gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/tenkijp/nation/tenkijp-15488
子供の頃,寒さはもっと強かったと記憶しているが客観的ではないだろう。
それでも小学生のとき,学校の観察池は毎日凍っていた。そしてそれを割るのが楽しみ。
イヤーマッフル(という呼び名は当時知らないけど)は羨ましかった。
だが,小学生だったので,真冬でも靴下を履かなかった。おかげで,産休代理先生(「お帳面先生」とバカにしていた)に叱られたものだ。
さて,寒波といえば僕は「高速道路立ち往生」したことがある。あれは,忘れもしない2004年12月31日だ。
大掃除も終わったので,クルマでひとっ走り湘南まで行ってしまった。天気予報をロクに聞かずに。ガラケーは持っていたけど。
鎌倉で12時ごろになったら大雪になってきた。これはマズイと高速道路で一直線しようとした。しかし,すでに大渋滞。
衣笠から国道246までたしか5時間。ほぼ閉じ込められた。幸い満タンだったからよいものの,トイレは当然路肩である。
帰路途中,姉の家が246から近いことを思い出し,そこへ向かうべく下道に行く。
5MTで2速しか使えない。エンジンブレーキだけで動いては止まるの繰り返し。なにしろ,見かけたGSなどではタイヤチェーンは売り切れだったし,準備していないていたらく。
246は渋滞があったもののクルマが動く。そして,姉の家の近くまで来た。
しかし坂道が酷く,クラッチワークは慎重をきわめた。ABSが何度も作動して恐怖した。
そして姉の家に着いたのは,鎌倉から8時間後の20時。もうこれ以上の運転はできないので,クルマを預かってもらった。
そして電車で帰宅したが,2005年元旦から強烈なめまいに悩まされた。
めまいの正体は度重なるストレス。当時は新商品開発でクタクタだったので,猛烈にストレスがかかっていたのだろう。
吐き気をもよおしながらも病院検索した。いまだったら,素直に鍼灸師にお世話になるのに。
あれから実に17年。
それでも,またこうしたニュースをみるたび「クルマでの雪道移動」が怖くなってくる。
そういえば,マイカー所持していた期間でタイヤチェーンが活躍したのは「駐車場の踏み硬め」だけだった。とんでもない深さに積もってしまい,日陰で溶けない雪を何度も往復して雪を潰したっけ。
そんなタイヤチェーンはいまや1個もない。雪が降るってときにもうクルマでは出かけない。
雪国ぐらしだけはちょっと出来ないというか,猛烈に避けたい。