横浜田舎物語

サザン、サッカー、ロードバイク
エイジレスばあばのパワフルな日々
をお届けします

行き当たりばったりの東京花見散歩

2024-04-09 | ともだち
一昨日の記事に東京に・・と書きましたが

6日土曜日のことです。

そもそも土曜日、休日になぜ?想定外でしたよ、本当は3日の予定だったのに
あの日も雨の予報、その上、桜は咲き始めたばかり

それでやむを得ず土曜日になってしまった。

東京にはセントラル時代の友人、Eちゃんがいます。

彼女が横浜から今の住所に越したのはもう15年以上前の事
それからというもの、何度も遊びに行かせてもらいました。

有名な六義園がお庭のような場所に住んでいるので、春の桜、秋の紅葉を見たし
巣鴨地蔵通りにも歩いて行けるので、おばあちゃんの原宿デビューもしました。

中でも六義園の枝垂れ桜は超有名、今年はちょうどよさそうだとネット情報を見たので
では、と思っていたら、前夜「もうおばあさんの木になってしまって、ろくに花がついてない」って

では代わりにどこへ行く?

上野だ、九段下だ、飛鳥山はもう行ったからいいかな、とか
いろいろ出たけど・・・

翌日、やはりセントラルのお姉さま、Uさんと二俣川で待ち合わせ
ここから乗り換えなしで池袋に向かいます

さて、着いたもののどっちがどっち?
Eちゃんに聞いて、改札出ないで地下鉄に乗り換えたのですが、何線に乗ったのか覚えてない

久しぶりでおしゃべりが続いているうちに銀座~
降りましょう



半年ぶり、だけど・・前回と違うのは・・ここは日本?
外国人だらけ・・確か最近の外国人旅行者は大都会より田舎に興味があるって聞いたけど
仕方ないわよねえ・・東京だもの、銀座だもの

ちょうどお昼時、どこかで何か食べましょう

表通りより脇に入ったほうがと行ってみたけど、お寿司屋さんがあるわ
えっ?!ランチ1万円?ディナー2万円~? 無理無理

場所代よ~と負け惜しみを言ってみたけど、もちろんそれもあるでしょうけど
やっぱり高級ネタを使ってるのよ

するとEちゃんが突然、三越の横のほうに安くておいしい店があったはず、と
早く言いなさいよ(笑)

そしてようやく見つかりました。

三越の松屋寄りのあたり、地下にありました。

”築地寿司清銀座四丁目店” 価格も気に入ったし、カウンターだけだけど3人分空いてました。

これいただきました。HPより拝借



よく歩いたので飲むわよ、ビール



二人はアルコールダメなんだけど、付き合ってくれました、ノンアルコールで



寿司は順番に出てきます。









これに大好物の穴子を注文したのですが、撮り忘れました。
柔らかくておいしかったです。
個人的に穴子がおいしい店は他もおいしいって思ってるので、ここは合格(偉そうに)

向かいのMIKIMOTOビルは正面に満開の桜



外に出るといつの間にか歩行者天国になってました。



銀座の次は九段坂へ、ここは目的有で下車です。

しかし、改札出たとたん後悔しました。

東京の地下鉄はほとんどがそうですけど、かなり地下深いところを通っています。
したがって地上に出るまでかなり上がらなければならない
なのに、混雑から上りエスカレーターをすべて休止、下りは動いてる

ここまでかなり歩いていたのでもうへとへと、ようやく上り詰めたここは・・
九段下と言えば・・大きな玉ねぎ・・ですが






北の丸公園、そして





千鳥ヶ淵です。

わかっていたけど、ものすごい人、人、それも半分以上は外国人

上野は人が多いからいやだとEちゃんに言ってしまったのはなんだったの?

お向かいの靖国神社にも行くつもりだったけど、そんな気力もなくなり
飯田橋の駅へ、あ、ここは・・中高時代の友人のタワーマンションが見えました。

前回来た時より駅がきれいになってた。

空気はイマイチだけど、物価も高いだろうけど、年取ったらこんなところのほうが
刺激があって便利でいいだろうなって・・だけど、管理費と修繕積立金、駐車場代だけで
破産しますわ

そんなことを思いながらようやく帰路につきました。

帰りも相鉄線直通、ほんとに便利になりました。

Eちゃん、Uさんお世話になりました。

お姉さま方とのお出かけはいつも楽しい、年下の癖に生意気ですみません
本音を出せるって・・体は疲れたけど気持ちはずっとリラックス
またご一緒しましょう。

そして、翌日、今度は新宿でした。


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53年ぶりの声

2024-03-07 | ともだち
昨年の11月、喪中はがきが届いたころです。
何通か来ましたが、そのうちの1通に大変驚きました。

もう50年以上会ってなかった静岡の友人から、ご主人が亡くなられたと

一時、高齢の親が次々に亡くなって、その報告が、その後はやはり高齢になった兄弟の訃報が続き
次はつれあいの訃報・・
年齢とともにそれは仕方ないことだけど、今回のご主人はまだ70代
まだまだお元気だとばかり思っていたからショックでしたね。

彼女とはお互いの結婚式に出席するほどの仲だったのですが、私は故郷を離れて東京に転居
彼女のほうはご主人の転勤でやはり遠くに行ってしまったので
なかなか会う機会がないまま、なんと53年が過ぎてしまったのです。

もちろんその間年賀状のやり取りはしていたから、お互いの生存確認はできていたのですが

彼女、Mちゃんは学年が一つ下、結婚したのは私より1か月ほど後でしたけど
20歳か、21歳になったばかり?
美人さんでした。

ご主人とは結婚式の時会っただけですが、よく覚えています。

なんと、その結婚式で、私が世紀の大失態をやらかしてしまったから

この一件はいつかブログで告白しようと思っていましたが
今回、まさかのタイミングで・・故人へ改めてのお詫びを込めて恥をさらします。

それは1970年11月吉日、Mちゃんの結婚式当日のことです。

前月結婚式を挙げたばかりの私でしたが、彼女の結婚式のために実家に行き
翌日、沼津市内での式に出席しました。

親族の方々や大勢の友人の参加で和気あいあいの結婚式は終了

新婚の二人はそのまま新婚旅行に出発です。

行先は覚えていませんが、新幹線に乗るために沼津から三島に移動しました。

新郎の実家は浜松なので、親族の方々も同じ列車に乗って(新郎新婦はグリーン車ですが)
帰路に就くと言ってました。

私も一旦静岡の実家に行くことになっていたので、それではお見送りをしたら
別車両に乗り込みましょうと待機しました。

その時、なぜか新婦は私と一緒にいた(理由は覚えていない)
新郎はなにをしていたのか、近くにはいなかったような

当時の新婚旅行出発といったら、新郎は友人たちから祝福の胴上げ
そして大きな声でバンザーイ!が定番でした。

いつやるのかなと思っているうちに、新幹線がホームに入ってきました。

あらあら、早く乗らないと発車してしまう

そこで新婦と私はグリーン車に乗り込んだ、新郎も直にやってくるだろうと

万歳も胴上げもなしね、といったかどうか忘れたけど、とにかく列車が出てしまうと困ると
先に乗り込んでしまった。

座席番号を照らし合わせて確認もしたし、ところが発車ベルが鳴っても新郎が現れない
何してるのかしら??

勘のいい方ならもうお判りでしょう。

新郎は・・まだホームにいたのです
それも親族や友人に囲まれて・・心なしかきょろきょろしている?
探していたのでしょうね。当然です。

しかし・・非情にも列車は動き出してしまった。
新婦と付き添いの私だけを乗せて・・・

「キャー!」といったかどうかですが、すぐに乗務員に連絡、事情を話し
三島駅に通報してもらいました。

次の停車駅、静岡駅で(まだ富士には停まりませんでした)降りて待ちます。と

次の列車が来るまでの女子二人の心中をお察しください。

私はただただひたすら申し訳ない気持ちでいっぱいだし
彼女は・・新婚早々とんでもないことをやってしまった。
これからハネムーンに向かうというのに・・

静岡駅に二人で乗る予定だった、皆さんからお見送りを受ける予定だった列車が到着しました。

新郎がドアの向こう側に立っています。

大勢の見送り人や、一緒に乗る予定の親族になんといって乗ってきたのでしょう。
三島から静岡への間、一人きりで何を思っていたのでしょう。

本当に申し訳ないことをしました。

私はひたすらお詫びを・・それしかないのです

その後の話は・・詳しいことは聞いてないけど、心の広い方だったのでしょう。
無事ハネムーンから戻ったと聞いたときは本当にほっとしました。

しかしながら、一生に一度のハネムーン出発時、どんなに詫びたって
その時は帰ってきません。

長い人生、それはそれは、はた迷惑だったり、情けなかったり、数多くの失敗をしてきましたが
この時の比ではない。

自分の事ならいざ知らず、幸せな二人の門出に泥を塗ったようなものです。

毎年交わしてきた年賀状には、ご多分に漏れず<今年こそ会いましょうね>と
その繰り返しでとうとう53年が過ぎてしまいました。

そして、今頃になってようやく長い手紙と一緒に、ご主人の仏前にと心ばかりの品物を送りました。

数日して電話がありました。

懐かしい声・・「今度帰省するとき連絡してね、もう一人の友人Fちゃんにも連絡するから」って

こんなに長い間ご無沙汰してしまったのにうれしかった。

電話ではとても話しきれないって、それはそうでしょう
いろいろあったよね、私も同じ、じっくり聞くからね。

もう少し暖かくなったら・・どんなになったかな?お互い様だもの
でもMちゃんはきっと今でも美人さんなんだろうな

もう一度お詫びをして、ゆっくり話したい、その日が楽しみです。


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冬晴れの横浜散歩

2023-12-05 | ともだち
セントラル時代の友人で、現在は豊島区駒込に住むEちゃん
久しぶりに横浜を楽しみたいと・・

では中華街でランチだね、さっそく予約しましょう。

横浜にいた期間はたった2年だったそうで、その間同じスポクラに通って
気が合い、仲良しになって今もつながっているわけですが
意外と知らなかったらしい、いかにも横浜というところ

いかにもっていうより、ここぞ横浜のほうがあってるかな?

お友達に話したらその人も来たいとのこと、初めはえええって思ったけど
「大丈夫、私の友達だから心配しなくても」

ま、いいか、急いでランチ追加

私の常識では知らない人の中に自分の友人を連れていくことはしないなあ
と思いつつ、断る理由もないし、Eちゃんらしいわと納得

実際会った彼女は気さくで私みたいに余計なことは言わないし
おかしな言い方だけど邪魔にならない人

最後別れるときには「また会いましょうね」と本気で言わせてくれた人でした。
そういう新しい出会いもあるんだなと、最初にえええって思ったこと心の中で詫びました。

さて、この時期の横浜です。

案内したいところばかりで、一応計画を立ててみましたが

まず、待ち合わせは元町中華街駅の改札で、そこからエレベーターでアメリカ山に
外人墓地を見ながら山手本通りに出たら、始まったばかりの山手クリスマスを見ます。



港の見える丘公園を通過してフランス山に下りて、元町から中華街に

一番定番コースです。

ランチ予約が11時半、駅出発が10時だったから1時間半の間にすべてこなさなければ

最初はエリスマン邸

庭のイチョウが見事でした。





こちらの今年のテーマはイタリアのクリスマス







次はお隣、べーリックホール

こちらは











こちらの庭は



続いて山手234番館

こちらはペルー共和国です。



かわいいアルパカがお出迎え















もみじがきれい



岩崎ミュージアム前に咲いていた花々





ピンクのポインセチアでしょうか、外で咲いているけど寒さに弱いはず、大丈夫なんでしょうか

港の見える丘公園からは、ガンダムが見えました。



ここまで来たらイギリス館にも寄りたかったけど、時間がない

急いでフランス山を下りました。

下りたところには



ボウリング発祥の地なんだそうですよ。

今まで何度も通っていたのに気づかなかったわ、桑田さん、知ってました?
(桑田佳祐氏はプロ並みの腕前なんです)

元町は月曜日のせいか休みの店が多かったです。

洋菓子喜久屋の角を曲がって、橋を渡り中華街へ、ギリギリ間に合いました。

ああ、忙しかった

ランチタイムに続きます。


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4年ぶりの再会

2023-03-05 | ともだち
大阪在住のブログ友、いや、もう友人、いや、私にとって恩人中の恩人
もとさんが4年ぶりに上京、それでは何が何でも時間を作りませんと・・

夕方から上京目的の場所に行くと言うので、ランチとその後のおしゃべりタイム

さあ、ランチはどうしましょう・・来るとわかってからいろいろ考えました。調べました。
先日菊名の野菜レストランに行ったのもこのため

で、結局どこにしたかって

こちらです。





大阪は食いだおれと言われるほど食の宝庫ですから
横浜の美味しいものと言うより、横浜ならではの場所にしましょう。

地元の我々も長い間ご無沙汰しているし、これはこれで楽しみでした。

日本中のラーメン屋さんが入れ代わり立ち代わり出店していることは有名ですが
下調べもなく行ってしまったのでどこに入ったらいいものか、そこからでした。



ラーメン店が並んでいる地下階ですが、昔と変わっていない
懐かしい~

人気店には行列が
ミニサイズを頼んで、何軒か回るという食べ方もあります。

一通り回って決めたのは北海道利尻島の<ラーメン味楽>



<宗谷の塩ラーメン>ミニはありません。



4人掛けだけど、ギリギリ4人で座れた感じ、そこがまたいい

利尻と言うだけあって、昆布だしと塩がいい味を出してました。

館内には開業時からあった昔の裏通り風景や、ラーメンの歴史
土産店など、楽しいコーナーがいっぱい



全国のラーメンが紹介されてます。

山形県が圧倒的に多かった・・ですが、残念なことに高島屋で食べた冷やしラーメンがない
美味しいのになあ、珍しいのになあ
いつか出店してほしいな

尾道ラーメンも有名ですね。尾道は3回行きましたけど、結局食べてない。

2度目の時、港にいたお兄さんにおいしい店はないかと聞いたら
「尾道ラーメンなんておいしくないから止めた方がいいよ」ですって

平日だったけど、これと言った店は行列だったから、お兄さんの言う通りやめておきました。
今思えば、たとえ美味しくなくたって食べればよかった、まずいわけはないのだから

ふだんはほとんどラーメン屋にはいかないけど、ここは特別、4人の中で唯一の横浜市民です。
大切にしたい場所だと改めて思った次第です。

その後ホテルのラウンジでケーキセットをいただき、さんざんおしゃべり



最後はもとさんの部屋にまで行って

この日ご一緒したのはもとさんと同世代のぷうぽんママさんと、私と同世代のyukikoさん 
若い二人が年寄りをもり立ててくれるという関係です。

照れずに言います。みんな大好き、本当にいい人ばかりで、
とてもブログで知り合った仲とは思えないのです。

若い二人は一回り以上違うんですけどね。

思い出します。10年前の桜花爛漫のころ、もとさんのお世話で大阪オフ会が開かれました。

私はと言うと、股関節手術の前年でしたから、かなりひどい状態で
皆さんにさんざん心配と迷惑をかけてしまいました。
今でも、すぐ後ろから「大丈夫ですか?」と言ってくれたぽうぽんママさんの声が
思い出されます。

10年が過ぎて、それぞれその分年を取りましたが
お互いを思う気持ちは変わっていないと、今回も確信しました。

またそれぞれの生活に戻りますが、どうか元気で

もとさん、今度は私が大阪行きですね。その節はよろしくお願いします。



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もう3年か、まだ3年か?

2022-11-01 | ともだち
もう3年経ったのか・・いや、まだ3年?もっと昔のように感じるけど

意見は当然分かれました。

神奈川から千葉の館山に引っ越してまもなく発病

病魔と闘い続けた彼女でしたが、私たちの前からいなくなって
3年が過ぎました。

3年前の今頃は・・いつ、その時が来るのか、祈りと不安の毎日が続き・・

「先ほど息を引き取りました」という家族からの連絡に
覚悟はしていたものの、全身の力が抜けた瞬間でした。

思えば10年の闘病生活でした。

その間元気だった時期もあったけど、壮絶な病魔との闘いの末
70年の生涯を閉じたのです。

お墓がある寺は、ご主人の実家がある茅ケ崎、車で1時間かからない所に彼女はいます。

今年も揃ってお参りができました。

Sちゃん、会いたいね、会っていつものばかばかしい話がしたい
あなたの得意な手料理を食べたい

あなたの得意な手芸作品を作ってほしい

Googleレンズなんかより早く、聞けば即座に答えてくれる、花の名前

どれをとっても私には真似ができないものをいっぱい持っていたあなた

大好きなあなたの笑顔を思い出しながら、私たちはしっかり生きていかなければ・・





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お墓参り・・3年ぶりの再会!

2021-11-09 | ともだち
親友Sさんのお墓参りに行ってきました。

あの日から丸3年、今でも思い出しては涙の日々ですが、お参りする我々もそれだけ年を取りました。

天気予報では時々雨、だったのに、連日の小春日和の続きのようで
墓参り日和・・こんな言葉はないのでしょうけどそんなお天気で助かりました。

お寺に着くと「あら?Sさんのご主人じゃないかしら?」

命日が過ぎたばかりだからみえていてもおかしくはないけど・・

駐車場の車ナンバーを見ると、あら!袖ヶ浦、やっぱり

ご主人でした。一緒にいらしたのはご主人のお姉さまご夫妻
茅ケ崎在住です。

3年ぶりの再会でした。

お互いにお元気そうで・・と言葉を交わしていると

そこに現れたのは、娘のA子ちゃんと末っ子孫
土曜日の振替休日で一緒に来たんだとか

嬉しかったあ、思わずハイタッチしてしまいました。

「お墓参りが済んだらおばさんにメールしようと思ってたんですよ」

私の方こそ、行ってきたよ~と報告する予定でした。

仲間の中で唯一私とだけLINEがつながっているので

これは葬儀の時、今後のこともあってつなげてもらったのですが
もっと前からつながっていたら、お母さんの様子が聞けたのにね

聞いたところで何もできないけど、体調が悪くなってからは
いくらメールしても返事がないから、どれだけ心配したかわかりません。

とうとう連絡ができないまま、あの日のご主人からまさかの連絡

<もう時間の問題で、意識もない、葬儀には来てほしい>

あの時のショックと言ったら、思い出すと今でも胸が苦しくなるくらいです。

あれから3年、中学生と小学生二人だった孫たちも、それぞれ高校生、中学生に
月日の経過を感じました。

ご主人は今も一人暮らしで、ご自分で<独居老人だ>なんておっしゃってましたけど
なんか益々若々しくなったような・・いや、イヤミではないですよ
いいことです。

大体、奥さんに先立たれた男性は、しょぼくれて、下手をすると後追いしたりしますから

1日が短くて、ともおっしゃってました。

何年も奥さんの看病とその心労でさぞ大変だったと思います。

彼女もきっとその方が安心でしょう。

A子ちゃんとも「今日会えたのも、お母さんの計らいだったんだね」と

A子ちゃんは中学校までうちの娘と同級生でした。

明るくて、しっかりしていて本当にいいお嬢さん
ご主人は大工さんなのですが、一昨年の大型台風被害の修復の為
大忙しだったそうで、ようやく落ち着いてきたと言ってました。

今年も大きなのが来たけど、あの時ほど被害がなくてホッとしたとも

ご苦労様でした。お疲れさまでした。

これからも私たちが元気でいる間は忘れずに来ますからね、元気でね!

今年も無事墓参りが済んでホッとしました。

仲間と会うのも久しぶり、Sさんの思い出話をしながらランチしてきました。




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三回忌

2020-11-05 | ともだち
大好きだった友人のSさんが亡くなって、今日は2回目の命日、三回忌です。

昨日、娘のA子ちゃんからLINEメールが、法要を無事行うことができました、という報告がありました。

お墓の前での写真にはこの2年で成長したA子ちゃんの子供たち、つまりSさんの孫たちが写っていました。

「孫たちが大きくなってS子さんも(A子ちゃんは母親を名前で呼んでました)驚いてることでしょう」と

長男のI君にいたってはおじいちゃんより大きくなっていました。

この子たちの成長を楽しみにしていた彼女、どれだけ無念だったか・・・

千葉県の館山市在住です。去年の台風被害も免れたようで、心配しましたが無事と聞きホッとしました。

Aちゃんの旦那様は大工さん、おそらく休む暇もなく忙しかったのではと想像ができます。

この2年、集まれば彼女の話が出ないことはなかった。
刺し子をやっていても、彼女だったら・・と思い出話は尽きません。

何度、会いたいと思ったことでしょう。
他人ですらこんなですから、ご主人をはじめ、A子ちゃんやお孫さんたちの気持ちはいかばかりかと・・

コロナ騒ぎでいちご会も思うようになりませんでしたけど、明日は予定しました。

久々にみんなでお墓参りに行ってきます。

Sさん、待っててね。
みんな揃ってにぎやかに行きますからね。





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うれしい贈り物

2020-05-06 | ともだち
静岡の友人から突然のプレゼントでした。



農家に嫁いで48年、以前はお茶もみかんも作っていたのですが
今ではお花、特にバラを作って市場に出荷しています。

前日「大したものじゃないけど受け取ってね」メールが来ました。

何をおっしゃいます。素晴らしいです。ありがとう

STAYHOMEのせいもあってお花が売れているそうです。

それでも個人の消費なんか大したことないから、大きなイベントで大量使用する機会がなくなって
花き業界も全体の売り上げは下降線の一途でしょう。

緊急事態宣言延期が出て、国からの言葉がなかなか届きませんが
東京都では小池知事がどんどん具体的な方針を出しています。

大阪の吉村知事もしかり・・

確かに高額納税者や、企業の本社がひしめき合っている東京の税収入は地方のそれとは雲泥の差でしょう。
それをどう活用するのか、このような時こそですね。

知事報酬を半減している小池知事の滑舌の良さも相まって、その説得力にはとてもじゃないけど
布マスクあご出しのお方はかなわないでしょうね。

大型連休最終日、高速道路はガラガラ、新幹線も飛行機もガラガラ

うん??みなとみらいがにぎわっているって?

イベントはすべて中止だと言うし、赤レンガ倉庫の店も休業でしょうに
大阪では天神橋商店街が結構な人出で店も開いているらしい

はたして、2週間後の結果はどう出るのでしょう。

ここまで我慢しました。もう一息です。頑張りましょう

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命日

2019-11-05 | ともだち
館山の友人Sさんが亡くなって丸1年、今日は命日です。

あの日、覚悟はしていたものの、とうとう逝ってしまった

脱力感、何をしていても彼女の笑顔しか出てこない
思い出しては泣いてばかりの日々でした。

葬儀が終わって、「来年の1周忌ころにはまた伺いますね」とご主人に話したのですが

ご存知の通り、館山は台風15号、19号で大変なことになっている

仲間も家がどうなっているか心配していたのですが
彼女が生きているならすぐにでも動いたのですが、ご主人おひとりのところへ
余計なお世話になるのもと、躊躇してしまったのです。

お墓参りに行ったことも敢えて伝えませんでした。

「もしかして1周忌どころではないかもね」と気にしていたところ、長女のAちゃんからメールが

<昨日S子さんの1周忌法要を無事済ませることができました>

そう、A子ちゃん、お母さんのことを以前からS子さんと呼んでいるのです。

しっかり者のA子ちゃんが言うと自然体で素敵と思っていました。

ご主人のことも心配でしたが、これ以上入り込むのは失礼でもあるし

これからも私たちにできることは、お墓参りに行って冥福を祈ること
そしていつまでも彼女のことを忘れないこと

Sちゃん、いまでも感謝でいっぱいです。
あなたと友達になれてよかった。

これからもずっと友達だよ




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ようこそ!もとさん

2019-08-06 | ともだち
土曜日から2泊3日で大阪のもとさんが上京しました。

初日の夕方、浅草で待ち合わせ

もとさん一押しの浪曲師”玉川太福さん”の独演会です。

名前は聞いたことがあったけど、初めて入る”浅草木馬亭”



そして太福さん



前日40歳のなったばかりの若手浪曲師です。

4月に大阪に行ったとき、彼のYoutubeを見せてもらい、なかなか面白い
これは一見の価値ありと思ったのです。

もちろん古典もやりますが、彼の真骨頂は新作浪曲、実際彼が体験したことや
見たことをそのまま話にしてしまう。

この手の話は大好きなので興味がわきました。

木馬亭は

130人くらいのキャパですから、最後列と言っても近い

私たちは前方に座ったので、唾が飛んできそうなくらい近かったけど
そんな下品なことはしませんので大丈夫でした。

最後の話が超が付くくらい面白かったのに、前半で本日の打ち止め~~
後半はどうなるんだ・・

帰りがけ、出口で見送ってくれた太福さんに思わず聞いてしまいました。
が、まだわからないとのこと・・イライラするなあ

普通は、ファンの出待ちとか言って、スターが出てくるのを待つのですが
そこはまだ謙虚な太福氏

東京公演が多いけど、横浜でもファンミーティングも兼ねて行われるようです。

はまってしまいそうだけど、はまったらどうしましょう

浪曲と聞くと、どうしても一部老人の趣味のように取られがちですけど
彼の場合、逆にそんな風に思って聞きに行くとちょっと違うのがわかります。

それが証拠に、もしかして私が最年長か?と思えるほど若い人が圧倒的でしたし
もとさんも含めて、女性ファンが多い
なかなかのイケメン君ですしね

約2時間の独演会が終わって、食事です。

浅草は人形町に負けないくらい食の宝庫ですから迷いましたが

前日、夫ともとさんの話になり、入院中は元より、来阪のたびにお世話になりっぱなしだという話をすると
「だったらやっぱり”駒形どぜう”でしょう」という結論になり
案内しました。



もとさんが何でも食べられる人で良かった

のども乾いていたし、まずはビールで乾杯

どじょう鍋ですから冬のイメージですね。
でも夏だっておいしいものはおいしい・・ということで



ねぎがたっぷりあるので、たっぷりいただきました。



通されたのは1階の座敷席、暮れに来た時はいっぱいでここには座れませんでしたが
膝が悪いと辛いけど、やはりここがメインです。趣がありますしね。

ホテルが浅草だというもとさんと別れて、一人帰宅しました。

翌日はもとさんの個人的な計画があってご一緒できなかったけど

3日目、昨日ですが

久しぶりに会いたいというyukikoさんとぷうぽんママと4人が合流

待ち合わせ場所は地下鉄日比谷線の入谷駅です。

すぐ近くにある神社に行きたいからというもとさんにお付き合い

小野照崎神社・・HPで見た限りではもっと広々したところと思いきや
こじんまりした可愛い神社でした。

神社のご由緒には

<、「学問の神様」「芸術の神様」として崇められています。相殿に祀られている菅原道真も、同じく学問の神様です。

境内には富士山から運ばれた溶岩で築いた「富士塚」があり、その高さは約6メートルです。毎年富士山の開山に合わせて、
6月30日と7月1日には登ることもできます。

また、映画寅さんシリーズ「男はつらいよ」で長年主演していた渥美清さんにも所縁の深い神社です。
渥美清さんがまだ俳優として売れていなかった時に、「大好きなタバコを一生吸いません。ですので仕事をください」と、
この小野照崎神社に願かけをしに行き、数日後に男はつらいよの主演を獲得した、と言う有名な逸話も残っています。>

と記されています。

参詣の後はタクシー移動でランチに

こちらは文京区千駄木、千駄木駅近くのイタリアンレストランです。

なんと、旅行者であるもとさんがみつけて、予約してくれました。



おいしかったですよ、しつこくないし、量的にもちょうどいい

もとさんにはおいしい店を探しだす才能が備わっているのかもしれません。
そろそろお別れです。

ここでおばあさん組とお姉さん組に別れてそれぞれ帰途に就きました。

もとさん、お疲れ様

栗鈴ちゃんが待ってますよ

また来年4月に、今度は私がお邪魔する番です。

その節はどうかよろしくお願いします。



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