「 雨の季節 ・ 泥んこの馬場で輝いた馬たち 」
酔って店を出る時には、もう雨は降っていた。
「 雨が小降りになるまで、もう少しここで飲もう 」と、また舞い戻って来た。
河岸を変えるつもりだったのに、
この雨でズブ濡れになれば、せっかくの酔いもさめてしまい、
なんだか今まで飲んだ分がもったいないような気がしてきた。
『 ホント、雨だ。 きっと地球が悲しいって、泣いているのよネ 』 と言いながら、
ママはカウンターの隅の小窓をのぞき込んだ。
雨・・・ 雨は昔からイヤなものだった。
小学生のころ、雨の中を傘を差して学校まで歩いて行くのが億劫でたまらなかった。
そういえば高校生のころもそうだった。
ちょうど競馬をおぼえ、ひんぱんに競馬場へ足を運んでいた高校生のころも
何故か、毎週雨が降っていた。
雨は、何かを責めるように降りつけてきた。
だけどそれにメゲず、城野からチンチン電車に乗って北方まで行き、
北九州大学の中を近道して通った。
行きは人もパラパラの状態であったが、
メインレースが終わって帰るころは、いつも傘の波で前方を見通すことができない。
勝ったときは気分も少しはいいもんだが、
馬券をスッたときは沈んだ気持ちでトボトボとオケラ街道を歩かねばならない。
北方から城野までの道程は遠く、立ち通しで疲れた脚は重く、
道沿いのトタン屋根にパラパラと空しくこだまする雨音が、
心を一層重く灰色にしていくのだった。
でも、いつも泣きたいくらい惨めな気持ちだったわけじゃない。
雨の日の競馬ばかり見ていて、嫌な雨なのに好きな馬ができた。
その馬は、いずれも重馬場得意の馬で、
まるで水スマシのようにスイスイと水の浮いた馬場を駆けてしまう。
最初、カンカンに晴れたパンとした馬場で走るスピードのある馬が好きだった。
その反対に雨の日の重馬場に強い馬は、どことなく垢抜けしてないような
暗いイメージがするのがとても嫌だった。
ところが、 “ 雨に咲くバラ ” ハジメローズ と、
“ 雨の鬼 ” といわれたマサイチモンジの活躍が、
雨の日の暗いイメージを吹き飛ばしてくれた。
この馬たちは雨に濡れ、
勇者のように泥んこになって引き上げて来た時の勇ましさと力強さに、
小さな胸は高鳴った。
そんなことを思い出しながら水割りを口に運んだ。
雨の思い出と一緒に飲んだウイスキーのボトルが空になったのを確かめて店を出ると、
雨はすっかり止んで、なまぬるい風が吹いていた。