夕方、お風呂掃除をしていたところへ実家から電話が
「Yちゃんが危ないって、今夜が峠かもしれないって、
会わせたい人がいたら今のうちにって言われたから、これからお父さんと行ってくるわ
」
義姉からでした。
Yちゃんというのは私の4人いる兄のうち3番目の兄、つまり3男坊
去年の暮で古稀を迎えましたが、10年あまり前に脳梗塞で倒れ
いっときは治ったかと思ったのですが、その後症状が進み、何年か家族が介護していたのですが
手に負えなくなって施設にお願いしていました。
4人の兄たちに中では異色でひとりだけ理系が得意、現役時代は機械の設計の仕事をしていました。
当時から多趣味の人で、特にアウトドアに関してはまだ一般の人がやらないことを早くからやっていたような
登山もかなりのものでしたし、50代に入ってからは、富士山の麓、朝霧高原にログハウスを建築し始めました。
毎週末に行っては専門家の指導を受けながら、何年かかったのか、とうとう完成
「遊びに来なさいよ」って何度も言われたのに今だ実現しないまま、兄はこんな状態になってしまいました。
退職したらあれも、これもといっぱい夢を語ってました。
なによりもそこが一番つらいところです。
去年9月、母の7回忌の時、一人で出席した義姉の話から、年内持つといいけどと思ってましたが
年が明けて無事年賀状が届いた時はホッとしたものです。
病院内ですから寒さは関係ないと思いますが、温暖な静岡でもこの寒さはかなり厳しいのではと
病院から戻った実家の義姉の話は
「血圧が上がったり下がったり、その都度心臓に負担がかかるから難しいと思う。
顔見たら、<Yちゃんよくがんばったね もう楽になりたいね>って言ってしまったよ」
実家の義姉が嫁いできた時、この兄は高校生でした。
それから結婚して家を出るまで、私同様よく面倒を見てもらったのです。
ですからやはり可愛いのでしょう。
長男の嫁という立場もあったでしょうが、兄が入院してから何度もお見舞いに行ってくれてました。
その反面、私は1度も行ってません。
妹なのにって思いますが、義姉から「来てもらっても意識がないから・・・」と言われたら
家族の気持ちを越えてまで無理強いはできませんでした。
兄弟がいなくなるかもしれない・・こんな経験は初めてなのでどう表現していいかわかりません。
<今のままの状態ではいつ何があってもおかしくはないからしかたないよ>
ずっと会ってないからこんな冷たい言葉が出てくるのでしょうか。
義姉も「もう、いつでもって覚悟してるから」と気丈な言葉を吐いてましたが
自分に置き換えたら、どんなに辛くたってそう言うしかない。
兄が四人もいたら一人くらいおかしなお嫁さんがいたっておかしくないけど
それぞれ個性はあるものの、私から見たらわがままな兄たちにぴったりの嫁が寄りそってくれた。
若いころは姉、兄嫁たち、そして私で年に1度旅行をしたものです。
そんなことで兄との思い出は限りないのでこの辺で切りますが
こうしていても、いつ電話が入るか気が気ではないのです。
兄に会ったらなんて言おう・・まず不義理を謝らなくちゃ・・
やっぱり悲しい・・これから何度もこんな思いするのかなって
順番なんて決まってないからわからないけど・・
とりあえず身支度だけはしておこうと思います。

「Yちゃんが危ないって、今夜が峠かもしれないって、
会わせたい人がいたら今のうちにって言われたから、これからお父さんと行ってくるわ

義姉からでした。
Yちゃんというのは私の4人いる兄のうち3番目の兄、つまり3男坊
去年の暮で古稀を迎えましたが、10年あまり前に脳梗塞で倒れ
いっときは治ったかと思ったのですが、その後症状が進み、何年か家族が介護していたのですが
手に負えなくなって施設にお願いしていました。
4人の兄たちに中では異色でひとりだけ理系が得意、現役時代は機械の設計の仕事をしていました。
当時から多趣味の人で、特にアウトドアに関してはまだ一般の人がやらないことを早くからやっていたような
登山もかなりのものでしたし、50代に入ってからは、富士山の麓、朝霧高原にログハウスを建築し始めました。
毎週末に行っては専門家の指導を受けながら、何年かかったのか、とうとう完成

「遊びに来なさいよ」って何度も言われたのに今だ実現しないまま、兄はこんな状態になってしまいました。
退職したらあれも、これもといっぱい夢を語ってました。
なによりもそこが一番つらいところです。
去年9月、母の7回忌の時、一人で出席した義姉の話から、年内持つといいけどと思ってましたが
年が明けて無事年賀状が届いた時はホッとしたものです。
病院内ですから寒さは関係ないと思いますが、温暖な静岡でもこの寒さはかなり厳しいのではと
病院から戻った実家の義姉の話は
「血圧が上がったり下がったり、その都度心臓に負担がかかるから難しいと思う。
顔見たら、<Yちゃんよくがんばったね もう楽になりたいね>って言ってしまったよ」
実家の義姉が嫁いできた時、この兄は高校生でした。
それから結婚して家を出るまで、私同様よく面倒を見てもらったのです。
ですからやはり可愛いのでしょう。
長男の嫁という立場もあったでしょうが、兄が入院してから何度もお見舞いに行ってくれてました。
その反面、私は1度も行ってません。
妹なのにって思いますが、義姉から「来てもらっても意識がないから・・・」と言われたら
家族の気持ちを越えてまで無理強いはできませんでした。
兄弟がいなくなるかもしれない・・こんな経験は初めてなのでどう表現していいかわかりません。
<今のままの状態ではいつ何があってもおかしくはないからしかたないよ>
ずっと会ってないからこんな冷たい言葉が出てくるのでしょうか。
義姉も「もう、いつでもって覚悟してるから」と気丈な言葉を吐いてましたが
自分に置き換えたら、どんなに辛くたってそう言うしかない。
兄が四人もいたら一人くらいおかしなお嫁さんがいたっておかしくないけど
それぞれ個性はあるものの、私から見たらわがままな兄たちにぴったりの嫁が寄りそってくれた。
若いころは姉、兄嫁たち、そして私で年に1度旅行をしたものです。
そんなことで兄との思い出は限りないのでこの辺で切りますが
こうしていても、いつ電話が入るか気が気ではないのです。
兄に会ったらなんて言おう・・まず不義理を謝らなくちゃ・・
やっぱり悲しい・・これから何度もこんな思いするのかなって
順番なんて決まってないからわからないけど・・

とりあえず身支度だけはしておこうと思います。