頂上を往復してきた。どうも今年初めてらしい。パン屋が休みになって大晦日、それ以降は雨が降って駄目だったようだ。土曜日に買い物に出掛けて峠攻めをしなかったのが幸いした。ゆっくりでも一時間以上走ればいい運動になる。帰りに向こうからおばさんが一人で登ってくると思って近づいて顔を見るとフランケンタールの山岳協会支部でお馴染みのおばさんで、最後に一緒に山スキーに出かけて以来だった。細かなことは忘れたが何日か寝食を共にした仲間なので流石に顔は忘れない。その場で足踏みしながら近況などを聞いて別れた。こちらも日の出と同時に準備したが、お互いにご熱心なことだと思う。
第二夜「ジークフリート」のお勉強を始めた。またもや一週間しかない。一幕を見て、こんなにオタマジャクシが多かったかと驚く。なるほど楽譜のシステムの数だけでなくて、その各声部も違う。例えば前夜祭「ラインの黄金」では繰り返しの斜線が引いてあったり、第一夜「ヴァルキューレ」まで叙唱に寄り添うような声部が、通常のオペラの伴奏のように、通奏低音のように演奏されるだけだったが、もはやこの一幕からしてこれは違う。
「ジークフリート」は、楽匠が「栄養の糧」と称した一幕を持つ「ヴァルキューレ」の後、また作曲途中で「トリスタン」創作で中断してからの後半への大きな量子的跳躍を成し遂げた作品と呼ばれるのだが、やはり音楽的に見て最も興味深い楽劇であることは間違いない。しかし、この一幕での状況は以前に自分が書いたものを読むと、一つはプリングスハイムの初演記に関するもので、一つはミーメの歌のアフフタクトが八分音符か十六分音符かという手書き原稿に準ずる読みなどで、比較的音楽的な言及に限られる。
今度分かったところもある。一幕における旋律線の動きが明らかに「ヴァルキューレ」までとは異なっていることを、「ヴァルキューレ」の特に二幕でのベートーヴェン的な手法による表現の限界を試していたことを通じて、初めて認知した節もある。要するに一般的に言われているような創作の中断など以前から、どんどんと先へと進んでいたことを再確認したということになる。なるほど唐突に無限旋律などが天から降ってきた訳ではなくて、試行錯誤が繰り返されて例えばアルバン・ベルクにおける無限の下行とかような旋律ラインが引かれていて、その劇作家としてのアイデアと共に流石の匠だと思わせる。そもそも前作までなら所謂指示動機と言われるものに従った筆の運びがあったかもしれないが、ここでは寧ろそうした経済的な効率性以上に、聴衆が分かり易いようにそうした動機が組み合わされていると考えても決しておかしくはないだろう。つまり台本上のもしくは劇作上の必然性として「ノーテュング」などの動機が生な形で響くというよりも、その経過の音楽的な経過を追えない聴者にも目印を指示してあげているという方が正しい感じである。そこが既に前夜までとは違っている。あまりにも音符が多いのでもう一度繰り返して一幕を細かく見て行こうかと思ったが、敢えて先ずは二幕へと進もう。(続く)
ここからは、クラシックオタク向きの話題であるが、過日教えて貰ったYouTubeのヴィデオを観ての感想である。ラファエル・クーベリックが地元の放送交響楽団指揮者を務めていた頃、その団員を集めての四つの鍵盤のための協奏曲をミュンヘンのあと三人の指揮者をピアニストに迎えての、弾き振りの練習風景映像である。その三人とは先ずはバイエルン州の音楽監督ヴォルフガンク・サヴァリッシュ、フィルハーモニカーの首席指揮者ルドルフ・ケムペ、もう一人はその両方でシェフを務めたフリッツ・リーガーである。リーガーとケムペ二人が1910年生で同じ年齢、あとクーベリックが1914年、サヴァリッシュが1923年生まれである。人間的にも音楽的にも四人の個性が溢れる映像なのだが、先ずクーベリックがやはり音楽名門の御曹司らしくてその振る舞いも、音楽的にも弦楽器奏法をオリエンティーリングしながらの大きな枠組みでの音楽作りもとても懐が深いのである。それだけに後の三人を上手く纏めていて、同じ人が*東京文化会館の響きにマーラーの交響曲の演奏拒否をしたなどが嘘のような人柄にしか思われない。人柄と言えばゲヴァントハウスでオーボエを吹いていたケムペが如何にもオケマンらしく、そのように音楽を作っていたような人らしく一歩引いたところで協調性をとても重んじていて、この人の録音などのジャケットには大きな顔写真は似合わないな思わせた。何処にでもいる円満な人物である。それ以上にこの指揮者に求めても仕方がないような感じである。その意味ではリーガーが丁度ノイエザッハリッヒカイトの音楽家のようで楽譜の読み方もとても硬直したような印象を受けた。その割にはピアノなどがよれよれなので如何にもマンハイムの音楽監督を務めていた地方の音楽劇場出身の典型だと思った。サヴァリッシュのピアノはある意味その域を超えているようだが、なによりも楽譜の読み方が他の三人比べて細かそうで、それなりの説得力があるのだが、プロデューサーでもないのだからやはりクーベリックの音楽も人物もやはり一番大きかったのが良く分かるヴィデオだった。但しそのドイツ語の発音と同じでどことなく締まりが無いのが彼の芸術だったろう。恐らくどの一人も生では聞いたことが無い。
Bach Concerto for 4 Pianos (Konzert für 4 Klaviere) BWV 1065 - Rehearsal
*東京文化会館は日比谷公会堂の間違いだったようだが、そもそも公会堂で交響楽団演奏会をしていたのには更に驚きで、あの文化会館よりも劣悪な演奏会会場があったのだった。
参照:
愛があるかエコの世界観 2014-07-21 | 音
お話にならない東京の文化 2013-02-26 | 文化一般
第二夜「ジークフリート」のお勉強を始めた。またもや一週間しかない。一幕を見て、こんなにオタマジャクシが多かったかと驚く。なるほど楽譜のシステムの数だけでなくて、その各声部も違う。例えば前夜祭「ラインの黄金」では繰り返しの斜線が引いてあったり、第一夜「ヴァルキューレ」まで叙唱に寄り添うような声部が、通常のオペラの伴奏のように、通奏低音のように演奏されるだけだったが、もはやこの一幕からしてこれは違う。
「ジークフリート」は、楽匠が「栄養の糧」と称した一幕を持つ「ヴァルキューレ」の後、また作曲途中で「トリスタン」創作で中断してからの後半への大きな量子的跳躍を成し遂げた作品と呼ばれるのだが、やはり音楽的に見て最も興味深い楽劇であることは間違いない。しかし、この一幕での状況は以前に自分が書いたものを読むと、一つはプリングスハイムの初演記に関するもので、一つはミーメの歌のアフフタクトが八分音符か十六分音符かという手書き原稿に準ずる読みなどで、比較的音楽的な言及に限られる。
今度分かったところもある。一幕における旋律線の動きが明らかに「ヴァルキューレ」までとは異なっていることを、「ヴァルキューレ」の特に二幕でのベートーヴェン的な手法による表現の限界を試していたことを通じて、初めて認知した節もある。要するに一般的に言われているような創作の中断など以前から、どんどんと先へと進んでいたことを再確認したということになる。なるほど唐突に無限旋律などが天から降ってきた訳ではなくて、試行錯誤が繰り返されて例えばアルバン・ベルクにおける無限の下行とかような旋律ラインが引かれていて、その劇作家としてのアイデアと共に流石の匠だと思わせる。そもそも前作までなら所謂指示動機と言われるものに従った筆の運びがあったかもしれないが、ここでは寧ろそうした経済的な効率性以上に、聴衆が分かり易いようにそうした動機が組み合わされていると考えても決しておかしくはないだろう。つまり台本上のもしくは劇作上の必然性として「ノーテュング」などの動機が生な形で響くというよりも、その経過の音楽的な経過を追えない聴者にも目印を指示してあげているという方が正しい感じである。そこが既に前夜までとは違っている。あまりにも音符が多いのでもう一度繰り返して一幕を細かく見て行こうかと思ったが、敢えて先ずは二幕へと進もう。(続く)
ここからは、クラシックオタク向きの話題であるが、過日教えて貰ったYouTubeのヴィデオを観ての感想である。ラファエル・クーベリックが地元の放送交響楽団指揮者を務めていた頃、その団員を集めての四つの鍵盤のための協奏曲をミュンヘンのあと三人の指揮者をピアニストに迎えての、弾き振りの練習風景映像である。その三人とは先ずはバイエルン州の音楽監督ヴォルフガンク・サヴァリッシュ、フィルハーモニカーの首席指揮者ルドルフ・ケムペ、もう一人はその両方でシェフを務めたフリッツ・リーガーである。リーガーとケムペ二人が1910年生で同じ年齢、あとクーベリックが1914年、サヴァリッシュが1923年生まれである。人間的にも音楽的にも四人の個性が溢れる映像なのだが、先ずクーベリックがやはり音楽名門の御曹司らしくてその振る舞いも、音楽的にも弦楽器奏法をオリエンティーリングしながらの大きな枠組みでの音楽作りもとても懐が深いのである。それだけに後の三人を上手く纏めていて、同じ人が*東京文化会館の響きにマーラーの交響曲の演奏拒否をしたなどが嘘のような人柄にしか思われない。人柄と言えばゲヴァントハウスでオーボエを吹いていたケムペが如何にもオケマンらしく、そのように音楽を作っていたような人らしく一歩引いたところで協調性をとても重んじていて、この人の録音などのジャケットには大きな顔写真は似合わないな思わせた。何処にでもいる円満な人物である。それ以上にこの指揮者に求めても仕方がないような感じである。その意味ではリーガーが丁度ノイエザッハリッヒカイトの音楽家のようで楽譜の読み方もとても硬直したような印象を受けた。その割にはピアノなどがよれよれなので如何にもマンハイムの音楽監督を務めていた地方の音楽劇場出身の典型だと思った。サヴァリッシュのピアノはある意味その域を超えているようだが、なによりも楽譜の読み方が他の三人比べて細かそうで、それなりの説得力があるのだが、プロデューサーでもないのだからやはりクーベリックの音楽も人物もやはり一番大きかったのが良く分かるヴィデオだった。但しそのドイツ語の発音と同じでどことなく締まりが無いのが彼の芸術だったろう。恐らくどの一人も生では聞いたことが無い。
Bach Concerto for 4 Pianos (Konzert für 4 Klaviere) BWV 1065 - Rehearsal
*東京文化会館は日比谷公会堂の間違いだったようだが、そもそも公会堂で交響楽団演奏会をしていたのには更に驚きで、あの文化会館よりも劣悪な演奏会会場があったのだった。
参照:
愛があるかエコの世界観 2014-07-21 | 音
お話にならない東京の文化 2013-02-26 | 文化一般