Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

日本への値千金の愛の告白

2013-02-16 | 
病明けで彼女に出会った。丁度学校の試験が終わったところであろう。ヴァレンタインということで何かあるのかなと思っていたのだが、そういうこともなさそうなので、またこちらから声をかけた。

自己紹介をしていなかったったのでそれを果たすと、一体出身は何処だということを聞いてきた。勿論、自由党の党首レスラーのように戦災孤児には見えないだけではなく、ドイツ語を聞いていると一目瞭然なのは当然だろう。そこで、日本出身であると話すと、「日本に行ったことがあってね」と声を弾ませて予想外の言葉が戻ってきた ― 彼女が天真爛漫に声を弾ませるとまるで世界の環境が変わるように千金の値以上である。「どれ位、何処に」と聞くと、十日ぐらいの東京への交換高校交流のようであった。

「タイと日本に行ったけどとても印象に残って、日本はぜひ再訪したい」と言う。

そこまで聞くと、それほど驚かなかった。まさしく彼女の控え目な性格と話し方など、そのお淑やかな性格は、日本やタイの文化を表象するものの一部である。こちらが殊に気に入った面もそうした美点に準拠するものなのだ。しかし、そうした美点はややもすると西洋社会では、自己主張の不明確さとしてとしか捉えれないので、恋愛関係を発展させない壁作りになっているのだろう。

実際に今回の再会劇においても、こちら側が彼女の意向を可成り事細かに汲み取らないと何一つ起きないのである。それもほとんど幼稚園の異性愛のような雰囲気だから、現在の西欧社会の女性から予想されるようなものではなく、通常の特に大人の男性ならばそうした信号は容易に見落としてしまうに違いない。我ながら、最初からの経緯とその時間経過があったにしても、よくもここまで先方の意向を汲み取りつくして行動に移しているものだと、感心する。

しかしながら、彼女の性格を思うにつけ、かなりこちゃこちゃとした「女の話」を頻繁に聞かされることになりそうだと覚悟している。こちらが押しが強く、好きなように話し切ってしまうことには彼女も気が付いたに違いないが、そうした世知話の内容を、お付き合いしていくことで、その関心の矛先を徐々に変えていかなければなるまいと、皮算用ならず取り越し苦労が先に立つ。

さて十日間の日本滞在とは、交換留学生にも満たないが、京都見物もしたようで、2009年だったということは、今年二十二歳になるだろうか。しかしそうなると、日本の若い男性などが私のライヴァルとなり、これはこれで気が揉める。彼女がセーラー服やミニスカート制服姿で長いブロンドを都内でたなびかせることのなかったことだけでも、まあ良しとしよう。

しかし父親はともかく彼女の母親は、私と殆ど同年輩ではないだろうか?もし僅かに上の同年輩の女性ならば、苦手であり扱い難いなとこれまた思案する。



参照:
会えなくて、寂しかったよ! 2013-02-03 | 女
破瓜する死の恐怖の興奮 2013-02-06 | 文化一般
コメント (3)
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