年齢によって「ものの見方」が,これほどまでに変わるのかと,「おしん」を見て改めて想う。
要は,「役者・台本の意味」を深く考えたり,消された言葉(放送禁止用語)などを考えるようになったということだ。
「オシンドローム」という言葉があったという。「おしん」の影響は,実に世界に渡っていた。
本放送時にあって消えた言葉では「もらいっ子」。わかりやすくいえば「養子」である。
本放送当時の1980年代初頭には当然そういう言葉が溢れていた。
今回は再放送かつ自分も昭和世代なので違和感がないが,ライブな放送では使われないであろう。
その一方で,社会主義・共産主義を単に「悪の枢軸」と決めつけるような描写(事実,歴史的には悪の枢軸であるが,それをそのまま垂れ流すことの是非が問題)の反面,資本主義拡大を狙う第二次世界大戦(大東亜共栄圏にしろ,東方生存圏にしろ,資源確保が最大のねらいである点が同じ)という見方もできるのに「戦争反対」というだけの浅ましさもある。
まるで,魚釣りはしたいが魚は殺したくないと言っている僕のようではないか
さまざまな矛盾もある本作であるが,当時50代後半であった橋田壽賀子によって描かれたのは事実。
果たして自分がこのような物語を描けるかと言われたら,それは「否」である。
DVD等の普及により「巨人の星」など50年も前の作品を楽しめるようになった。それゆえに新作にほとんど興味が行かない自分がいる。
だがしかし,高嶋ちさ子が出演するあの番組は素直に同感しているのである。
高嶋ちさ子の「自分を隠さない」姿に惚れるのは僕だけではないだろう(そういう女性を毛嫌いする向きもあるようだが,僕は違うというだけのことである)