭和に入ると缶詰業者の組合も結成されました。しかしながら、戦争の影響で缶詰製造は国家の統制下に置かれ、終戦前後にはほとんど製造されなくなります。今回の展示ではこうした柳川における缶詰製造業の歴史について、経営史料を中心にして紹介していきます。」〜缶詰製造産業が生み出されたのになくなってしまったのでしょうか、今は?
(下:展示紹介チラシより)

 


「中村哲医師の追悼4周年行事」参加への呼びかけ

2023年11月26日 05時22分48秒 | 日記

 中村哲医師がアフガニスタンで襲撃され、亡くなられてもう4年になります。中村哲医師の実家がある大牟田では【中村哲さん追悼四周年行事】が行われます。開催日は12月2〜3日、場所はアイ&カルチャ大牟田(みきの国 大牟田市栄町)2Fとなっています。行事は
1、中村哲医師の想いと行動を語る
①読みと語りとトーク(15:00〜16:00)
  「黒柳徹子、加藤登紀子、澤地久枝さん等の著作から中村哲さんの想いを語る」
 読む人:俳優・中西美紗子+受講生
 トーク:村上優&中西緋紗子
②ペシャワール会の講演会(16:10〜17:10)講師:村上優ペシャワール会々長
参加費500円(高校生無料)
2、写真・資料展DVD上映会
3、追悼のための竹灯籠点灯
  12月2日(土)17:20(点灯式)〜19:00
  12月3日(日)17:00〜19:00となっています。どうぞ皆様お出かけ下さい。
(下:チラシより)