Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

渋味をもう一度味わうとき

2009-10-17 | 雑感
銀行に立ち寄るついでに八百屋へ向った。交差店の左折ゾーンで黄色になって先頭で待っていた。青信号になって何気なく左折すると中央分離帯から手前の逆進の左折ゾーンに入ってしまった。正面には車がなかったのでつい入ってしまったのである。日本に滞在中考え事をしていて、後ろにパトカーが入ってきたので、押されるように信号無視をした事もある。

相変わらずヒータを効かせているが、野菜を煮込みたくなった。昨夜でオーメドックを飲み終えたので今日は白ワインである。クリームとかトマト風味とかは今日はご免だ。先月上手く出来上がった和風煮物にする。嘗てはご多分に漏れず野菜などが美味いとは思わなかった。しかし今白ワインそれも高級リースリングを味わうようになってから、その手の甘みや旨味に敏感になった。

大根やジャガイモ、ナスに卵とおでん風なのだがずっと味を押さえて、出汁を楽しみたいのである。モーゼルの2001年ものの辛口リースリングを選択したが、元々が早飲みワインで弱いアルコールなので全く期待していない。かといって、料理に既に醤油を落とした事であり、それほど良いものは無用である。

さて、そのリースリングをこれを書きながら開けてみる。アルコール10.5%のブラウネベルガーユッファー・キャビネットである。コルクもまだしっかりしていて思いがけず香りも漂う。流石に新鮮な時はあれほど素晴らしかった2001年産である。隠れていたスレートの味が酸によく効いている。それでもあの時の美味さは二度と味わえない。保存の効く偉大なワインなどは数限られる、時も限られる、美味い時に飲むべし。

未練がましく置いていたのだが、これはこれで開けて良かった。少なくともそのように思えるのがよいのだ。そしてどこか地元の地所ペッヒシュタインのそれに共通するこの渋味は、2001年の葡萄の生育に起因するのだろうか?
コメント
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