Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

二流と一流の相違

2018-01-30 | ワイン
久しぶりにゲリュムペル2014年を開けた。人によっては2015年に飲み干しているようだが、いよいよその真価が問われる時期になっている。そしてコルクを開けて、黄昏感が漂い、再びペトロ―ル臭への暗示があった。実際に開けた初日はなんとなくヒネタ感じがあった。

そして明くる日に期待せずに試すと断然若返っていて、新鮮な酸が伸びやかだった。再びデキャンタ―に移すのを忘れていた。この程度のPCになるともはやグランクリュワインのように扱ってやらなければ駄目なことを忘れていた。特にブュルックリン・ヴォルフ醸造所の果実味に富んだ作りはそのエキス分満載故に開け方飲み方が難しい。殆どの人が価格の割に不満を持つ原因となっている。実際にここ何本か開けていて自分自身満足したものは少なかった。一つには醸造親方が変わったためかとも思ったが、やはり長持ちに作られていると最初のうちの嗜み方がとても難しくなってきている。

価格も簡単にGC一本100ユーロ超えるようになっていて、ドイツのリースリングの価格を上昇させる機関車役を担っているので ― 勿論品質を引っ張っているという意味でもある、そのような長期間寝かすようなリースリングは特に必要ないのでPCで充分なのだ。これでも通常の年度でも10年後にも楽しめることは殆ど保証されているようなものである ― その割には安く買えるので争奪競争となっている。

お味の方は基本的には果実風味とミネラルの拮抗だが、現時点ではホウランダーのような味が感じられて、ミネラルの砂岩の砂地系の比較的ケイ素の多い感じで、何処かシャムパーニュにも繋がる高級感が嬉しい。最初にあったミルキーな感じは完全に華になっていて、その塊りが無くなっているので、開いていることには間違いない。但しまだ酸がこなれるというほどに丸くなっていないため、経過十年ほどは全く心配が要らずに楽しめる。価値がとても高かった。あと三本以上は残っている筈だ。

水曜日から始まる第二夜「ジークフリート」の主役はシュテファン・フィンケだ。バイロイトでは2015年に歌った。そのプロフィールなどを調べていて、もしかするとどこかで話したことが無いだろうかと思った。自宅はナーへのバートクロイツナッハのようで、恐らくマンハイムで知り合った奥さんの関係だろう。写真を見ると他人の空似かもしれないが、ワインの試飲会でよく見た感じがする。今後気をつけてみよう。そこからライプチッヒに通っているようで、その途上車を走らせながらハンディーフリーの電話でインタヴューに答えている。

バイロイトのジークフリートとしてキリル・ペトレンコの指揮で絶賛されて、そして今面白いことを語っている。

Anfangs hatten wir einige Reibungspunkte. Er forderte mich auf, mein gewohntes Fahrwasser zu verlassen. Ich bin ein Sänger, der sich gerne Zeit nimmt, mit breiter Stimme agiert. Das geht mit Petrenko nicht. Er ist perfektionistisch, detailversessen, das Musizieren ist bei ihm wie Mathematik, alles muss zusammenpassen. Aber das Ergebnis ist ideal. Um so schöner war es bei den ersten Proben in München, es hat sich angefühlt, als hätten wir nie etwas Anderes gemacht, als zusammen den „Siegfried“ aufzuführen. Die Saat ist aufgegangen.

最初は幾つかもめる点がありました。彼は、自分自身の進路から離れろと求めたのです。私は、ゆったりと幅広い声でやろうという歌手ですよ。それがペトレンコとではならんのです。彼は、完璧主義で、細部に拘る人で、彼にとっては音楽をするというのはまるで数学のように全てが統一されていなければいけないのですよ。しかし、結果は理想的です。ミュンヘンの最初のプローベで上手く行けば行くほど、そもそも「ジークフリート」を一緒にやる以外の何物でもなかったのだと言うことになるんですね。種が開芽ということです。

この「自分は違うように歌う歌手だ」という発言はバイロイトの時からインタヴューで答えていて、態々そのように話す意味が納得できなかった。なるほど彼は、1999年から2005年までアダム・フィッシャー監督のマンハイムの劇場にいて粗い歌をつまり典型的な「二流のヴァークナー」を歌っていたことは分かるのだが、その声の威力だけでキャリアーを積んできたらしい。そこで50歳になるここ暫くレッスンを受けていたという。声楽の技術を磨いて無理せずに歌い続けられるようにと言うことだが、漸く一流への道を歩もうとしているかのように思われる。その素養からして、現在のジークフリートの第一人者であり得るのだが ― その他バイロイトに欠かせない歌手となりそうで、実際にその成果を今回披露してくれるのだろうか。確かに2015年の時には緩いところも残っていた。



参照:
スレンダーながら多層的な23歳 2014-10-16 | ワイン
今年初の頂上往復 2018-01-29 | 雑感
高みの環境への至福の処 2015-08-15 | 音
消滅したエポックの継承 2016-10-23 | 文化一般
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